着物市場は1980年代の1兆8000億円をピークに、現在は2700億円と6分の1にまで縮小している。「着物離れ」に加え、新型コロナの影響で展示会や成人式などのイベントが軒並み中止になったことで、さらに厳しい状況に追い込まれている。生き残りの切り札となるのは何なのか。1917年(大正6年)創業、着物業界最大手のやまと(東京/矢嶋孝行CEO)に取り組みを聞いた。
価格競争による消耗を食い止める
”下げ止まった”といえる着物市場は、ここ10年ほど横ばいに推移している。
「マーケットが広がらない理由は、新規顧客を獲得する努力が足りなかったからでしょう。また、営業・販売にのみ力を注ぎ、商品企画やマーケティングをほとんど行ってこなかった感も否めません」と話すのは、やまと経営企画部長の永井秀昭氏。
着物の主要顧客であるシニア層の高齢化に加え、総人口減少による市場縮小は必至だ。さらに依然として、着物の着用やその機会に対する心理的ハードルから、若年層を取り込めていない。近年はアパレル業界のみならず、着物業界も価格競争が激化しており、これまでと同じような商品を作り、客を奪い合っているようでは、サステナブル意識の強い若い世代の支持を得ることはできない。着物の産地ももたなくなる。
20・30代の「着物の着用意識」は高い
「若い方にはまず、着物の魅力を知ってもらいたい。実際に着てもらって『楽しい』と思う体験こそが、普段使いの着物の着用機会拡大につながるのではないか」と永井氏。
そもそも若者が日本文化を象徴する着物に関心がないのかというと、そうではない。経済産業省が公表した『和装復興研究会報告書(2015年)』によると、20、30 代の着用意向が高く、若い世代が着物に興味を持っていることが分かっている。
着用シーンは儀式・冠婚葬祭のみならずデートや女子会、パーティなどへの参加のほか、「普段着として着たい」といった意向も少なくない。「ハレ着」以外で着てみたいと考える若い女性が数多く存在するのだ。
「しかし、着物は高級品ですし、着物に詳しくない方からすれば、商品価値にあった価格設定になっているか、どういう時や場で、どのような着物を選べば良いかもわからない。そうした不安から一歩踏み出せない人は多いと思います。また情報収集はネット検索やSNSで行うため、いきなり着物店に来店するのはハードルが高いようです」(同)。
若年層の着用機会を、どう増やすか
現在、同社が強化中なのがECサイトやSNSでの情報発信。まずは、若年層との接点を増やすことが目的だ。
同社の公式ホームページやLINEでは、随時チャット相談を受け付けており、些細なことでも相談できる。対応するのは専門のコンシェルジュだ。また週に一度、1時間ほどのインスタライブを行い、店舗スタッフによるコーディネートも披露。同社は「きものやまと」「KIMONO by NADESHIKO」など 5つの着物ブランドを展開しており、インスタグラムのフォロワーは合計7万人ほどいる。うち、30-50人がインスタライブをリアルタイムで視聴し、随時コメントが届くという。
SNSからECサイトに客が流れるケースも増えてきているため、ECサイトをカタログとして内容を充実させ、素材や価格をわかりやすく記載する工夫をしている。
「高額商品をネットで購入する中国のような土壌が、日本にはまだない。ECサイトと店舗は、その役割が異なるという割り切りも今はまだ大切だと考えています。直接売り上げにつながらなくても、SNSが入り口となって着物に興味を持ってもらえれば」(同)。
ハレ着から日常着へ
近年は、従来の様式に囚われない自由な発想で、着物をデザインするケースが増えてきた。
「ユニクロが商品開発力でライフウェアという新ジャンルを開拓した例があります。新たな価値観を生み出すべく、弊社も商品開発に力を入れるようになりました。『非日常』『特別』といった着物だけではなく、カジュアルに日常に取り入れてもらいたい」(永井氏)。
2018年、同社は日本のアウトドアメーカー「スノーピーク」とコラボし、帯なしで着用できる「OUTDOOR*KIMONO(アウトドアきもの)」を発表。さらに2020年、パリのファッションブランド「agnès b. (アニエスベー)」とともに、着物と帯、アニエスベーの定番アイテムであるコンビネゾンを打ち出した。
「従来、着物屋が関われなかったアパレル業界とコラボすることで、企業としての深みが増しているのではないかと考えています」(同)。
ファッションとしての着物
そもそも着物は、サステナブルな衣服だ。サイズが合わなくなれば「お直し」して代々受け継がれていく。生地が劣化すれば座布団やお手玉、小物にリメイクする。
それゆえ、ファッション業界のようにシーズンごとにトレンドをつくるという概念は存在しなかったが、近年は、着物のファッション化が進みつつある。同社が展開する「KIMONO by NADESHIKO」「Y. & SONS」などでも、春夏・秋冬のシーズンごとにメッセージ性、スタイルやストーリーを考えるようになった。
2019年4月、矢嶋孝行氏が代表取締役社長に就任すると、企業ビジョンも刷新された。新ビジョンは、「きものでエキサイティングな世の中をつくる」。企業体制にも、メスを入れていった。
「従来の着物業界には、セールスを担う営業部隊が”強い”との企業構造がありましたが、『今後はデザインが重要だ』と周知させていきました。社員にビジョンを共有するだけでなく、新卒でデザイナーを雇用し、上層部をデザイン部門の長に配置するなど、3年かけて社内変革を進めていったのです」(同)。
店舗での販売方法もブランドによって変えていった。例えば、若年層をターゲットにする「KIMONO by NADESHIKO」では、必ずしも試着に誘導しない。まずは、商品を眺めたり、触れてもらって、着物とはどういうものかを知ってもらう。そこから着用機会拡大につながればと期待している。
産地を救うための施策
産地もまた、喫緊の課題を抱えている。手織り、手染めの工程を要する産地を中心に、つくり手の高齢化と後継者不足が問題視されている。
同社は、産地の後継者育成事業を支援すべく、石川県の加賀友禅作家、ならびに鹿児島県・奄美市両産地の本場大島紬織工の後継者育成プログラムをスタートさせた。また、産地へいち早く資金が流れる仕組みづくりが重要と考え、2017年から手形払いを全廃。月2回の支払日を設けることで、仕入れ代金の支払いの早期化を徹底している。
「着物市場を開拓するには、着物人口を増やすことが重要です。つくり手も、着る人も、若い世代を育てていくことが、既存市場を成長させる切り札になると考えています」(永井氏)。