焦点:遠のくチャイナドリーム、内陸都市に景気減速の冷や水
[鄭州(中国) 28日 ロイター] – この10年、鄭州市は「チャイナ・ドリーム」を体現する街だった。北京の中央政府からの巨額の補助金を含め、投資の流入に支えられて、中国内陸部・河南省の省都である鄭州市は好況に沸いた。
黄河と揚子江に挟まれた鄭州市。かつて貧しかった人口1000万人のこの都市は、今や中心部に壮麗な高層ビルが並び、ハイウェイの高架が連なる。刷新された鉄道網によって交通の要衝となり、「一帯一路」構想の一翼として、中国製品を欧州へ陸路で送り出している。
アップル製品を受託生産する鴻海(ホンハイ)精密工業のフォックスコンが、世界最大のiPhone(アイフォーン)工場を建設したのも、この鄭州市である。
1億人が暮らす河南省にあって、鄭州市は中国内陸部における成果とチャンスの象徴だ。養豚場や小麦畑を離れて、より良い生活を求める人々を引きつけている。
鄭州市民の平均所得は過去10年間で倍増し、昨年は3万3105元(約52万円)に達した。住民の多くが、家電製品、高級品、自己所有のマンションといった中流階級らしい生活を楽しめるようになった。
米ゼネラル・モーターズ(GM)、ホンダ、日産自動車といった自動車メーカー、クリスチャン・ディオールやカルティエといった高級ブランドも変化を注視しており、鄭州市で起きているような所得向上が、新たな成長市場を開いてくれるものと期待している。
だが2018年末に始まった景気の減速によって、鄭州市でも不安が高まっているように見える。不動産から消費財、ITセクターに至る広い範囲で勢いが衰える中で、収入増を生活費の増加が上回り、社会的地位を向上させるチャンスが低下したと感じている市民もいる。かつては豊富にあったチャンスが、今はなかなか見つからない。
ロイターは2018年末から19年初めに同市を訪れ、企業経営者から一般の消費者、住宅購入を考えている人まで数十人に取材した。そこで多く聞いたのは、今の生活水準を維持できるのか、習近平国家主席が約束した繁栄の夢を実現できるのかといった不安や疑問だった。
その中から3人のエピソードを紹介する。彼らの話は、河南省のような内陸部で将来に向けた経済の基礎を築くことがいかに困難かを物語る。また、高い利潤を求めて新なた市場を開拓し続けるグローバルな小売企業に、現実を突きつける。
<起業の夢破れ、正社員を目指す>
物心がついてから、Gong Taoさんは父親のような起業家になることだけを目指してきた。一家を養うため、書道の筆を売る行商人として河南省内を東奔西走して何とか生計を立てていた父親は、Gongさんに勤勉であることの価値をしっかりと教え込んだ。
大学を出たばかりのGongさんは14年、鄭州市で起業した。デジタル技術を使い。金属板に写真を彫り込む事業である。特別なイベントの記念品などに使われた。
2年後、24歳になったGongさんは、活況を呈していたインターネットビジネスに軸足を移し、広く普及した中国独自のソーシャルメディアサイト「微信(WeChat)」向けのプログラム設計を支援するスタートアップ企業を設立した。
業績は好調で、IT業界の浮ついた空気と政府のベンチャー支援に乗せられたGongさんは、積極的に事業を拡大し、オフィスの改装や新たな機器の導入にも資金を投じた。スタッフの数は最盛期で70人に達した。だが、昨年末に中国経済の減速が始まるのと同じタイミングで、より低価格を武器にするライバルが多数現れ、業績は降下した。
現在26歳になった物腰柔らかなGongさんは、鄭州市中心部のファーストフード店で、「市場が急激に下降するとは予想していなかった」と語った。「2017年を通じてビジネスは好調で、すべてがかなりうまく行っていた。それが18年になって突然、パッタリと駄目になった」
今は服飾費を大幅に切り詰め、外食を控えるようになったという。
昨年10月、Gongさんは「事業を畳んで下降局面をやり過ごすべきだ」という目上の人の忠告を受け入れた。彼が見つけたのは、中国最大手に数えられる電子商取引企業の系列企業の営業職だったが、単調さと給料の安さにすぐウンザリしてしまい、2月の春節の休暇の後、そのまま職場に復帰しないことを決意した。
Gongさんは、3年前の価格急騰以前にマンションを購入しておかなかったことを嘆く。もっとも、住宅価格はこのところ下落傾向にあるし、自身が作った会社と同様、当時のガールフレンドとの関係も壊れてしまってはいるのだが。
