9年でわずか25店舗 ブルーボトルコーヒーがあえてスローペース出店を貫く理由
ビジネスの判断基準より「感性」を重視
ブルーボトルの、出店における判断基準もまた独特だ。
「店前交通量などの一般的なマーケット分析は行うが、それよりはブルーボトルというブランドを突き詰めて考えながら、最終的に出店するか否かを決定している」
「ブランドを突き詰めて考える」とはどういうことか。出店候補地の検討の際には、伊藤氏自ら周辺を徒歩や自転車で散策し、街の風景や人々の表情などを観察しながら、「この場所でブルーボトルの世界観がどこまで表現できるだろうか」「ここに住む人たちがブルーボトルを訪れ、コーヒーを飲んだらどんな気持ちになるだろうか」と想像を膨らませ、イメージが思い描けたときに出店の判断をするという。
ブルーボトルの創業者・ジェームス・フリーマン氏は、日本の喫茶店文化にインスピレーションを受け、海外出店第1号として日本への出店を決めたという。その喫茶店独自のコミュニティ機能やクラフトマンシップへの敬意が、伊藤氏の判断軸の根底にはある。
「ブルーボトルのカフェを訪れた方にとって人生が少し豊かになったり、1日のリズムがよくなったり、そんな街のコミュニティになるような場所に出店したい。そのため、ビジネス的なものさしよりは『感性』を第一に意思決定している」
伊藤氏の言う「感性」は、店舗の設計やメニューのラインナップにも表れる。冒頭の代官山カフェ、福岡天神カフェもそれぞれ異なるデザイナーを起用し、エリアに応じた個性を出している。決して画一的な店舗設計は行わず、街の文化や風景などの特性に合わせて一つひとつ異なるコンセプトで設計するクラフトマンシップがうかがえる。
「パートナーである建築家に対しても、あらかじめ用意されたガイドラインに沿って設計を依頼することはない。このカフェを通じて創造したい体験を伝え、建築家と対話しながらセッションのように設計していく。結果、当初の計画から大きく変わることも往々にしてある」
こうしたセッションを象徴する一例として、築100年を超える京町屋をリノベートした「京都カフェ」(2018年)の設計が挙げられる。
候補となる家屋が、道路に面して前後に2棟並んでおり、当初は人通りの多い手前の家屋への出店を計画していた。しかし、現地を訪れ、建築家と相談する中で、「あえて後方の家屋にカフェを設けたほうが、ブルーボトルの世界観をより表現できるのでは」というアイデアが生まれ、「京都の寺院をイメージして入口までのステップに砂利を敷き詰める」「店内と店外の境界をあえて曖昧にする」といった発想が広がり、結果として当初の計画とはまったく異なるデザインになったという。
「ビジネス的に考えれば、通りに面した手前のテナントに出店するほうが合理的。しかし、『どうすればブルーボトルの世界観を表現できるか』をセッションした結果、最終的には非合理的な意思決定に行き着くこともある」