人手不足のなか、生産性を高めると同時に顧客体験の改善にも適用できるとして、小売業界では生成AIの活用が注目されている。そうしたなかでセブン&アイ・ホールディングス(東京都、以下、セブン&アイ)はテクノロジーの積極的な活用を通じて流通革新を主導し、「食」を中心とした世界トップクラスのリテールグループになることをめざしており、そのための重要な技術として生成AIを位置付けている。日本マイクロソフト主幹で開催された「スマーター・リテイリング・フォーラム 2024」にセブン&アイ常務執行役員 最高情報責任者(CIO)兼グループ DX 本部長の齋藤正記氏が登壇、「生成AIと小売業の未来」と題し、生成AIを活用してめざす意欲的な「流通革新」の具体像と進捗について語った。
生成AIは流通革新を主導するための重要な技術
セブン&アイの24年2月期の営業収益は11兆4717億円、営業利益は5342億円、国内最大の小売企業である。
セブン&アイは2030年にめざすグループの姿として、「セブン-イレブン事業を核としたグローバル成長戦略と、テクノロジーの積極活用を通じて流通革新を主導する、『食』を中心とした世界トップクラスのリテールグループ」となることを掲げている。
セブン&アイの齋藤CIOは「生成AIは流通革新を主導するための重要な技術である」と明言した。では生成AIは小売業、そしてセブン&アイにどれほどのインパクトをもたらすのだろうか。
アクセンチュアの調査によれば、業界平均で40%の労働が生成AIの大きな影響を受ける可能性があるなかで、小売業はその平均を上回る影響が予想されている。
本調査は米国におけるものだが、日本の小売業はとくにその生産性の低さが指摘されて久しく、この予測は日本でもあてはまると齋藤CIOは見ている。
ただし、生成AIの活用は「生産性向上」にとどまるものではなく、段階的にその活用が進化し、顧客体験の向上など「付加価値創出」へと広がっていくことになる。
マイクロソフトによれば、①汎用業務への適用、②専門業務への適用、③新しい顧客価値の創造、の大きく3つのステップで進化していくという。各ステップの具体的な業務内容例は、以下の通り。
①は、大量の情報を要約して無駄な重複作業を効率化する「要約/Q&A」業務、データ解析からトレンドを識別して洞察を得る「データドリブンな意思決定」など。
②はマニュアルの要約やコールセンターなどでの顧客対応をアシストする「カスタマーサポート」。
③は顧客属性を踏まえた最適な商品・サービスの提案という「顧客ショッピング体験の革新」。
セブン&アイでも、①②③について「『生成AIファースト』を合言葉に、既存、新規業務を問わず、業務を行う際に「まず生成AIを使ってみる」ということをしている。結果的にDX(デジタル・トランスフォーメーション)が加速している」と齋藤CIOは語る。
「生成AIファーストの環境」をつくるために取り組んでいること
この「生成AIによるDXの加速」がキーワードだ。
従来は業務変革のポイントがわかっていたとしても、独力では実行フェーズが完遂できないなどの理由から、テクノロジーの専門家を巻き込むかたちでDXを推進してきたが、「生成AI時代は、テクノロジーの専門家でなくとも、業務変革のポイントがわかっていて、生成AIを正しく使いこなせれば、誰でも独力でDXが可能な時代になった」と齋藤CIOは力説する。
そのため同社では生成AIファーストの環境をつくることに注力しながら、プロンプトの体得を進めている最中だという。
「生成AIファースト」を社内に浸透させるためにセブン&アイでは、第1ステップとして概論研修、第2ステップとしてプロンプト研修を行っており、現在は第2ステップへの移行フェーズにある。
社内に先駆けて23年にグループDX本部の選抜メンバー約30名が「プロンプトデザインワークショップ」に参加、実践力の強化を図った。24年度中に経営陣からはじまり部・課長級、そして全社員への生成AI研修の実践を計画中だ。
「生成AIファースト」が進むなか、セブン&アイでは実際に生成AIを活用してどんな取り組みを行っているのだろうか?
5つの分野でプロジェクトを組成し推進中
セブン&アイでは先に示した3つのステップを参考に、以下のようにプロジェクトを組成し活用を推進している。
①汎用業務への適用
A)マーケティング活用
B)業務効率化(社内業務)
C)データ分析
②専門業務への適用
D)業務効率化(カスタマーサービス)
③新しい顧客価値の創造
E)店舗支援・顧客体験向上
たとえばA)マーケティング活用では、同社の「7iD会員」に対し、最適なメール配信を行う業務で生成AIの活用を進めている。
同社ではマーケティング施策を計画→企画→制作→登録→公開→検証に分けており、このうち全10タスクからなる「企画」業務のうち3タスクと全23タスクからなる「制作」業務のうち13タスクで生成AIを活用している。
企画業務では施策の壁打ち(アイデアの整理)業務、景表法の確認などに活用、制作業務では構成案のアイデア出しや、件名作成、誤字・脱字チェックなどに生成AIを利用中だ。
齋藤CIOは「生成AIは目的が明確なら誰でも使えるが、やみくもに使えばいいわけではない。大切なのは、業務プロセスのなかで、どの部分でどの目的で適用するかを明確化すること」と指摘する。
同じくマーケティング施策では「販促メール」の制作にも生成AIを活用する。これまで販促メールは委託先に依存していたが、生成AIとRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)で内製化。効率化と自動化が可能となり、制作期間が従来の1か月から1週間へと激減させた。年間では1万時間が削減される見込みだという。
すでにセブン&アイでは、C)データ分析を通じた、E)店舗支援・顧客体験向上にも生成AIを活用しており、その事例について解説したい。
生成AIの活用で、店舗支援と顧客体験向上をどう実現するか
現場業務で忙しいマネジャーが、データを分析して最適な施策を実行することが求められるなか、データ分析や施策の検討に生成AIを活用、業務の効率化と施策の高度化を進めているという。
ここでは「デイリーの課題解決」を例に、どんな取り組みをしているかを見ていきたい。
まずは「デイリーの品揃え分類のなかで課題のある部分を教えてほしい」と生成AIに質問を投げかけ、課題を抽出することから始める。生成AIは該当データを検索し、分析結果や関連情報を踏まえて、回答を提示する。
ここで、「豆腐売場が昨対比で●%減だった」ことがわかったとする。次は、その要因を深堀するために生成AIに繰り返し質問していくという流れだ。
マネジャー:「豆腐売場の不振原因を教えて」
生成AI:「類似する他店と比べて豆腐の客単価が低いことが理由と考えられる」
このように深堀していき課題が特定できたら、最後に「対策を教えて」と問いかければよい。7iDの購買履歴分析などをもとに、何の商品を品揃えすればよいか、またその商品と併売率が高い商品は何かも示され、陳列場所をどう見直せば売上改善につながるかなどの具体的なアクションを提案してくれるという。これを突き詰めることでお客にとっては欲しい商品が買いやすいかたちで提案されている「気の利いた売場」になるというわけだ。
「分析に慣れていない人でも、素早くデータを分析し、施策を検討できるようになった」と齋藤CIOは手ごたえを口にする。
今後、セブン&アイは「生成AIファースト」の浸透をいっそう推進していく。
「生成AIの活用は現場起点で進めていくことが大事。ただし、若い世代だけでなく経営陣、ミドルクラスが生成AIに可能性を見出し、どんどん使っていこうというムードを醸成すべきだ」「各人が当たり前に活用していき、産業、業種の垣根をこえた連携により、生成AI活用による流通革新を主導していく」と齋藤CIOは力を込める。