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顧客に寄り添う「共創経営」で未来志向のジネスモデルを創造する=丸井グループ 青井 浩 社長

丸井グループ(東京都/青井浩社長:以下、丸井)は、「共創経営」を掲げ、顧客との協働による商品開発や商業施設づくりに取り組んでいる。その象徴と言えるのが2016年春にオープンした「博多マルイ」(福岡県福岡市)である。1万5000人以上の顧客の声を施設づくりに生かしたことによって、開業初年度の入店客数が歴代の同社施設を上回るという好結果を残した。丸井が進める「共創経営」とは何か。青井社長に聞いた。

カベにぶつかった「ヤングの丸井」

青井 浩(あおい・ひろし)●1961年生まれ。慶応義塾大学卒業。86年丸井(現丸井グループ)入社。91年に取締役 営業企画本部長、2001年に常務取締役 営業本部長に就任。04年代表取締役 副社長を経て、05年4月より代表取締役社長に就任。

──顧客と協力して新たな価値を創造する「共創」という取り組みを、商品開発や施設づくりなどで推し進めています。背景には何があったのでしょうか。

青井 バブル崩壊後25年以上、かつて小売業を牽引する存在だった百貨店や総合スーパー(GMS)が長期的な不振に陥っています。「ビジネスモデルが時代に合わない」「専門店やネット通販(EC)に顧客を奪われている」などさまざまな要因が指摘されていますが、根本的な原因は企業側がお客さまのニーズに応えることができなくなったからだと思います。

 百貨店やGMSと逆行するように安定して成長してきた業態にコンビニエンスストア(CVS)があります。とくに業界トップのセブン‐イレブン・ジャパン(東京都/古屋一樹社長)は、CVSの店舗数が拡大して飽和論が挙がるなかでも、つねに顧客ニーズの変化に対応することで成長を続けています。

 それに対して百貨店やGMSは、商売や消費者に対してどこか慢心してしまい、その結果、お客さまが離れてしまったのではないでしょうか。

 そこで、お客さまのニーズを学び直さないと、長期停滞から抜け出すことはできないという想いが「共創」の出発点でした。

──実際に「共創」をどのように進めていったのですか。

青井 2007年10月に開業した「有楽町マルイ」(東京都千代田区)から、お客さまとの施設づくりをスタートしました。

 きっかけとして2つの出来事がありました。1つ目は、06年9月の「なんばマルイ」(大阪府大阪市)のオープンです。小売事業の不振が続くなかでの開業準備にあたり、従来の若者向けファッションを中心としたマルイを踏襲していくか、それとも今までにない施設づくりに挑戦するか、小売事業の担当者に意見を求めました。すると全員一致でこれまでのマルイを踏襲して集大成となる施設をつくりたいという答えが返ってきました。そこで、その意向に沿って開業したところ、保守的な予算であったにもかかわらず、それを下回ってしまったのです。

 2つ目は、07年3月の「大宮マルイ」(埼玉県さいたま市)の増床です。売場面積を1割増やしたのですが、本来なら増加するはずの売上が1割減少してしまいました。この2つの出来事により、これまでの手法ではお客さまのニーズに対応できていないのだと全従業員が認識することになりました。

 当社では、「過去の成功体験のアイデンティティー化」と呼んでいますが、80年代後半に「ヤングの丸井」と呼ばれて支持を得た成功体験により、若者向けのファッションこそが自社の強みだと従業員が信じ込んでしまっていたのです。

──「共創」は従業員にすぐに浸透しましたか。

青井 従業員の意識改革は、苦節十年と言えるほど難しいものでした。

 「有楽町マルイ」では、お客さまとの「店づくり企画会議」を開催し、いただいた要望を施設づくりに反映しました。「買物中に休憩できる場所が欲しい」「トイレを綺麗にして欲しい」などの意見を取り入れて、施設内に休憩用のソファやベンチを設置し、トイレにはパウダールームを併設しました。

 しかし、施設づくりの核となる要素である、テナントのカテゴリーバランスや、品揃えなどについては、お客さまの意見を十分に反映することができませんでした。われわれにとってそれは事業の中核となる部分であり、どこかプライドが邪魔をしていたのです。

