DX人材の必須スキル!  「事業責任者の巻き込み」と「”航海図”の作成」のやり方とは?

鈴木 康弘 ((株)デジタルシフトウェーブ代表取締役社長)
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前回、DX人材は経営視点を持ち、経営者を動かしていくことが必要だというお話をしました。今回はそれを踏まえて、”業務視点”を磨き現場の協力を引き出していく方法についてお話しします。

日本のお家芸「カイゼン」がDXを阻む?

 現場の協力を引き出す上でまずやらなければいけないことは、現場の責任者である事業責任者を動かすことです。事業責任者が動かなければ、DXも小手先の部分的な改革になってしまいます。DX人材は事業責任者を深く理解し、巻き込んでいくことが必要不可欠なのです。

 日本では“カイゼン”という作業の見直し活動が現場で行われている企業が多くあります。カイゼンとは、作業効率の向上や安全性の確保などに関して、経営陣から指示されるのではなく、現場の作業者が中心となって知恵を出し合い、ボトムアップで問題を解決していく活動です。日本は高度成長時代からカイゼンを取り入れる企業が増え、日本のお家芸とされ、この概念は海外にも「Kaizen」という名で広く普及。とくにトヨタ自動車のカイゼンは有名です。

 しかし、現在ではこのカイゼンがDXを妨げてしまっている一つの要因になっています。確かに高度成長のあと、日本企業はカイゼンの徹底が事業や生産活動、製品の品質担保につながり、それを強みとしてきました。逆に、そのおかげですべてをひっくり返すようなイノベーションが起きにくくなってしまったともいえます。現場の作業者が各々の視点で問題解決を図るがゆえに、全体的な視点での問題解決や新しいビジネスやサービスの創造が難しくなっているためです。

 現場視点ももちろん大切ですが、DXにおいては事業全体を俯瞰してみることからスタートするのが最も大切です。そして、全体視点で仕事をしている人、すなわち事業責任者の意識・行動の変革が重要です。事業責任者がしっかりとDXを理解して、業務全体を俯瞰して、問題を解決や新しいビジネスやサービスなどを考えていくことこそが、DXを本質的に進める上で必要不可欠なことなのです。

事業責任者が乗り気でない理由をとらえ、DXの必要性を理解させる


 経営者はDX推進に前向きになったが、事業責任者が乗り気ではない、反対するといったケースがあります。私の会社も、こういったケースの相談が寄せられることが増えてきました。当然、この状況ではDXを前に進めることはできません。

 そもそも、なぜ事業責任者がDXに後ろ向きなのでしょうか。代表的な理由は次の3つです。
 ① 目の前の仕事に忙しく、取り組む時間がない
 ② 自分のわからない物事にはリスクがある
 ③ 自分が経験していない業務を進めると自分(自部署)の存在が脅かされる

 このうち、①の忙しく時間がないというのは多くの人が挙げる理由ですが、そもそもDXの最大の目的は生産性の向上です。”忙しい”からこそDXに取り組むべきであり、絶対の障壁にはなりません。②のわからないものはリスクがあるという見方については、そもそも仕事というのは同じことを繰り返していればいずれ衰退していくということが理解できていません。仕事にはリスクが必要であり、これも障壁にはなりません。そして、③の自分の存在が脅かされるという理由は多くの方々の本音であり、①②の理由をあげる根本理由になっています。

 このような事業責任者の反対理由がわかれば、対処は可能です。まずは、DXの必要性について理解を深めてもらうことから始めます。ある程度時間を要したとしても、丁寧にわかりやすく説明を続けていきます。次に、DX推進の意思決定の場に参加させるようにします。誰しも、「自分の知らないところで決まったこと」なのか、「自分が参加して決まったこと」なのかにより、当事者意識は変わってきます。これらを継続していくことで、事業責任者は、意識が変わり行動も変わってきます。
 そしてDX人材は、この事業責任者のブレーンとなって一緒に考え、最終決定は事業責任者が行うという流れをつくり込んでいきます。

DX実現のための航海図――業務フロー図を作成する

 事業責任者の巻き込みに成功したら、DX人材は事業責任者の良きブレインとして動いていくことが求められます。そのためには、これからDXという”航海”をともに進むために、航海図をつくっていくことが有効です。つまり、「業務フロー図」の作成です。

 企業にはさまざまな組織があり、組織ごとに各々の役割を果たしています。しかし、多くの場合、自分や自部門の仕事には精通していても、他部署の仕事や会社全体の仕事がどのように行われているのかを理解できている人は、ほとんどいません。これらをガラス張りにするのが業務フロー図です。ここでは簡単に説明しますが、縦軸を“時間”、横軸を”部門”として、業務がどのように流れているかを図解していきます。

業務フロー図の例
業務フロー図の例



 この業務フロー図をベースとして、事業責任者はもちろんのこと、各部門の責任者・担当者とも齟齬が無いかを確認していきます。これを繰り返すことで、自然に部門間の理解が深まり、現場と役職者の間の理解も深まってきます。その旗振り役が、事業責任者であったならば、問題に気がつくと同時に、改革が始まります。そして、DX人材の提案するデジタル化にも積極的に乗ってきてくれることとなるでしょう。

 このように、事業視点とは、事業責任者を理解し、事業を構成する業務を俯瞰して、問題を見つけていくことです。この事業視点に磨きをかけて、事業責任者を動かし、現場を動かしてくことで、さらにDXは大きく進みだすことでしょう。

 

筆者が代表を務める㈱デジタルシフトウェーブでは、無料マガジン「DXマガジン」を運営しています。DXの人材育成を通して企業の変革をめざす、というコンセプトのもと、DX実現のために「本当に役立つ情報」を提供。DXをめざす経営者、担当者に役立つノウハウが満載です。また、定期的に実施しているDX実践セミナーでは、各界の実践者の話を聞くことができます。https://dxmagazine.jp/

記事執筆者

鈴木 康弘 / (株)デジタルシフトウェーブ代表取締役社長

1987年富士通に入社。SEとしてシステム開発・顧客サポートに従事。96年ソフトバンクに移り、営業、新規事業企画に携わる。ネット書籍販売会社、イー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)を設立し、代表取締役就任。2006年セブン&アイHLDGSグループ傘下に入る。14年セブン&アイHLDGS執行役員CIO就任。グループオムニチャネル戦略のリーダーを務める。15年同社取締役執行役員CIO就任。16年同社を退社し、デジタルシフトウェーブを設立。同社代表取締役社長に就任。デジタルシフトを目指す企業の支援を実施している。SBIホールディングス社外役員、日本オムニチャネル協会会長も兼任。

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