第118回 キャッシュレス社会への適応がSCの分岐点

西山 貴仁 (株式会社SC&パートナーズ代表取締役)

日本におけるキャッシュレス化の進展は、諸外国と比べて依然として鈍い。確かに、日本では貨幣への信頼が厚く、匿名性も担保されていることから、現金が完全に姿を消すことは考えにくい。しかしながら、キャッシュレス決済はスピーディかつ履歴が残り、衛生的という利点を持つ。今では、海外渡航の際に両替不要で旅立つことも珍しくない。こうした潮流は、今後も緩やかに、しかし確実に進んでいく。では、ショッピングセンター(SC)は、こうしたキャッシュレス社会の到来にどう向き合っていくべきか。

FG Trade/iStock

SCキャッシュレス化の現在地

 SCに出店するテナントの売上金(現金)は、営業終了後にテナントスタッフがSC内の入金機に投入する。翌日、警送業者が現金を回収し、SCの口座に入金。その後、SCが預り金として賃料等を差し引き、残額をテナントの口座に振り込む。この仕組みは50年以上継続しており、たとえば半月の売上金が500万円、賃料等が100万円であれば、400万円が振り込まれる。

 このスキームは、関係者のニーズに応じた合理的な仕組みとして成立してきた。店舗スタッフは銀行への持参が不要であり、テナント本部も支払い業務から解放される。SC側も、賃料未収のリスクを回避でき、督促の手間も省ける。こうした「預かり・清算型」の運用は、高度な信頼関係があってこそ成り立つ、日本独自のシステムである。とはいえ、キャッシュレス化の進行が現実味を増すなかで、この仕組みを将来的にも維持できるのかは、あらためて問い直される局面に差し掛かっている。

キャッシュレス比率が高まる中で見直すべき運用コスト

 前述の現金管理システムには、入金機室の確保や機器設置、警送業務など、一定のコストがかかる。一方で、キャッシュレス化が進めば、現金売上の比率が徐々に下がり、この仕組みそのものの存続意義も薄れていく。

図表1 東京都内キャッシュレス比率
図表1 東京都内キャッシュレス比率

 中国や韓国では、キャッシュレス決済が90%を超える社会がすでに現実となっており、日本においても、いつかはその水準に近づくことは確実だ。実際、東京都内では2024年時点でキャッシュレス比率が60%に達している(図表1)。今後5年、10年でこの比率がさらに上昇すれば、現金管理にかかるコストと利便性のバランスは大きく変わるだろう。

 実際に、完全キャッシュレスを前提としたSCも登場し始めている。「よかど鹿児島」(鹿児島県鹿児島市)や「長崎スタジアムシティ」(長崎県長崎市)、「エキュート秋葉原」(東京都千代田区)などでは、現金を介さない決済モデルが導入されており、こうした取り組みが徐々に広がりを見せている。

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記事執筆者

西山 貴仁 / 株式会社SC&パートナーズ 代表取締役

東京急行電鉄(株)に入社後、土地区画整理事業や街づくり、商業施設の開発、運営、リニューアルを手掛ける。2012年(株)東急モールズデベロップメント常務執行役員。201511月独立。現在は、SC企業人材研修、企業インナーブランディング、経営計画策定、百貨店SC化プロジェクト、テナントの出店戦略策定など幅広く活動している。小田原市商業戦略推進アドバイザー、SC経営士、(一社)日本SC協会会員、青山学院大学経済学部卒

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