アウトドアウェアをストリートファッションに変え市場創造!ノースフェイスの直営店マーケとは
長引くコロナ禍の中で、約2年をかけてECシステムを刷新し、OMO(オンラインとオフラインの融合)を加速させている「ザ・ノース・フェイス(以下「ノースフェイス」)」。ゴールドウイン(東京都/渡辺貴生CEO)が日本でのライセンス製造・販売を手がける。そのOMOにおいても、ノースフェイスの強固なブランディングの基盤となるのが、全国に約100店舗ある直営店だ。約四半世紀にわたって築き上げてきた、直営店を中心としたノースフェイスのマーケティング戦略を、あらためてひも解いてみよう。
マーケティングの転換を決意した、NYでの光景
1966年、アメリカ西海岸のバークレーで誕生したノースフェイス。その日本における歴史は、1978年に株式会社ゴールドウインが輸入販売を手がけるところから始まる。
その後、1990年代半ばに転機が訪れる。現・ゴールドウイン社長の渡辺貴生氏がニューヨークを訪れた時の逸話を、ザ・ノース・フェイスマーケティンググループ プレスチームLDの宮﨑浩氏が紹介してくれた。
「冬の寒い日に、ニューヨークの若者たちが、路上でヌプシジャケット(ノースフェイスの定番ダウンジャケット)を着ていたんです。当時の日本には、アウトドアのアウターをストリートで着る文化はまだない時代。アウトドアとストリートに線引きをする理由は果たしてあるのだろうか? と価値観を一変させられる出来事だったそうです」(同)。
帰国した渡辺氏は、日本国内におけるノースフェイスのマーケティング戦略の転換を決意する。従来の卸売りをメーンとしていたところから、直営店舗を通じて自社でブランディングを強化する方向に舵を切ったのだ。そして1983年3月に原宿駅竹下通口前に「ウエザーステーション」をオープン。1993年10月には今の原宿ソフィアビルに移転、2000年3月に改装して「ザ・ノース・フェイス原宿店」となる。
「それまでは、スポーツ用品店などで登山用のウェアとして販売していたものを、直営店で『ストリートファッションウェア』として打ち出すようにしました。商品自体は変わっていませんが、要は“売り方”を変えたんです」とEC販売部長の梅田輝和氏は話す。
折しも1990年代末から、日本のファッションシーンにもアウトドアブームが到来した。その波に乗って、ノースフェイスは「スポーツ用品店で売られるアウトドアウェア」から、「ストリート」やライフスタイル領域での認知を高め、飛躍的に成長していった。