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「デジタル化と小売業の未来」 #15 FABRIC TOKYOなどのD2Cブランドがリアル店舗を重視する理由

前回は、アフターコロナの店舗トレンドとして、ECより早く・便利に商品を受け取ることが可能になる「小型化と多店舗展開」がキーワードになるというお話をご紹介しました。さらに、さまざまな要因からEC利用が進んだことで、今後は「ただ買物を済ませるだけの場所」としての価値ではなく、「ネット上では体験できない価値」を提供する必要があります。今回は、その価値の転換について深掘りしていきます。

ネットでは体験できない価値

 私の著書『2025年、人は「買い物」をしなくなる』でも述べたように、ネットでの買物体験が積み重なると、今後モノを買うためだけに店舗に行くという人は少なくなると私は考えています。その一方で、週末に友人や家族と買物する場所としての店舗は残ると考えています。モノをただ受け取る場所としての価値だけであれば、ネットのほうが利便性もよいという結果になってしまうため、新たな店舗の価値を提供する必要に迫られているのです。

 以前、オーダースーツのD2Cベンチャー企業であるFABRIC TOKYO(東京都)の代表取締役、森雄一郎氏と対談をした際にも「ネットでの購入が難しそうなオーダーメイドスーツでさえ、すでにオンラインで購入できてしまう時代に入っている」というお話を伺いました。それほど、ただ商品を購入するだけであれば店舗に行く必要性がなくなっているのです。しかし、森氏は今なお店舗を重要視していると言います。

 森氏に「それでも店舗に来る人はどういう方ですか?」と伺うと、「たとえば、デートのついでに来て、恋人が服を選んでいる」とのお答えでした。このような買物は、やはりネットでは体験できない価値と言えるでしょう。ブランドからすれば、大切な人と商品を見ながら選び、楽しい時間を過ごして頂くことで強いブランド体験を提供することが可能となります。まさにこれからの店舗としての価値はそこにあり、買物を通じて誰かと楽しい時間を過ごすという「体験の価値」があらためて見直されているのです。

ブランドとしての体験を重視するD2C

 従来から、ショッピングは商品を購入するだけでなく、買物という行為そのものの楽しさを提供できるという側面があります。それがネットですべて完結してしまうと、それはそれで楽しい部分もあるかもしれませんが、買物体験の満足度としてはどうしても店舗での購入に比べて劣ってしまいます。

 とくにブランドやD2Cの観点では、ブランドを実際に体験してもらうことは非常に重要です。欲しかった商品をクリックして終わる作業というものは、ブランド体験としては強く残りません。だからこそ、D2Cメーカーなどは、ネットと比べて非効率な点があったとしても、ショールームや体験型の店舗を出店することによって、強い体験価値を顧客に提供し続けているのです。

 世界の流れを見ると、D2Cを前提としないメーカーはすでにほぼいなくなっており、メーカーにとって顧客の情報を直接つなぐことが“生命線”となっています。さらに、消費者の買う場所の選択も変化しており、TVCMを見ない若者が増えている昨今では、大きな潮流となりつつあるD2Cのように「店舗における体験価値」を非常に重要視する傾向が高まっています。このまま、消費者の買物行動における“入口と出口”が大きく変化すれば、店舗の在り方も大きく変化することは間違いないと言えるでしょう。

 

プロフィール

望月智之(もちづき・ともゆき)

1977年生まれ。株式会社いつも 取締役副社長。東証1 部の経営コンサルティング会社を経て、株式会社いつもを共同創業。同社はD2C・ECコンサルティング会社として、数多くのメーカー企業にデジタルマーケティング支援を提供している。自らはデジタル先進国である米国・中国を定期的に訪れ、最前線の情報を収集。デジタル消費トレンドの専門家として、消費財・ファッション・食品・化粧品のライフスタイル領域を中心に、デジタルシフトやEコマース戦略などのコンサルティングを手掛ける。
ニッポン放送でナビゲーターをつとめる「望月智之 イノベーターズ・クロス」他、「J-WAVE」「東洋経済オンライン」等メディアへの出演・寄稿やセミナー登壇など多数。