今年4月に発足した純粋持株会社、近鉄グループホールディングス(大阪府/吉田昌功社長)は、鉄道を中核に、不動産、流通、ホテル・レジャーなどの事業を手がける。近商ストア(大阪府)は、近鉄グループで流通事業を担う主力企業の1つ。大阪府、奈良県、京都府で食品スーパー(SM)42店舗を展開する。競争の激しい関西でいかに優位性を発揮し、成長に結びつけるのか。中井潔社長に聞いた。
既存店売上が好調 約10%の伸長率
──今年4月、鉄道事業を中核とする近鉄グループは、純粋持株会社制に移行しました。近商ストアはグループの中でどのような位置づけにありますか。
中井 近鉄グループホールディングスは、鉄道を中心に、不動産、流通、ホテル・レジャーなどの事業を展開しています。流通事業を手がける企業の1つに、物販、飲食など近鉄の「駅ナカ」事業を行う近鉄リテーリング(大阪府)があります。近商ストアは、近鉄リテーリングの100%子会社です。昨年5月に近商ストアの社長に就任しましたが、現在、近鉄リテーリングの社長も兼務しています。
近鉄グループの各事業会社は、経営環境が大きく変化するなかで、柔軟でスピード感のある対応が求められています。各事業会社の権限と責任を明確にし、迅速な経営判断を下せるようにしたのが、純粋持株会社制に移行した目的です。近商ストアと近鉄リテーリングはそれぞれSM事業、駅ナカ事業を通じて、近鉄の沿線価値を向上させる役割を担っています。
──どのようなSMをめざしますか。
中井 地方SMとして自主路線を歩もうと考えています。SM業界では、地域に根差した経営で生き残っているチェーンが少なくありません。当社も地域に根差したSMをめざしたいと考えています。大阪府、奈良県、京都府に42店を展開していますが、店舗規模は売場面積500平方メートルから3000平方メートルまでさまざまです。商圏特性も、各店舗で違いがあります。このため、画一的な店づくりではなく、地域ごとにきめ細やかな対応が必要になります。
これまで、店舗の標準化に向けた方向性を探った時期もあります。セブン&アイ・ホールディングス(東京都/村田紀敏社長)と11年に資本・業務提携し、効率的な経営手法について学んできました。しかし、当社の事業規模では十分な競争力を発揮できないと判断し、昨年6月に提携を解消しました。
──大都市圏のSMの業績はおおむね好調ですが、足元の営業状況はいかがですか。
中井 15年3月期の売上高は、上半期が対前年同期比2.8%増、下半期が同5%増で、通期で606億円でした。決算期を変更した16年2月期は7月までの累計で、既存店売上高は同9.9%増、客数同6.7%増、客単価同3%増と、好調でした。とくに5、6月の既存店売上高伸び率は10%を超えました。8月に入っても好調を続けており、このペースでいけば売上高は630億円を達成する見込みです。
小売業の基本を徹底する「サービス向上の重点取組」
──好調の要因は何ですか。
中井 昨年6月、社長に就任し、営業方針として最初に打ち出したのが、売上の拡大に集中することでした。利益率も重要ですが、そこに目を向けすぎると、現場がロス率の低減を優先させてしまい、売上を増やすことができず、中途半端な結果に終わることが多いものです。そこで、まずは目に見える成果を出すため売上を伸ばすことを最重要目標に設定しました。
そして、お客さまに楽しく快適に買物していただけることを目標に掲げ、その徹底に取り組んできました。それが6項目からなる「サービス向上の重点取組」です。具体的には、「清潔な店づくり」「明るい店づくり」「欠品のない売場」「フェイスのきれいな棚づくり」「笑顔での挨拶」「身だしなみの統一」です。
「サービス向上の重点取組」は、基本的な項目ばかりですが、徹底するとなると、案外、難しいものです。「清潔な店づくり」では、店舗を美しく保つために掃除をする。「明るい店づくり」では、実際の明るさだけでなく、明るく元気な接客を心がける。「笑顔での挨拶」では、つねに笑顔を絶やさず、お客さまに対して積極的に「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」と声かけをする。「身だしなみの統一」はサービス業の原点です。昨年、ユニフォームを一新しました。
これら6項目が店舗で実際に行われているかどうかを確かめるため、外部機関による3カ月に1回の覆面調査も実施しています。各店舗を採点し、調査結果を社内で公表しています。
私自身も定期的に店舗を回り、自分の目で現場の状況を確認しています。事前の告知なしに店舗を訪れ、店長はじめ従業員と話をします。現場では適度な緊張感が生まれているようです。
こうした取り組みが営業面の成果に結びついており、手応えを感じています。近鉄沿線にある当社店舗の立地は、競合他社にはないアドバンテージです。これを生かし、「近鉄ファン」のお客さまに満足していただけるような店づくりを追求していきたいと思います。
──店舗の従業員の意識に変化はありますか。
中井 いいえ、まだまだです。これら基本項目を徹底させる一方、力を入れているのが教育や表彰制度です。各店舗で顧客満足度の向上に取り組むリーダーを選任したほか、チェッカーコンテストや技能コンクールを開催しています。従業員の意欲を高めるため、優秀者は表彰しています。
ビジネスで重要なのは「人」です。近鉄グループでこれまで仕事をしてきて強くそれを感じます。従業員のモチベーションを上げることが企業の強さにつながります。今後も、そのための施策を講じていきたいと考えています。
店舗特性に応じた店づくりを志向
──地域に根差したSMとして、どのような店づくりを考えていますか。
