アパレル企業が陥る「原価率が上昇しているから原価を下げる」という自己矛盾

2025/09/10 05:00
河合 拓 (FPT Consulting Japan Managing Director)

円安が止まらない。デフレ大国だった日本もインフレが進み、インバウンド需要も昔のように旺盛ではなくなってきた。日本は四季にメリハリがあるから「新しい服でも買ってみようか」となるわけだが、これだけ猛暑が続くと夏物の軽衣料が想定外に売れているようだ。また、技術の進化によってダイナミックプライシングなどの活用、値引き抑制により、大手のアパレルの決算を見ると、各数値は昨対比を超え始めた。しかし水面下では、事業統合、事業撤退、経営破綻と、アパレル産業の再編の動きはじわりと進んでいる。

こうした中、私は縮小する日本市場にしがみついて消耗戦を繰り返すのではなく、一刻も早く海外、とくに人口増加を牽引している東南アジア、インドなどに進出し、ドメスティック企業から、グローバルに稼げる企業に変わっていくべきと説いてきた。今回は、そうした文脈から、原価率についての正しい認識とその対応策について語ってみたい。

Natalia Kirsanova/iStock

「原価率」は変わっても「原価高」は不変

 幾度も指摘してきたように、企画原価率が30%のアパレルの決算を見ると、原価率は45%になったり、50%になったりとさまざまだ。その原価差の要因は3つある。1つ目が「調達価格の高騰」、2つ目が「値引き販売」、3つ目が「余剰在庫の評価減・評価損」だ。企画原価率が30%だったときに、決算時の原価率が50%だった場合、その20%の差は値引きと在庫評価減・評価損の合算だと述べてきた。なぜなら、こう説明する方がわかりやすいからだ。

 しかし、これは現実を表していない。”率”というのは指標のマジックであり、”額”に直せば、どれだけ値引きをしても、あるいはどれだけ在庫評価損を計上しても、原価高は変わらないのである。これは、仕事で経営シミュレーションを幾度もやっているからこそわかったことであり、ぜひアパレルの経営者の方に読んでいただきたい。

 調達原価を上下させる変数は、調達原価や商社マージン、輸入時の為替差だけで、あとは売上高のマイナスに影響を与えるのだ。経理関係の方であれば、「何を当たり前のことを」と言うかもしれないが、私がこのようなことをあえて語るのは、多くの方が損益計算書をみて「おっ、原価率が上がってきたな。よし、原価を下げよう」と慣れない直貿に手を出したり、仕入先をダイナミックに産地移転をして、さらに原価を下げようとしたりと対応を間違えているからだ。

 なぜ、この考え方が誤りなのか。素人でもわかるように具体的、かつ平易に説明しよう。

 決算結果で、4KPIが企画原価率30%、プロパー消化率50%、オフ率50%、残品率20%だったとする。ここに実数を当てはめればすぐわかる。3000円の調達原価の商品を1万円で10枚販売するケースを、先ほどの4KPIに当てはめてシミュレーションしてみよう。

 調達価格3000円の商品を10個仕入れるわけだから、この場合の原価高は3万円となり、一旦、貸借対照表の「流動資産」の商品に分類される。しかし、その10個の内、5個が1万円で売れるわけだから、プロパー売上は5万円(①)になる、そして、残りの5個の内、3個が5000円で売れる(オフ率50%)わけだから、セール売上は1万5000円(②)になる。さらに残りの2個は在庫評価損で3000 ✕2=6000円が売上のマイナス(③)になるわけだ。

 その時、① + ② – ③=がこの商品の売上5万9000円となる。つまり、10個の商品がプロパーで売れた場合、1万円 ✕10個 = 10万円が、現実は5万9000円の売上となり、原価高は3万円のままである。そうなると、損益計算書上の原価率は売上が減ったぶん相対的に押し上げられ、その結果、原価率が約51%になるわけである。その結果、「原価率が上がった、だから下げよう」となるわけだが、幾度も言うように、貿易実務はそれほど簡単ではない。そしてこれからはアジアの工場とPLMでつなぐ時代だ。

PLM……Product Lifecycle Management:製品の開発・設計・製造といったライフサイクル全体の情報をITで一元管理し、収益を最大化していく手法

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記事執筆者

河合 拓 / FPT Consulting Japan Managing Director

Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)。The longreachgroup(投資ファンド)のマネジメントアドバイザを経て、最近はDX戦略などアパレル産業以外に業務を拡大


著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「生き残るアパレル死ぬアパレル」「知らなきゃいけないアパレルの話」。メディア出演:「クローズアップ現代」「ABEMA TV」「海外向け衛星放送Bizbuzz Japan」「テレビ広島」「NHKニュース」。経済産業省有識者会議に出席し産業政策を提言。デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言

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