オイシックス・ラ・大地(東京都/髙島宏平社長:以下、オイシックス)によるシダックス(東京都/志太勤一会長兼社長)に対するTOB(株式公開買い付け)の期限が再延長された。TOBには、買う側と買われる側が宥和的に話を進める「友好的買収」と、双方が対立し委任状争奪戦(プロキシ―ファイト)を繰り広げる「敵対的買収」の2パターンがあり、今回は典型的な後者に当たる。
事態を複雑にしたのが、シダックスに秋波を送り続けてきた外食大手コロワイド(神奈川県/野尻公平社長)の存在だ。シダックス現経営陣と創業家の対立、シダックスの大株主ファンドであるユニゾンキャピタルの思惑も絡んでいるだけに余計ややこしい。メディアを賑わした一連の騒動だが、なぜここまで混乱を極めたのか。
なぜオイシックスはシダックスを買収したいのか
シダックスといえばカラオケボックスをイメージする読者が多いかもしれないが、実は同社はカラオケ事業から撤退して5年近くになる。同事業の売上高は一時600億円を超え、業界でも圧倒的なプレゼンスを誇っていたが、店舗大型化戦略が裏目に出て撤退直前は売上高200億円を割れるまでに低迷していた。
といっても、シダックスが1991年にはじめたカラオケ事業は、同社の本業というわけではない。
シダックスの創業は1959年、志太勤が故郷の静岡・韮山町(現・伊豆の国市)から上京して立ち上げたのが、東京・調布で富士フィルムより給食事業を受託する「富士食品工業」だ。
現在は自治体サービス受託・公共施設(学童・児童館等)運営・車両運行(送迎バス・役員社用車等)など事業展開は幅広いが、シダックスの主力ビジネスは社員食堂・病院食堂の運営請負や食材仕入れ・供給受託事業だ。売上規模は1000億円を超え、そのうち約5割を給食事業が占めている。
一方のオイシックスは、有機食材の宅配事業を展開する。「サステナブルリテール(持続可能型小売業)」を経営ビジョンとし、フードロス削減など社会的課題解決を企業使命に据える同社は、宅配業界の中でも注目の存在だ。
業績も好調に推移しており、とくに同社のサブスクリプション・ビジネスモデルは模倣が難しく、顧客の離反率も低い。その成果は業績にも反映されており、直近5年間で売上は230億円から1134億円と5倍近くに増えた。
オイシックスがシダックスを買収しようとするねらいは、学童施設を運営したいわけでも、送迎バスの受託運営に興味があるわけではない。これまでBtoCを中心に伸びてきたオイシックスの食材宅配事業だが、BtoBに関しては保育園へのミールキット供給が定着してきたばかりでまだ緒に就いたばかりだ。
大手企業や公的機関を相手とするBtoBビジネスは安定した収益が期待でき、是が非でも食い込みたい分野だ。だが、“おいしいビジネス”だけに参入障壁は高く、ビジネスを展開していくにはすでにその領域に進出している企業との協業が欠かせず、むしろ買収してしまうのが手っ取り早いというわけだ。
創業家とシダックス取締役会が対立、参戦表明のコロワイドは撤退
ところが、オイシックスの買収は目論見通りには進まなかった。
8月29日にオイシックス側がTOBを公表したのに対し、シダックス取締役会は1週間後に反対表明をリリースし、対決姿勢を鮮明にした。反対を決めた取締役会には6名中3名が参加していない。その3名とは、創業家の志太勤氏に、志太勤一氏、そして大株主ユニゾン・キャピタルから出向している川﨑達生氏だ。いずれもTOBに絡んだ利害関係者ということで、メンバーから外れている。
シダックスの株主構成は、ファミリーオフィス「志太ホールディングス」を中心とした創業家が33%、ユニゾンが27%を握っている。ユニゾンは19年にシダックスが経営危機に陥った際、同社に出資したのだ。いずれにせよ両者の持ち分を合わせれば6割を超える。TOBをしかけなくても、創業家とユニゾンと相対で取引すればオイシックスは経営権を手に入れられるはずだった。「TOBは売却価格を吊り上げたいユニゾンサイドからの要請によるものでは……」業界からはそんな憶測も聞こえてくる。
もう1人、この買収劇には役者がいた。シダックスに対しては、以前より外食大手のコロワイドがフード事業の業務提携を持ちかけていたのだ。結果的に、コロワイドは今回の騒動で“悪者”になるのを躊躇したのか、「混乱を招く」として買収提案を撤回している。
頼みの綱のコロワイドが降りたことで、いったんは収束に向かうものと期待する向きもあったが、シダックス取締役会は依然としてオイシックスに対してファイティングポーズを続けている。
一方、シダックス社内も“反オイシックス”でまとまっているわけではない。オイシックス側は、シダックス事業子会社代表者から「(オイシックスとの)協業に賛同する」という旨の書簡が届いていることを9月6日に公表している。シダックス内部も意見は一本化されていないようだ。
ちなみにユニゾンとシダックスの出資契約には、「コール・オプション」が組まれている。「ユニゾンが株を売却するときは、創業家が売却先を指定できる」とするものだ。つまり、ユニゾンは創業家の意向に従い、最終的にはオイシックスに持ち株を売却しなければいけないわけで、いつまでも躊躇はできない。
10月5日、オイシックスは「シダックス社及び創業家と実施している協議について、10月7日を目途に合意が成立する見通しとなった」として、公開買付期限を10月5日から10月20日に延長するというリリースを公表している。以降は、「合意形成を行った上で、再度ユニゾンファンドに本公開買付けに応募頂けるよう依頼をしたい」(オイシックスのリリースより)という。1カ月以上におよんだ買収劇は決着するか。直近で発表されるであろう、シダックス取締役会の意見表明に注目したい。