中井 たとえば、高級志向のお客さまが多い地域では、こだわり商品を強化した売場づくりをする。一方、価格政策では、競合店を徹底的に調査し、購買頻度の高い商品については、他店に負けない価格を出す。これまで当社は、お客さまから「いいものはあるが高い」という印象を持たれていました。それを払拭するためにも、価格政策にも力を入れています。
当社は現在、「近商ストア」と「ハーベス」という2つのフォーマットを展開しています。前者はレギュラーSM、後者は味・品質をより追求する高質SMを志向しています。各店舗の商圏特性はさまざまですから、近商ストアにしても、ハーベスにしても、定型のフォーマットに基づいた品揃え、売場づくりだけでは対応できません。あくまで、商圏を見て判断するようにしています。お客さまのターゲットを絞りすぎるのではなく、多くのお客さまに来ていただけるアプローチによる個店対応をめざしています。
──個店対応の具体例はありますか。
中井 近鉄「八尾」駅施設の1階にある「ハーベス近鉄八尾店」では、総菜に力を入れることで、売上を順調に伸ばしています。23時まで営業していますが、会社帰りなどに立ち寄るお客さまが多いため、21時でも総菜をつくり、売場でボリューム感を出して陳列しています。16時に加工した総菜を21時に売ると、値引き販売しなければなりませんが、21時に加工した商品は値引きする必要はありません。需要のあるときに徹底して売り込むという考え方です。結果として、ロス率も低下しつつあります。
──強化するカテゴリーや商品は商品部が判断するのですか。
中井 商品部、店舗、店舗運営を管轄する店舗本部の3者が協議しながら決めています。店長の要望を聞きながら、さらに商品部が持っている売れ筋データと重ね合わせ、適切な品揃えを模索していきます。正解はありませんが、意見を出し合い、ベストな店づくりを追求しています。
「美味安心」を導入 近鉄のグループ力も活用
──商品面での重点施策は何ですか。
中井 商品面では、競合店にはない商品を積極的に取り入れていくことに力を入れています。当社の事業規模でプライベートブランド(PB)を持つのは現実的に難しいため、オリジナル商品については、地元メーカーや工場と連携しながら開発することも検討しています。
最近、ほかのSM企業のPBの販売を始めました。山梨県に本部を置くいちやまマート(三科雅嗣社長)さんのPB「美味安心」です。「美味安心」は安心・安全、健康に配慮した商品です。協力をお願いして当社の一部店舗で「美味安心」を販売しています。お客さまからの評判は上々で、今後、取扱店舗を拡大していきます。
また、社長を兼務する近鉄リテーリングは、駅ナカ事業の一環でコンビニエンスストア(CVS)の「ファミリーマート」の加盟店を運営しています。その関係で、ファミリーマートのPB「ファミリーマートコレクション」を一部の店舗で、今年5月から試験的に販売しています。これもほかのSMでは買えない商品で、菓子などがよく売れています。
──SMの共同仕入れグループに参加する選択肢はありますか。
中井 商品の仕入れはあくまで独自路線でいく方針です。自社に加え、近鉄グループの企業が持つ商品も導入していきたいと考えています。
たとえば、近鉄リテーリングでは、東京風うなぎ料理を出す「江戸川」という飲食店を10店舗経営しています。そこでは、国内産地から直送したうなぎを使っているのですが、近商ストアも共同で仕入れ、SMで販売しています。
同じく近鉄リテーリングが展開する「百楽」というレストランとも連携し、そこで提供している中華総菜を、当社の総菜部門で販売することも計画しています。本格的な味の総菜は当社の独自商品になります。こうした近鉄グループの持つリソースを活用することで、差別化につなげていきたいと考えています。
高齢化の進行に対応し新業態の開発も検討
──出店政策については、どのように考えていますか。
中井 これから2?3年は、新規出店は行わずに、おもに既存店舗の改装を進める考えです。
来年、当社はSM1号店を出してから60周年を迎えます。どの店舗もお客さまに親しまれていますが、老朽化が進んだ店舗も多いため、計画的に手入れをしているところです。16年2月期は、奈良県の生駒店、真美ヶ丘店、東生駒店の改装を終えていますが、夏以降も順次、既存店舗の活性化を図っていきます。
──新規出店についてはどのように考えていますか。
中井 近鉄沿線でいい物件があれば、新規出店を検討します。ただし、考えなければならないのは、今後、どのようなスタイルのSMを出すかということです。現在、当社では、50歳以上のお客さまが多くを占めています。今後、さらに高齢化が進むことを考えると、高齢のお客さまに使いやすい店舗は何かという点から、新業態での出店も視野に入れる必要があります。それが、移動販売、あるいはミニSMになるのかわかりません。近鉄グループが展開する既存業態との協業になるかもしれません。いずれにしても、当社の次代の事業戦略を練るうえで、重要な課題だと認識しています。
──一部店舗で実施しているネットスーパーは拡大しますか。
中井 奈良県、京都府の計4店でサービスを提供していますが、利用件数が大きく伸びているわけではありません。どれくらいの需要があるか、今は測りかねているところです。これに対して、来店して買物された商品を宅配する「商品宅配」サービスは、お客さまから非常に好評です。周辺に坂道が多い学園前店(奈良県)では、このサービスを利用されるお客さまが多く、売上の約11%を占めています。
これから、高齢化が進むなかで、どのようなサービスが喜ばれるのか。ネットスーパーも含めて、提供すべきサービスを検討していきたいと思います。