 そのようななか、会社全体の意識を変えてくれたのが、以前からお客さまのニーズを最優先に考えるべきと問題意識を持っていた従業員の存在です。新入社員の存在も大きいものでした。「共創」を経営理念に掲げ始めたことで、そこに共感し、同じ意志を持つ人材が入社してくれるようになったのです。

 大きなきっかけとなったのが、10年のプライベートブランド(PB)「ラクチンきれいシューズ」のヒットです。PB商品の改良においても「共創」を取り入れて座談会を実施し、お客さまに試着していただきながら、靴の木型からつくり直したところ、改良前の7倍の売上を達成しました。16年3月期には、同シリーズ全体の年間売上高は47億円に達し、販売累計は300万足を超えています。

 これを成功事例として打ち出したことで、「共創」に取り組む姿勢を支持してくれる人たちが増えていきました。そうして10年ほどで企業文化が変わってきたのです。

顧客との「対話」を通じて新たな価値を生み出す

──16年4月にオープンした「博多マルイ」では1万5000人以上の顧客と施設づくりに取り組みました。どのように顧客との協働を進めたのですか。
 

「博多マルイ」は1万5000人以上の顧客の声を反映した結果、全体の約7割にアパレル以外のテナントを誘致。集客力の高い低層階に食の専門店を配置して、これまでとは異なる施設づくりに取り組んだ
顧客との「対話」を重視して行う「お客さま企画会議」の様子。博多マルイの開業準備では合計600回以上行われた

青井 当社は、お客さまと直接「対話」することを重視しています。博多マルイの開業にあたっては、10人弱のお客さまと机を囲んで1~2時間ほど話し合う「お客さま企画会議」を延べ600回実施しました。

 対話をするうえで大切なのは、お客さまの意見に対して批判や否定をしないことです。進行役を中心に一人ひとりの個性を尊重して話を聞くという雰囲気をつくり上げます。そうするとお客さまは安心してさまざまな声を挙げてくれるようになります。

 そして、次回の会議では「前回いただいた意見を参考にこのように施設づくりを進めています」と進捗を報告し、お客さまと会話のキャッチボールをするように進めます。

 ある30代の会社員の女性は、「企画会議では、自分の意見を聞いてもらえるというふだんの仕事にはない経験ができる」とやりがいを感じてくださいました。最終的には、参加したお客さまが「私たちの博多マルイがオープンするのが楽しみ」「1人でも多くの人に支持される施設になって欲しい」とまるで自分たちの施設のように考えてくださるようになったことには驚きました。もしかすると企業に自分たちの意見を伝える機会を、じつは多くの人が求めているものなのかもしれません。

──丸井は顧客をどのようにとらえていますか。

青井 当社では以前、「お客さま」と「ターゲット」という言葉がほぼ同義語のように使われていました。しかし、あらためて考えるとターゲットは「標的」を意味する言葉です。企業側から一方的にサービスや商品を提供する対象としてお客さまをとらえている言葉だと思います。

 マスメディアが独占的に情報を発信していた時代には、消費者が得られる情報は少なく、企業側が発信するものを消費者がそのまま受け入れてくれたかもしれません。しかし、インターネットが普及して誰もが簡単に情報を入手できるようになり、今では商品やサービスについて企業の従業員よりも詳しいという消費者が多く存在します。お客さまと企業の関係性は変わり、お客さまが求める価値を提供することが難しくなっているのです。

 そこで当社では、お客さまは「寄り添う」べき存在と考えています。お客さまの隣に立ち、同じ方向を見て、対話しながら事業を進めることができれば、当社のサービスに目を向けていただけると信じています。

──顧客との協働による商品開発や施設づくりは時間とコストがかかりませんか。

青井 博多マルイは開店準備に約2年をかけました。株主や投資家の方々からはよくコストをかけ過ぎではないかと言われました。

 しかし、「お客さま企画会議」の実施など開店準備に取り組んだ従業員が、これまでと同様に販売や仕入れ業務をしていたとしても、生み出せる企業価値には限界があったでしょう。

 それよりも、新規出店という機会に、将来的な企業価値を生み出せる可能性がある新たな取り組みへ人時を投入して活躍してもらったほうがよいと考えました。そうすれば従業員の努力が企業価値に反映され、仕事に対するやりがいにもつながるはずです。

