ダイヤモンド・リテイルメディア・カンファレンス開催レポート Amazon大競争時代の流通業成長戦略ビジョン AI×IoT×クラウドの進化で加速するデジタルトランスフォーメーション
【米国最前線報告】ウォルマート、デジタル投資をしてAmazonに対抗~動き出したリアル小売業の差別化戦略とは~
S.M.R.,Inc 代表 鈴木 敏仁氏
アマゾン・ドット・コム(Amazon.com:以下アマゾン)の台頭に対してウォルマートの追撃が本格化している。リアル店舗という資産に対してデジタル投資を進めるとともに、ECでも企業買収により扱う商材の拡大など事業強化に余念がない。ウォルマートがEC事業を開始した際には、基幹システムに手を入れてグローバルでプラットフォームをつなげることまで手掛けた。リアルとネットの融合で、その投資が結果を出し始めている。ウォルマートがECを本格化し、アマゾンがリアルに力を入れ始め、米国ではウォルマートとアマゾンはコインの裏表であるといわれている。果たして両者は同じ方向に向かっているのか。
ジェット・ドット・コム買収はマーク・ロリー獲得がねらい?
ウォルマートの2017年10月末の第3四半期決算は売上高1221億3600万ドルで前年比4.3%増、営業利益は47億6400万ドルで前年比6.9%増となっている。このうち米国ウォルマートは売上高同2.7%増、来店客数同1.5%増、客単価同1.2%増、既存店成長率同2.7%と非常に調子がいい。海外事業も売上高同2.5%増と順調だ。ECではマーケットプレイスを拡大しており、ウォルマート直営のネット売上高が同50%増、出店者を含めた流通総額では同54%増と急速に成長しており、既存店の強化とECの強化が奏功している。
そのEC事業を主導するのがマーク・ロリーである。2005年にダイパー・ドット・コムを創業し、ECが成功するわけがないといわれていたカテゴリーで成功。それもあって2011年にアマゾンが買収に乗り出し、マーク・ロリー自身も拒否していたものの、結局はアマゾンに移ったが2013年には退職。2014年にアマゾンに対抗するジェット・ドット・コム(Jet.com)を創業した。
ジェット・ドット・コムは2016年にウォルマートが33億ドルで買収した。それもマーク・ロリーの獲得が目的でなかったかと私は考えている。事実、マーク・ロリーがEC部門のトップになってから急激な成長が始まっている。また、ウォルマートはメンズアパレルのECを手掛けるボノボス(Bonobos)を買収したが、ボノボスのCEOはマーク・ロリーがいなければ売却しなかったとさえ言っている。
ウォルマートは現在、自社でデータセンター構築を進めている。自社プラットフォームのオープンソースによるOneOpsを使い、データセンターの規模はアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)の10分の1と単独企業としては全米最大といわれる。そしてウォルマートが明らかにしていることではないがNvidiaのGPUを大量に購入しており、2018年早々に巨大なAIネットワークを稼働させるのではないかといわれている。米国の小売業界では次の戦場はAIだろうということが確実視されているからだ。ちなみにウォルマートは、ターゲットやクローガーなどと同様に取引先に対してAWSの不使用を呼び掛けている。
ボイスショッピングではグーグルと提携
ウォルマートは2017年にシューズ小売のシューバイ、アウトドアチェーンのムースジョー、ビンテージファッションのモドクロスそしてメンズアパレルのボノボスの4社を買収している。これらは既存のウォルマート店舗とは全く顧客層が異なる領域の小売業である。そのねらいはロングテールにある。店舗はこれまでどおりの形態で事業を行うが、ネット上では扱う領域や商品を広げて行こうとしている。その一環で高級百貨店チェーンのロード&テイラーとも提携している。
また、ボイスショッピングをねらってグーグルと提携する道を選択した。グーグルエクスプレスに商品を出品することで、グーグルアシスタントでの買物を可能にするとともに、顧客データをグーグルに提供する。これは推奨機能に不可欠だからだろう。そして2018年中にはウォルマート・ドット・コムでもグーグルアシスタントを使った買物が利用可能になるのではないかといわれている。
ネット販売の店舗ピックアップで顧客の利便性を向上
ウォルマートは、BOPISつまりバイ・オンライン・ピックアップ・イン・ストアの拡充も進めている。店舗ピックアップを強化している背景には、もちろん店舗という資産を活用するということがある。3年ほど前に小規模でスタートしたが、現在までに対応店舗数は1100店舗に増やし、さらに2018年中には2100店舗に拡大する予定である。そしてネット通販でインストアピックアップ可能な商品の一部については値下げも実施しており、インセンティブをつけることまでしてBOPISを強化している。
お客の買物パターンとして、グロサリーはネットで注文しておいて、生鮮は店舗で選んで買うことが多い。そして帰り際にネットで注文していた商品を取って帰るというのが普及し始めている。よく考えると、店頭で買物客が行っていた行為を、店舗側が負担して行うということになる。ピックアップ要員の人件費が増えて、それで黒字になるかという疑問も湧いてくる。
ウォルマートの店頭には、BOPISのための巨大な自動マシンのピックアップタワーが設置されている。またカスタマーセンターをピックアップ専用の窓口に改造したり、ピックアップディスカウントのPOPを貼り出すなどBOPISを訴求している。ピックアップタワーは、2017年8月時点で20カ所に設置されており、数カ月以内に100カ所に増設することになっているようだ。それとともに駐車場にも高さ6m×幅24mと巨大な自動ピックアップマシーンを実験的に設置している。
アマゾン集中を懸念しマーケットプレイス出品企業が増加
ラストワンマイルの取り組みとしては、スマートロックメーカーと提携しマンハッタンの住居ビルを対象に入口にスマートロックを無料配布している。ジェット・ドット・コムの宅配人が行くと開けられる仕組みになっている。最短1時間の短時間配送を目的とした買い物代行は、ウーバー(Uber)と提携して3都市12店舗で実験を行うほか、デリヴと提携し33都市でも展開している。これはアーバン世帯や高所得層を狙いとしている。
また、マンハッタンで同日宅配を手掛ける、スタートアップのパーセルを買収した。この事業の面白さは、マンハッタンにある全ビルの画像や宅配用入口などの情報をデータベース化し、顧客とショートメッセージを使ってリアルタイムで宅配情報を共有する仕組みを構築しているところだ。
マーク・ロリーが手掛けるマーケットプレイスの強化では、2017年半ばの段階で5000社が6700万SKUを出品している。フルフィルメント・バイ・アマゾンと同様のサービスを導入するともいわれているが、サプライヤーが増加している要因にはアマゾンに偏ることに対するリスクがあるとみている。また、マーケットプレイスが拡大することは運営するウォルマートにとっては有利な金融スキームであることも強化を続ける要因だろう。