チェーンストア標準化の始め方 本部・現場・皆が共有する“ベスト”を伝えていくこと
株式会社 日本リテイリングセンター
取締役リサーチディレクター
渥美 六雄 氏
チェーンストアは、標準化の原理に基づき組織活動を行い、大きな成果を生み出すビジネスだ。ところが、この標準化の意味はよく誤解されている。成長できないのも、規模拡大したところで進化が果たせないのも、はじめからこの標準化の軌道を誤っているからである。本セミナーでは「スタンダード=あるべき形を決めて維持する」という、標準化の正しい意味を説明する。そのうえで、ウォルマートや国内多店舗経営企業の取り組み事例に触れる。こうした事例から、「あるべき形」を組織の仲間に明瞭に示し、各自が正しい行動をとれるようにするためのチェーンストアらしい手段は、無数にあるのだとわかる。自社では何から始めるか、検討する材料の一つにしていただきたい。
標準化は画一化や固定化ではない
チェーンストアオペレーションにとって、標準化というのはとても大きなテーマである。商品の品質の標準化、さらには一人ひとりの行動の標準化、店舗のレイアウトの標準化などチェーンストア経営の課題のあらゆる部分に関係してくる。とくに「ベストを伝えていく」という本質の部分が今日のテーマになる。
チェーンストアの標準化とは「いつでも、どこでも、だれがやっても、ベストになる」こと。多店舗経営では現場が分散していること、大勢の従業員の力を集約していく中で「いつでも、どこでも、だれがやっても、ベストになる」というのは非常に難しい。誰がバイヤーやマーチャンダイザーをやっていても、どの店長が運営している店舗であっても、「いつでも、どこでも、だれがやっても、ベストになる」というかたちをつくらなければならない。
ところが、標準化というと「以前に定めた一つのあり方しか認めないこと」、「マニュアル通りにするだけの仕事が求められる」との誤解を生みやすい。標準化は画一化や固定化ではない。標準化とはベストを築き、それを維持していくことである。マニュアルはそのベストを理解するための最も重大な道具だ。しかし、当然、ベストも進化していく。自分たちのできることも変わっていく。したがって、そのマニュアルの内容(正しくは、スタンダード・オペレーション・プロシージャ)を改めていくという、表現し伝える努力が標準化の前提だと言える。
そもそも標準化が進まないのは、次の5つの理由による。イ)悪意や無自覚が原因で「やらない」。ロ)指示が徹底されないことや技術不足、環境が悪いことが原因の「やれない」。ハ)やったけど充分な成果が得られない。原因として尺度が不明だったり、何が必要なのかが示されなかったりが原因の「充分ではない」、ニ)誤解や失念、錯覚などが原因となる「わからない」。これはコミュニケーション不足に課題がある。ホ)「そもそもない」。これは基準がないのが原因。決まっていなければ説明もできない。期待されている側ができない。
「なぜできないか」というところから課題が見えてくる。標準化でよく相談されるのが、イ)ロ)ハ)。そのためにマニュアルで誰でもできるようにしようとするが、あまり目が届かない、話題になりにくい問題もある。それが、ニ)とホ)。コミュニケーション不足に絞れば、あるべきかたちをどう伝えるかが課題になる。
ベストを築くためのコミュニケーションが重要になる
世界最大5317店を展開するチェーンストアのウォルマートには、さまざまな標準化の事例がある。そのひとつが、ストアマネジャーと呼ばれる人たちを標準化していくということ。
5000店以上の店舗をなぜ運営できているのか。その取り組みの一つが、さりげなくバインダーに挟まっている「ストアマネジメント・デイリー・ウォーク」と題した記録表。ストアマネジメントに関わる従業員は、とにかく歩いて情報収集しなさいと。デイリー・ウォークには記入フォームがある。
話題になりやすいDXへの投資ばかりではなく、世界一のチェーンストアが行っている標準化は、地道で本質を突く取り組みだ。店舗内を歩いて、販売期限切れの商品が何個あるか、日用消耗品の入荷数は何個なのかなど、毎日重点ポイントを見ることが重要な業務になっている。機械やロボットに任せず、ストアマネジャーなどの行動を標準化している。
今や1000店以上と急成長している雑貨ディスカウントチェーンのファイブビローでは、人の行動を標準化している。小型店なので従業員は少なく、品数が多いので作業は多い。値札の予備やクリーナーなどを装備したカートの上面には「Weekly World Recovery」と題した必要な作業手順が表示されている。
わずか4ステップだけで、「いつでも、どこでも、だれがやっても、ベストになる」ができる状態になっている。ストアマネジャーが出勤したら、1ステップ30分かけて4ステップで2時間の作業パターンが示されている。PURGE=撤去・掃除、すなわちバックルームの在庫はゼロにする。RECOVER=復旧、陳列を直して商品を正しい陳列場所に戻す。PRICE=値付け、販促物、タグ付け。最後にAJUST=最適化、どうやって機会ロスを無くすかなど経験に基づく作業を変わらずに行っている。
国内の事例で特徴的なケースは、約200店を展開するサッポロドラッグストアー。新型コロナのパンデミックでマスクが買えなくなった時に、思い切った策に出た。マスクが買えなかった2020年春は、開店前に客が連日行列を作り、朝並べる一部の客にしか販売できなかった。店舗は殺気立ち従業員のストレスも増えていた。そこでサッポロドラッグストアーでは、開店直後の販売を止めた。予告なしに入荷次第、随時陳列販売する方法に改めた。問い合わせ窓口は店舗でなく本部に設置した。
販売方法の変更には、トップが社内チャットでブロックマネジャーから意見を募集した。もちろん賛成も反対もある。そこで販売方法の変更に手を挙げた店舗には、店長ではなくトップの署名で販売方法の変更の案内を店頭掲示することにし、4月4日にまず約50店で実施した。早くも午前中にはSNSで話題となり、6日には全店変更の方針を決定。8日から全店で実施、つまり標準化した。全国紙やテレビの取材があり、この方法が全国の他社にも普及した。これが社内コミュニケーションを通じ、ベストを共有できた好事例だ。「標準化=ベスト」、あるべきかたちを伝えられているか、誰が誰に伝えようとしているか、伝えるべき自社のベストが本当に定まっているか、これらが重要なのだ。