マラソンに思う
最近、マラソンをしていて考えたことがある。
《オレはマラソンに向いていない》
仲間の誰よりも練習量が多い時代もあった。その頃は、多分、年間で2000キロくらいはジョギングしたのではないだろうか?
でも勝てないとなれば、そこから先は才能の問題だと結論するに至った。
話をもっと単純化して、学生時代の100m走で考えてみよう。
強いランナーは、常に強く、病気やケガでもしない限り、逆転はなかったはずだ。
所詮、強い相手にはかなわない。陸上競技には、向き不向きがあるのだろう。
マラソンも同じだ。この年齢で、練習して強くなろうということ自体が誤りなのである。
そこに行くと、球技は少しだけ違うような気もするが、マラソンは躍起になって勝とうとするスポーツではなく、風や景色を楽しむスポーツなのだと思う。
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