連載・小売業とM&A 第3回 食品スーパーにおけるM&A活用の方向性
今後起こり得るM&Aの4つの方向性と活用
国内における食品スーパーのM&A件数は増加傾向にあり、今後もさらに再編・統合が進んでいくことが見込まれる。これまで論述してきた内容に鑑み、その目的は大きく4つに類型化される(図表3)。

(1)川下でのロールアップのさらなる推進
一定の再編は進んだものの、国内他業態比較・グローバル同業態比較で、日本の食品スーパーは依然フラグメントな(細分化された)市場である。一方、経営環境は厳しさを増していることは既述のとおりであり、自社単独での生き残りがより難しくなる事業者が今後増えていくと予想される。実際にトライアルホールディングス(福岡県)による西友の買収など、大型再編の事例も見られており、経営体力のある大手が規模拡大やドミナント強化、スケールメリットを生かしたコストの合理化を目的に、中小の競合企業を買収する流れはこれまで以上に強まるであろう。
また、中堅・中小食品スーパーは後継者問題を抱える企業も多く、同観点からも今後M&Aが増加することが予見される。なお、このような案件は突然発生することも多く、M&Aを検討している企業は、M&Aに対する戦略を事前に策定しておき、常に情報収集や水面下で交渉に入ることのできる体制とリレーション構築が重要となる。
(2)独自コンテンツの獲得による差別化と周辺領域への事業の染み出し
食品スーパーに対する消費者のニーズが総合性・利便性から独自性に変わり、消費の二極化も進む中、顧客のロイヤリティを高めるためには「ここにしかない商品」の提供が必要不可欠だ。プライベートブランドの充実がまさにその例であるが、M&Aによってコンテンツを獲得する動きが今後増えていくと予想される。
事実、第1回でも触れた「ロピア」を展開するOICグループ(神奈川県)は、SPA化を強化するなかで社内にM&Aの専属チームを組織して調味料製造の丸越食品工業(埼玉県)や、トシ・ヨロイヅカを展開する洋菓子製造のサンセリーテ(東京都)、直近では酒類製造の相生ユニビオ(愛知県)など幅広い領域の買収・内製化を進め、広範なカテゴリーで「ここにしかない」独自性を出すことで消費者の支持獲得をめざしている。
また、周辺領域での収益源の多様化に向けたコンテンツM&Aも増えていくと想定される。米小売大手のウォルマート(Walmart)は近年、多くのリテールタッチポイントを活用してWalmart connect(ウォルマートコネクト)という広告事業を強化しており、この流れの一環として、昨年米国のスマートTVメーカーであるビジオ(VIZIO)の買収を発表した。同社は、ビジオを通じて家庭内にもチャネルを持つことになり、ウォルマートコネクトと融合させることで新たな収益源の開拓をめざしている。
この取組みにより、広告主が顧客とつながるための新しい機会が生まれ、ウォルマートでの広告支出からより大きな成果を実現できるようになるのである。食品スーパー本業のみで収益を維持・拡大していくことが難しくなるなか、顧客接点という強みを活かした周辺領域への参入を企図した1つの切り口として注目すべき事例だ。
(3)ヘルスケア領域獲得によるビジネスモデル強化
前項「食品スーパーが着目すべき今後の市場変化」では、「(3)未病・予防ニーズへの対応」に触れた。現在、消費者の多くは、自身の健康課題や栄養摂取の状況、さらにはそれに基づく具体的な行動の取り方が分からず、潜在的な不安や課題を抱えている。この領域において、食品スーパー事業者が新たなビジネスチャンスを見出す動きが活発化している。とくに、健康状態を可視化する技術や、ウェアラブルデバイスなど消費者との接点を持つツールを提供する企業との連携・買収が今後加速すると見られる。
その先駆的な動きとして注目されるのが、ウォルマートの戦略である。同社はプライマリケア領域からの撤退を発表する一方で、健康データを活用した生活習慣の管理・コーチングサービスを展開するシェアケア(Sharecare)と提携。ヘルスケア領域にとどまらず、取得した健康データを金融、広告、エンタメ、パーソナルサービスなど多分野に活用することで、独自の経済圏の構築をめざしている。
国内においても同様の動きが見られる。たとえば、住友商事(東京都)傘下のサミット(東京都)は21年3月より、「健康な食生活の提案による未病対策の推進」を目的に、一部店舗に「健康コミュニティコーナー」を設置。同じく住友商事傘下のドラッグストア大手のトモズ(東京都)と連携し、店頭での健診や、その結果に基づく管理栄養士による栄養指導、健康相談、商品・レシピの提案などを展開している。
このように、健康状態の可視化を起点とし、商品・サービス・チャネルを多層的に組み合わせることで、企業独自の経済圏を築くことが可能となる。さらに、保険商品の販売といった新たな収益源の獲得にもつながる戦略といえる。
(4)海外展開の拡大
国内市場の縮小が続くなか、海外展開は新たな成長の活路として欠かせない。ただし、自前での進出には、文化や商習慣の違い、現地規制への対応といった多くの課題が伴う。そこで有効な選択肢となるのがM&Aである。現地の食品スーパーとの資本提携や買収を通じて、既存の店舗網や物流インフラ、市場ノウハウを活用できるため、リスクを抑えながら迅速な市場参入が可能になる。
実際、仏大手Groupe Carrefour(グループ・カルフール)はブラジルにおいて、Makro(マクロ)やGrupo Big(グルーポ・ビッグ)といった現地有力企業の買収を通じて事業拡大を加速させている。また、国内企業でもドン・キホーテ(東京都)がM&Aを駆使して米国ハワイ州での展開を進め、現地消費者の支持を得ながら着実に成長を遂げている。こうした事例は、海外展開におけるM&Aの有効性を示す好例といえる。
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日本の食品スーパー業界を取り巻く環境は厳しい。こうした状況下、持続的な成長を実現するためにはM&Aを戦略的に活用した事業ポートフォリオの再構築が不可欠だ。M&Aはスケールメリットの追求、新たな収益源の確保、海外展開の加速、そして事業承継問題の解決など、さまざまなメリットをもたらす。各企業は、自社の強みと弱みを冷静に分析し、最適なM&A戦略の策定・推進を行うことで、企業規模の拡大に留まらない、新たな価値の創造、持続可能な社会の実現を推進することが求められている。
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