同族会社のお家騒動により解任されたCEOを復帰させるため、従業員が働くことをボイコット、同調したお客も不買運動を展開。経営が二進も三進もいかなくなり、政治家も巻き込んだ騒動の末、ついにCEOの復職が認められる――
これはドラマのような実話。「会社は誰のものか」という命題に対する新しい答えとして、全米で話題となったこの騒動の舞台が、マサチューセッツ州に本部を置くスーパーマーケットチェーン、Demoulas Super Markets(店舗名はMarket Basket<マーケットバスケット>)だ。書籍『We Are Market Basket』はフォーブス誌でその年の「ベストビジネス書」の1冊に選ばれ、日本でも『奇跡のスーパーマーケット』として翻訳書が発刊され、小売業者を中心に広く読まれた。このたび、現地取材が認められ、Market Basket旗艦店を訪れた。
文=阿部幸治(ダイヤモンド・チェーンストア編集長)
知られざる有力企業、マーケットバスケット
マーケットバスケットは、1917年にマサチューセッツ州で創業し、ボストン近郊都市で産業革命時代に繊維の町として栄えたローウェル市内に1号店をオープンした家族経営のスーパーマーケットチェーンだ。以降、順調に店舗数を増やし、2019年5月時点で、マサチューセッツ州に49店舗、ニューハンプシャー州に29店舗、そしてメーン州に1店舗の計79店舗を展開する。Forbes誌によれば、2017年度の売上高は約50億ドル(約5500億円)と日本のスーパーマーケットで言えば超大手クラス。しかも単純計算で1店舗当たり売上高は実に69億円を上回る。
それだけの売上規模を誇る店なのだから、衣料や住関連など幅広く品揃えする大型のディスカウントストアやスーパーセンターなのかとも思うが、さにあらず。「ウェアハウス型でも、ホールセールクラブ型でもない、完全なスーパーマーケットを展開する企業だ」と同社店舗運営のスーパーバイザー、ジェイ・ランヴィル氏は語る。あくまでもラインロビングはアメリカの一般的なスーパーマーケット(SM)と同じで、食品がメーン、そこに市販薬(処方箋対応はなし)と日雑が並ぶ、スーパースーパーマーケットという位置付けだ。
取材で案内してもらったのがボストン近郊にある、マーケットバスケット最大の売場面積を誇るチェルシー店だ。元々は同じショッピングセンターの敷地内にあるコンパクトな店で1980年から営業していたが、2009年に売場面積1万2541㎡の超大型店としてオープンした。
平日でレジ台数36台、土・日曜はそれでも足りず42台に増設して対応する。それもそのはず、1週間のレジ通過客数が約6万人という繁盛店なのである。
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圧倒的な価格の安さと品揃え
圧倒的な低価格!
通常のSMと違うのがレイアウトの配置だろう。メーンコンコースはデイリー売場からスタートし、鮮魚、精肉の順で流れ、最後に青果、デリ、カフェへと流れる。
鮮魚は3つの漁場から集め、常に新鮮な魚介類を品揃えする。競合店と比べて、同等の品質で圧倒的な安さが特徴で、この日は生け簀に入れられた活きたロブスターが1尾8.99ドル。競合だと12.99ドル程度というからいかに安いかがわかるだろう。
デリは2004年に新しいコンセプトを打ち出し、それ以降にオープンした店には、外部から仕入れたSushiコーナー、対面キッチンのデリ、コンビニエンスコーナーなどを備えた広大な売場を揃える。同社総菜のスペシャリテとも言えるのが、『ロブスター・サラダ・フィンガー・ロール』。半分に切れ込みの入ったロールパンの上に、ロブスターの身がこれでもかと載った商品で、2個で6.99ドルだ。なお、新型のデリ売場は全体で13店舗ほどで展開されている。
グロサリー売場の特徴は、ゴンドラ間の距離が、アメリカの一般的なSMが8フィートなのに対し12フィートもある点だ。このため、巨大なカートを押したまま、お客同士が2~3人は悠々とすれ違える。買い上げ点数が多い同社ならではの売場づくりと言えるだろう。
次にプライベートブランド(PB)を見ていく。同社は『Market Baskert』の名前を冠したPBを菓子やグロサリーを中心に展開しており、チェルシー店のストアマネジャーによれば、売上の約25%がPBだという。「あくまでも品揃えの豊富さを重視し、ナショナルブランド(NB)が中心なのは前提にしながら、より低価格商品を訴求したり、一部で高品質志向の商品を展開している」(ランヴィル氏)。
写真がプレミアム系の一例であるPBのチョコレートバーだ。5skuからなるそのPBは、NB品の隣に配置されており、価格はベンチマークNBより半分程度安い1枚1.5ドル。多少包装が簡易すぎると言うか雑だが、味はそん色ないものだった。
最後にマーケットバスケットの競争力についてランヴィル氏に尋ねると「より安い価格とベターなサービス」と答えた。いくつかのエリアではウォルマートよりも低価格を訴求するし、PBの値段も競合他社よりもずっと安いのだと言う。そのために、粗利率を他社よりも低く設定したり、支払いサイトを短くする代わりにより良い条件を獲得したりということに取り組んでいると言う。
サービスについては、CEOであるアーサー・Tの人柄、考え方が企業文化として強く根付いている格好だ。「彼の正直で真摯な人を大切にするという強いパーソナリティが企業風土にまで昇華した。従業員がハッピーになれば、その従業員はお客さまをハッピーにしようと日々奮闘してくれるのだ」(同)。
以上のことからわかるように、品揃えと低価格、そしてサービスにより競合店と差別化しているのがマーケットバスケットだと言えるだろう。なお、同社は現在、ローウェル市内に大型店の出店を計画中だ。
おまけ・チェルシー店の次に向かった先は!?
さて、ここからは本編と関係ないので、興味がない人は読み飛ばしてください。今回の私の渡米目的が明らかになるだけです。
その後、宿泊先である市内のホテルに送り届けていただいたのですが、ここからが渡米の本来の目的。それは、ビジネススクールの卒業式に参加するというものです。実は約2年前からここマサチューセッツ州の州立大学でオンラインクラスの学生をしていて、今回晴れて卒業となったのでした。米国で卒業式はCommencementと言いますが、その意味は「はじまり」。これから新しいことにチャレンジするために、この卒業の日を迎える、という何ともアメリカらしいポジティブな名称です。毎週課題に苦しみながら過ごした2年間でしたが、卒業時にはこのマーケットバスケットを取材しようと思っていたので、今回の取材は本当に私にとって感慨深いものだったのです。アメリカのMBAで学ぶ内容と、目先の利益よりも従業員満足をはるかに大事にするマーケットバスケットの企業文化は相いれないことのように思えるかもしれませんが、案外そうではなく、MBAのケースとしてマーケットバスケットが取り上げられたこともあるようです。ですから、彼らの企業文化を学ぶことは、大手だけでなく、日本のオーナー経営のスーパーマーケットチェーンにも必ず得るものがあるはずです。
そういうわけで、ボストン近郊に行かれた際は、マーケットバスケットの視察をおススメします。