自分で企業を経営するという生涯の夢を諦めたわけではない。だが、現実的になる必要があり、今は会社勤めの正社員ポストを探さざるをえない事実を受け入れようとしている、と話す。「現実はとても残酷だ」
<一流大卒でも「親のすね」>
北京の一流大学で電気通信分野の学位を取得し、鄭州市の不動産を手に入れ、まもなく結婚も控えている──。26歳でこうした条件すべてを満たしているWu Shuangさんは、多くの中国人の目には勝ち組と映るのが普通だ。
だがWuさんはインタビューのなかで、彼自身や、鄭州市の似たような立場の人に絶えずのしかかってくる不安について語った。
2017年にマンション購入に200万元を費やしたことで、一家の貯蓄はほとんど尽きてしまい、毎月8000元以上の住宅ローン返済も残っている。
Wuさんは昨年、勤務していた国営企業を辞めた。退屈な仕事で待遇も悪かったという。だがその後、鄭州市内でバーを開店するという計画も延期せざるをえなくなった。景気の落ち込み同市にも及び、パートナーたちが手を引いてしまったからだ。
丸顔に黒縁のメガネをかけたWuさんは、「住宅価格が高いとか、仕事を見つけるのが難しいというだけの問題ではない」と言う。「今のところ、経済が減速しているせいで、チャンスが大幅に減っているように感じられる」
Wuさんによると、若者の多くは誇りの持てる仕事を見つけ、一定の年齢までに結婚し、住宅を購入するという「チャイナ・ドリーム」を手の届かないものだと感じている。
特に不動産価格が高騰しているせいで、とっくに成人しているのに経済面で親に依存せざるを得なくなっている、とWuさんは言う。中国語で「ケンラオ」、つまり「親のすねをかじる」風潮だ。両親はマンションの頭金や月々のローンを援助してくれたが、彼らも裕福ではないだけに、心穏やかではないという。
鄭州市の新しい商業地区「鄭東新区」にあるにぎやかなカフェでアイスコーヒーを飲みながら、Wuさんは「無力感を抱いている人は多い。恵まれた生活を享受している人でも、たいていは自分の力ではなく、家族に頼っているからだ」と語る。
「給料はたいして違わないとしても、家庭の状況次第で、人生における選択肢が大幅に狭まってしまうかもしれない」
<取り残された水上生活者>
中国における社会階層の下のほうでは、多くの人が取り残され、懸命に働くだけでは生活が良くならないと感じている。
Sunさん一家は何世代にもわたって揚子江と黄河で船を操り、日々の漁獲で生計を立ててきた。祖父や父がそうであったように、Sun Genxiさん(44歳)とSun Lianxiさん(32歳)の兄弟も、漁船のなかで生まれた。
中国経済の成長は、兄弟に焦燥感を抱かせている。
鄭州市中心部から車で約1時間、見晴らしのいい黄河に浮かぶ船上から、2人は省都の劇的な発展を呆然と眺めてきた。
「あんな高層ビルはわれわれには何の関係もない。誰かのためのもので、私とは関係がない」とLianxiさんは言う。「我々は少しも関わっていない」
Sunさん兄弟は、人生の大半を決まった場所に定住せず、最良の漁場を見つけては船を停泊してきた。しかし10年ほど前、彼らは鄭州市北端の黄河沿いに錨を下ろした。Genxiさんの長女を学校に通わせるためである。子どもたちには学校を卒業し、代々続けて来た漁業を離れる最初の世代になってほしいと考えている。
読み書きのできないGenxiさんは、まもなく高校を卒業する娘に、「一生懸命勉強しなければ、私の現在がお前の未来だ」と話している。
Sunさん兄弟が所有していた漁船は大きく、風雨に耐えてきた屋根の下に、4世代にわたる17人の家族を楽々と収容してきた。水上レストランとして、黄河クルージングを楽しむ日帰り客に獲れたての魚を蒸して提供もしていた。
しかし地元当局は2017年、広範囲に及ぶ環境規制の一環として、水質汚染と乱獲を最小限に抑えるという名目で船を没収した。
一家は現在、黄河河岸の浮き橋上に設けられた防水布とビニールシートで作られたテントで生活し、小型船による漁業だけで暮らしている。
「夢は、住む場所を得ることだ。家族が皆その家で暮らし、私は家族のために働きに出かけ、漁業は止める」とLianxiさんは言う。
「そういう生活ができるだけでも贅沢というものだ」
(Philip Wen記者, Stella Qiu記者、Yawen Chen記者、翻訳:エァクレーレン)