 これまで目の前の利益を出すことしか考えず、新しいビジネスモデルを構築するために投資をしてこなかったことが、業界の低迷を招いている原因ではないでしょうか。

 博多マルイでは、お客さまやお取引先さまとともに価値を創造していくという、丸井の新たなビジョンを打ち出すことができました。このことは中長期的に価値を生み出してくれると考え、投資した価値は十分にあったと思います。

 社内の「共創」に対する意識も高まりました。「共創」をほかの店舗でも実践したいという声が多く挙がっていて、順次既存店に取り入れていく予定です。たとえば「マルイファミリー溝口」(神奈川県川崎市)は、博多マルイに引けをとらない施設となるよう改革を進めています。

「共創」から「共創経営」へ

──「共創」の考え方は、商品開発や施設づくりだけでなく、取引先や株主、投資家との関係にも広がってきています。

図表●丸井グループが考える企業価値 すべてのステークホルダーが求める価値が成立する状態をめざして、最大の企業価値を生み出そうと、顧客だけでなく取引先や株主・投資家とも「共創」を進めている

青井 「共創」の取り組みを進めるなかで、当社の企業価値について、お客さま、従業員だけでなく、お取引先さま、株主・投資家さまなどすべてのステークホルダーを含めた、以前よりも広い範囲で考えるようになりました。

 それぞれのステークホルダーが求める価値は、異なるように思えてじつは相互に結びついています。たとえば、お客さまの満足度が向上すれば当社の利益は伸長し、株主・投資家さまからの評価が高まります。株主・投資家さまからの投資が増えれば、より多くのお客さまの満足度につながるサービスを提供できます。

 つまり、すべてのステークホルダーが求める価値が成立する状態となることが大切なのです。そのような状態を当社では「調和」と呼んでいます。「調和」こそが最大の企業価値を生み出します。
 「調和」をめざすために必要なのは、お客さまや従業員だけでなく、株主・投資家さま、お取引先さまとも対話の場をつくり「共創」していくことです。そこで会社全体のテーマに「共創経営」を掲げるようになりました。

──「共創経営」を進めるうえで課題はありますか。

PB「ラクチンきれいシューズ」のレディスパンプス。2010年、顧客の足型を計測した分析結果をもとに靴の木型からつくり直した。販売累計300万足を超えるヒット商品に成長している

青井 「共創経営」により、中長期的に価値を生み出すことができると確信しているのですが、その効果を証明する実績が現時点では少ないことです。

 「ラクチンきれいシューズ」シリーズのヒットや、博多マルイの開店初年度の入店客数が歴代最高を記録したなど、いくつか実績は出てきてはいるものの、限られています。今後は「共創経営」の効果を財務面から明確に説明できるような努力が必要だと考えています。

──最近新たに推し進めている「共創」の取り組みがあれば教えてください。

青井 ECにおいても「共創」の取り組みを生かしたいと考えています。

 当社は小売業の中では比較的早くからECを手掛け、10年ほど前に売上高が200億円に達したのですが、その後は足踏み状態になっていました。

 しかし近年、靴やバッグ、アパレルなどのPB開発を強化してきたところ、PB商品の購入をきっかけにEC利用者が増加し売上が伸長しています。

 そこで、これまでの枠を超えた新たなECビジネスを17年度中にスタートする計画です。これまでECサービスを開始する場合、仮説を立ててWeb上のページを作成していましたが、サービス開始後に検証して修正するとなると、そこからさらに半年ほどかかってしまいます。

 それよりも、サービスを組み立てる段階からお客さまに参加していただければ、開始時のサービスの精度を上げることができます。新しいビジネスモデルを構築するときこそ「共創」の取り組みが真価を発揮すると考えます。

──「共創経営」を始めて得られたものは何でしょうか。

青井 気づいたことは、お客さまから学ぶことがとても多いということです。共創のプロセスを通じて、われわれは日々未来に向けて成長しているということを実感しています。

 また、商品を販売するという枠を超えてお客さまとお付き合いができることは、充実感や喜びにつながっています。これまで長きにわたって小売事業が低迷基調だったからこそ、お客さまやお取引先さま、株主・投資家さまとともに成長していけるというこの感覚はとても新鮮で嬉しいことです。

 これから小売業界を活性化するには、一人ひとりが日々の仕事で気持ちを擦り減らすのではなく、少しずつ成長して未来を創造している実感を味わえるようになることが必要不可欠です。今後も短期的ではなく中長期的な価値創造に目を向けて「共創経営」を進めていきます。