アディダスのカニエ・ウエスト騒動から学ぶ、セレブリティ起用のメリットとリスク
セレブリティを起用するマーケティングはブランドにとり、売上や利益の大幅な向上が見込めるため、常套的に使われている。だが、人気のスターは品行方正であるとは限らず、スキャンダルを起こすこともある。米アーティストのイェ氏(元カニエ・ウェスト)の問題発言で、独スポーツファッション大手のアディダス(adidas)が大損害を出したのをはじめ、炎上案件が増えている。セレブとの契約がもたらすメリットとリスクを、消費者の視点も交えながら探る。
リスクを負った成功と
リスク現実化による失敗
米スポーツファッション大手のナイキ(NIKE)と競合関係にあるアディダスは、若年層の潜在顧客への訴求力で巻き返しを図るためには、発信力がずば抜けており、費用対効果の高い著名人のイメージを自社製品に取り込む必要があった。
そこでアディダスが目を付けたのが、音楽やファッションデザインなど天才的なマルチタレントぶりを発揮するラッパーのカニエ・ウェスト氏である。2020年に10年間のパートナーシップ契約を結び、Yeezyブランドのスニーカーなど主力製品をプロデュースしてもらう狙いはズバリ当たった。初年度の2020年だけで227億ドル(約3兆797億円)の総売上の内、17億ドル(約2306億円)を叩き出すインスタントヒットになったからだ。
とくに人気のアイテムであるYeezyスニーカーは市場において、「最も価値の高いアイテムのひとつ」になった。
ところがウェスト氏は、奇行や問題発言で知られる「お騒がせセレブ」でもある。2018年には当時の妻であったキム・カーダシアン氏のプライベート写真を公開したり、Yeezyコレクションがナチスに触発されたと発言しており、そうした問題行動は契約以前から知られていた事実なのだ。アディダスはそれを承知で、敢えてリスクを取って成功したわけだ。
しかし、2022年10月の反ユダヤ主義発言を機に、ウェスト氏は大炎上。同氏を起用したバレンシアガ(BALENCIAGA)やギャップ(GAP)など有名ブランド、さらに米ヴォーグ誌などが契約を解除し、アディダスもまた契約解除に追い込まれた。差別を助長する企業と名指しされることを避けるため、成長を続ける売上が年間20億ドル(約2713億円)以上と推定される好調部門を切り捨てたのだ。
米新興市場OTCQXにおけるアディダスの株価は、2022年5月の100ドル近辺から10月には50ドルあたりまで落ち込んだ。直近では90ドル近辺まで回復しているが、販売を中止した数百万足のYeezyスニーカーなど在庫を時価13億ドル(約1764億円)分も抱え込むことになった。焼却で廃棄処分にすれば7億7000万ドル(約1045億円)分の損失だ。
結局、アディダスは苦渋の決断として在庫を販売し、その利益の一部をウェスト氏の反ユダヤ主義発言で傷ついた人々を支援する団体に寄付すると、5月の株主総会で決定した。
だが、皮肉なことに販売停止となったYeezyスニーカーやフーディ(パーカー)はかえって希少価値が生まれて中古品が高額取引される状況となっており、新品在庫処分の大人気が予想される。また契約上、売上の15%はブランド使用料として差別発言をした当人のウェスト氏に還元される。
さらに、ウェスト氏は彼自身の新ブランドYzy(読み方は「イージー」で、アディダスのYeezyと同じ)の登録商標出願を行っており、アディダスのYeezyラインの成功にこれからも乗じる形となっている。少なくとも短期的により大きな損害を受けるのはアディダス側なのである。