小売・流通業界においても、多くの企業が新たな成長ドライバーとなる新規事業を模索している。しかし、特に大企業は既存のビジネスモデルや成功体験が足かせとなり、新たなイノベーションの種を育てていくことは容易ではない。一方で新興のスタートアップは、大企業にはない機動力とユニークな技術・ビジネスモデルを持っている。
その大企業とスタートアップが手を組み、イノベーションを創出する仕組みとして注目されるのがコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)だ。ヤマトホールディングス(東京都/長尾裕社長)と独立系ベンチャーキャピタル大手のグローバル・ブレイン(東京都/百合本安彦社長)が共同で運営するCVCと、越境ファッションECサイトを運営するスタートアップとの事例から、そのCVCならではのメリットと可能性を見ていきたい。
ヤマトホールディングスのCVC「KURONEKO Innovation Fund」
ヤマトホールディングスでは、2020年よりコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)「KURONEKO Innovation Fund」(以下「KIF」)を運営している。
CVCとは、大企業を中心とする事業会社が社外のベンチャーに対して行う投資活動のことだ。「STARTUP DB(スタートアップデータベース)」の調査によると、日本国内におけるCVCのスタートアップ投資件数は2017年(118件)から2021年(361件)の5年間で306%成長しており、大企業におけるオープンイノベーションのアプローチとして存在感を増している。
KIFは、ヤマトホールディングスと独立系VCのグローバル・ブレインとの二人組合形式(資金は自社で供給しつつ、ファンド運営は専門職であるVCに任せる形式)で運営している。
そのKIFが出資するスタートアップは14社(2024年4月末現在)。「高性能な小型風況観測センサーの開発」「家電お試しサービス」「宇宙空間向け汎用作業ロボットの開発」など、実にバラエティに富んだポートフォリオを組んでいる。中には本業である物流の領域と一見関係性がなさそうものも見受けられるが、ヤマト運輸 イノベーション推進部 アシスタントマネージャーの森山悠華氏は、出資の判断軸について次のように語る。
「もちろん、本業とのシナジーが期待できるかという観点は重要だが、事業領域にかかわらず中長期的にファイナンシャルリターンが得られるかという純投資目線も持ちながら出資先を決めている」
このように、既存事業とのしがらみや目先の利益にとらわれずに中長期的な視点で成長が見込める領域に投資できるのがCVCの特徴といえる。KIFも自由度の高い投資判断ができるよう、企業本体からは独立性を保った事業体として運営されている。
越境ファッションECサイトに出資を決めたねらい
そのKIFが出資する企業の一つが、越境ファッションECサイト「60%(シックスティーパーセント)」を運営する「シックスティーパーセント(東京都/真部大河社長)」だ。
60%には、韓国をはじめとするアジア各国から1500以上のファッションブランドが出店する。その多くはインディーズブランドで、10万点以上(2023年12月末現在)のアパレル商品を取りそろえる。日本では見つけることのできないユニークな商品ラインアップがZ世代の支持を集め、利用者の約9割を10代~20代が占める。
KIFは、2021年4月にシックスティーパーセントへの出資を決定した。そのねらいを、ヤマト運輸 イノベーション推進部 マネージャーの森憲司氏は次のように語る。
「2021年当時は特に新型コロナウイルスの影響でインバウンド需要が縮小している一方で、アジア圏でのEC市場が拡大しており、越境ECの分野に私たちも注目していた。その中で精力的に越境ECビジネスを展開していたのがシックスティーパーセント。同社の持つアジア圏でのアパレル業界への知見やネットワーク、そして成長性に魅力を感じ出資を決断した」
一方、シックスティーパーセント 代表取締役社長兼CEOの真部大河氏は、CVCという形でヤマト運輸とパートナーシップを結んだ理由を次のように語る。
「私たち越境ECビジネス事業者にとって、物流は切っても切り離せないもので、購入してからお客さまの手元に届くまでが一つのサービスととらえている。KIFから出資のお話をいただき、ヤマト運輸というトップの物流企業からハンズオンでナレッジやノウハウを共有していただける点に魅力を感じた。自社だけでは困難ないろんなチャレンジができ、新しい商流を創造できる可能性が広がった」
大企業とスタートアップがフラットに知恵を出し合える「器」
真部氏が言うように、スタートアップにとってCVCから支援を受けるメリットは、単なる資金調達にとどまらない。自社にはない大企業ならではの知見や技術、リソースを活用できる点も、リソースの限られるスタートアップには大きな魅力の一つだ。
実際にその効果は表れている。一例を挙げると、シックスティーパーセントでは、税関との手続きにおいてある課題を抱えていた。そのことをKIF側に伝えると、すぐにヤマト運輸社内の国際物流の関連部署を紹介してもらい、担当者と課題解決の方向性を話し合いながら、最終的に税関の承認を得られるスキームを構築できたという。
「スキーム構築においてヤマト運輸側から貴重なアドバイスをいただくことができ、通関士ともスムーズにコミュニケーションをとることができた。おかげでかなりのプロセスをショートカットして課題解決までたどり着くことができた」(真部氏)
大企業とスタートアップとの協業は、組織の規模に違いがあるがゆえに、大企業側のルールや価値観が優位になりやすい側面もある。それが、CVCという「器」があることで両社がフラットにコミュニケーションをとり、課題解決に向けて知恵やリソースを相互に提供し合える関係を構築できるのだ。
「私たちのようなスタートアップがヤマト運輸をいきなり訪ねて『税関の担当者を紹介してください』とお願いすることは通常であればハードルが高い。そこを、CVCという独自のコネクションを持つことによって、ウェットなコミュニケーションができる点にものすごく恩恵を感じている」(真部氏)
成長性を見込み追加出資を決定
ヤマトホールディングス側も、シックスティーパーセントとのパートナーシップに対し、自社のリソースだけでは得られないメリットを感じている。
「アジア圏内を中心としたアパレル業界がどういう動きをしているのか、物流の仕組みがどうなっているのかなど、リアルな現状について情報交換をさせていただいている。私たちも物流面での情報やサポートを提供し、一緒に課題解決を図りながら同社の成長を支援できている。お互いにwin-winな形でパートナーシップを構築できていると手ごたえを感じている」(森氏)
KIFでは、シックスティーパーセントのZ世代に特化したマーケティング力と企業成長力を評価し、2024年2月には追加出資を決定した。シックスティーパーセント側では、この追加出資によって獲得した資金を、「採用やマーケティングの強化にあてていく」(真部氏)ことで、さらなる事業拡大を図っていく意向だ。
小売・流通の領域においても、ヤマトホールディングスとシックスティーパーセントのように、CVCを通じて新たなイノベーションの種を育てていく試みは増えてくるだろう。大企業とスタートアップとの“異色タッグ”によって、私たちの想像を超えた顧客体験が生まれることを期待したい。