このシリーズは、部下を育成していると信じ込みながら、結局、潰してしまう上司を具体的な事例をもとに紹介する。いずれも私が信用金庫に勤務していた頃や退職後に籍を置く税理士事務所で見聞きした事例だ。特定できないように一部を加工したことは、あらかじめ断っておきたい。事例の後に「こうすれば解決できた」という教訓も取り上げた。今回は、私が2012年にヒアリングした大手メーカーでの事例を紹介したい。
第29回の舞台:大手メーカー (電子機器製造販売)
(社員数1500人)
大病からの復職者、会社と争った社員をともに飼い殺しに
2008年、経理部で課長を務める40代後半の男性が脳梗塞で倒れた。数か月後にいったんは復職したが、体調がすぐれないために休暇を頻繁にとるようになった。いつしか、職場では厄介者扱いを受けるようになる。
数か月後、彼は倉庫のデータ管理部へ異動となった。倉庫に保管している製品をのデータベースをソフトに入力し、管理する部署だ。一応は課長として赴任したが、さしたる仕事はない。部員は、わずかに2人。
そのうちの1人は、30代前半の男性だ。彼は数年前に、前の部署にいるときに上司と口論を繰り返した結果、激しい叱責を受け、社内の労働組合に「いじめを受けている」として訴えた。執行部は相談には応じるものの、経営側に抗議をするなど具体的な行動はとらなかった。
その彼は止むを得ず、外部の労働組合ユニオンに相談をした。その間も、上司の“パワハラ”は続いた。迷いながらも正式に組合員となり、ついにユニオンの役員に、会社に団体交渉を申し込むことを依頼した。
人事部は団体交渉を受け入れ、2か月にわたり、話し合いを続けた。結局、パワハラを「双方のコミュニケーション不足による誤解」として和解をした。ある意味で、会社が一定の範囲で譲歩をしたともいえる。その結果、彼の雇用は守られたものの、閑職であるデータ管理部へ異動となった。特に担当する仕事はない。30代前半で、飼い殺しの扱いとなる。
その時以来、脳梗塞の後遺症をひきずる課長は、人事部からこの男性社員の「見張り」をするように命じられた。1日に数回、彼の言動をメールで人事部に伝えるというものだ。特にマークするのは、ユニオンなどと連絡をとっていないか、解雇にできうるもの、たとえば無断で自席を離れるようなことがあるか否か、だ。
課長はスパイのような役割をさせられながらも、毎日、男性社員を監視している。
「今の私には、こんな仕事しかない。それでも生きていかないと…」
多くの社員が会社を信用しなくなる恐れがある
今回の事例は、以前は部下を潰していたが、部下への指示の仕方を変えたことで育成に成功しつつあるケースといえよう。この事例から、私が導いた教訓を述べたい。
こうすれば良かった!①
復職者に適切な配慮を
脳梗塞から復職するのは、様々な意味で苦労が伴うといわれる。本来は、会社としてスムーズに復職できるよう、可能な限り適切な配慮をすべきなのだが、必ずしもできていない場合もあるようだ。
特に目立つのは、閑職に追いやるケースだ。おそらく、そのまま在籍しても、元の状態に戻る可能性は低いと判断し、辞めるように仕向けているのだろうか。賃金などコストを払う側からすると「止むを得ない」という判断なのかもしれないが、少なくとも道義的な問題や責任は残る。
そして考えるべきは、社内でこの事例を何らかの形で見聞きしている可能性が高いということだ。
それがいずれ、社員たちの意識に多少なりとも影響を与える。やがて、大きな負のエネルギーとなり、会社への不信やあきらめになりかねない。これが、業績難や労災の事故、労使紛争になることがある。
こうすれば良かった②
社会常識を逸脱した行為は直ちに止めるべき
今回の事例でさらに深刻な問題であるのは、会社と争った男性社員の監視をさせていることだ。このようなケースは、私がヒアリングをしていると時折、耳にする。会社にとって危険な社員の監視を厄介者扱いしている社員にさせることで、双方が精神的になえて、自滅し、辞めるのを狙っているのだと私は考える。これももしかすると1つの管理手法なのかもしれないが、私には解せない。やはり、社会常識を逸脱したものであろう。少なくとも、脳梗塞から復帰した社員に適切な対応をしているとは言い難い。
会社と争った男性社員への対応にも、問題がある。これは退職勧奨を通り越した退職強要であり、不当な行為といえよう。法令順守の観点からも、直ちに止めるべきだ。このような行為の積み重ねが意味するものをあらためて考えるべきではないだろうか。
神南文弥 (じんなん ぶんや)
1970年、神奈川県川崎市生まれ。都内の信用金庫で20年近く勤務。支店の副支店長や本部の課長などを歴任。会社員としての将来に見切りをつけ、退職後、都内の税理士事務所に職員として勤務。現在、税理士になるべく猛勉強中。信用金庫在籍中に知り得た様々な会社の人事・労務の問題点を整理し、書籍などにすることを希望している。
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