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小売業の「ムダ・ムラ・ムリ」は約46兆円? 小売業にDX改革が必要な理由

国内食品小売でとくにデジタルトランスフォーメーション(DX)が進んでいる企業として、トライアルホールディングス(福岡県/亀田晃一社長)を挙げる人は少なくないだろう。同社の中核小売企業トライアルカンパニー(同/石橋亮太社長)をIoT/AIソリューションで支援するのがRetail AI(東京都)だ。本連載では、同社社長の永田洋幸氏がグループ内でどのようにDXを実践したのか、組織づくりやDXの必要性などについて解説。第1回となる本記事では、小売業のDXの現状について述べる。

IoT/AIソリューション開発に着手

 トライアルホールディングスは、1984年に創業した当初はPOSシステムなどを開発するIT企業でした。事業環境の移り変わりなどを肌で感じながら、92年に小売業への進出を決断。ディスカウントストアを主力に全国に264店舗を展開しており、グループ連結売上は約5000億円まで成長することが出来ました(20216月現在)。

 リアル店舗の運営と並行して、私たちはその裏側で動くITシステム基盤の構築や物流などの仕組みの効率化を絶えず行ってきました。直近では、IoT/AIソリューション開発まで携わるようになり、同事業を統括する会社として2018年に私が社長を務めるRetail AIを設立しています。当社はIoT/AIソリューションを国内外へ販売するための事業開発および製品開発を行う戦略組織で、私たちがつくった仕組みを世の中に拡げていくために新設されました。

 流通産業において、DXは不可欠かつ不可避です。当グループは「スマートショッピングカート」「AIカメラ」「MD-Link」(ビッグデータ基盤)などのIoT/AIソリューションによってDX戦略を進めていますが、その詳細を話す前に、日本の小売におけるDXの現状をお伝えしたいと思います。

 

現状維持では優位性を保てない

 小売業の特徴として、労働集約型の事業モデルであることが挙げられます。この特徴は過去数十年単位で見ても大きな変化は起きていないというのが実態です。経済産業省が発表している労働生産性などの統計データを見ても、小売業は製造業や卸売業よりも低い値となっており、低位安定となっています。

 また、経済産業省によると国内小売業の年間売上高は約140兆円ですが、当グループの独自試算では「ムダ・ムラ・ムリ」が約46兆円あると試算しています。これは流通産業に関わるステークホルダーが多いことに加えて、メーカー・卸・小売が各々で局所最適を行っており、全体最適からほど遠い状態になっているためであると考えています。

 一方で、大手EC企業は消費者までダイレクトにアプローチして欲しいモノをすぐに届けているだけでなく、ウェブサイト・アプリ上での顧客の購買行動を分析するなどのIT技術を軸とした基盤を完成させつつあります。リアル店舗を主とした小売業も現状維持のままでよいとは言えません。

 上記のことから、既存の取り組みとその延長だけでは、リアル店舗を軸にした小売事業は成り立たなくなります。これから、自社の優位性を際立たせるためには、社内で意識的に既存オペレーションを大きく変えていく必要があります。

 DXとは、「業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること(経産相資料 抜粋)」です。目先の業務負荷を軽減させるためにシステムを導入するといった考えでは、DXは実現できません。企業のトップから現場まで含めて、ゴールを見据えて既存の組織の枠組みを超え、新たな組織を構築する必要性があります。

 第2回ではIoT/AIソリューションの開発および活用に至るまで、Retail AIを新設するにあたり当グループがどのように組織体制を整えたかについてお話しします。

プロフィール

永田洋幸(ながた・ひろゆき)

1982年福岡生まれ。米コロラド州立大学を経て、2009年中国・北京にてリテール企業向けコンサルティング会社、2011年米シリコンバレーにてビッグデータ分析会社を起業。2015年にトライアルホールディングスのコーポレートベンチャーに従事し、シード投資や経営支援を実施。2017年より国立大学法人九州大学工学部非常勤講師。2018年に株式会社Retail AIを設立し、現職就任。2020年よりトライアルホールディングス役員を兼任。