山梨県と長野県にまたがり、日本百名山の1つにも数えられる名峰・八ヶ岳。その麓にある八ヶ岳高原の一角に、とてつもない集客力を誇る小さなスーパーがある。その名は「ひまわり市場」。1店舗しかないにも関わらず、そのユニークな運営手法と品揃えが注目を浴び、全国区のTV番組でも頻繁に取り上げられるほどの人気を誇るローカルスーパーだ。
駐車場には他県ナンバーがずらり
JR中央本線「小淵沢」駅からクルマでおよそ15分。名峰・八ヶ岳を望むのどかな高原地帯に、ひまわり市場はある。駐車場には他県ナンバーのクルマが目立ち、地元住民だけでなく広域から多くのお客を集めていることがうかがい知れる。昨年は全国放送のある情報番組の企画「ご当地スーパーマーケット頂上決定戦」で優勝を果たしたこともあり、ここをめざして日本全国からお客が押し寄せている。
売場を眺めてみると、場所柄、地場産品に特化しているかと思いきや、そういうわけでもない。たとえば青果売場では全国から仕入れた旬の野菜や果物が並ぶが、そのほとんどが市場を介さずに直接仕入れたものだ。野菜ソムリエの資格を持つバイヤーが目利きした逸品が所狭しに並ぶ。
さらに注目したいのは鮮魚売場だ。”海無し県”である山梨県にありながら、全国各地の産地から取り寄せた新鮮な魚介類が並び、さらにそれをネタにした寿司も豊富に取り揃える。ひまわり市場の那波秀和社長によると、「『デパートの食品売場でもここまでおいしい魚は手に入らない』と言って東京から魚を買いにいらっしゃる方もいる」ほどだという。
また酒類売場では、山梨県を代表する「甲州ワイン」のラインアップが豊富だ。酒類担当バイヤーが一軒一軒、醸造家を訪ね歩き、量販店には卸していないような隠れたワインも販売する。こうしたひまわり市場ならではの品揃えを求め、全国からお客が押し寄せているのだ。
名物と化した社長のマイクパフォーマンス
ひまわり市場でユニークなのは品揃えだけではない。
「中トロだけじゃないんだ! 心も一緒に巻くんだ! 当店の寿司コーナー、機械が握るシャリ玉は使わず、すべて手づくりでございます! 」
「若かりし頃は“三鷹の尾崎豊”といわれ、社会そして上司、世間なんにでも噛み付いた男が今や心を入れ替え、ひまわり市場の誇る職人としてこの八ヶ岳で腕を振るっております」
「誰よりも闘志で寿司を握る、そんな握り姿にしびれる野郎が続出。付いた名前はひまわり市場の矢沢永吉。そんな男の握り寿司が登場中です」
店内のスピーカーを通して響き渡るのは、那波社長自らが売場を歩き回りながら繰り出す渾身の”マイクパフォーマンス”だ。社長の口から淀みなく出てくる言葉の数々は、昨年末に待望の新作が公開されて話題となった映画「男はつらいよ」の寅さんの口上を彷彿とさせる。那波社長いわく台本はなく、思いついたことを喋り続けているだけだという。
那波社長がこのマイクパフォーマンスをはじめたのは、店内放送ならどこの売場にいても聞くことができ、より多くのお客に商品の価値を伝えられると考えたからだ。商品そのものだけでなく従業員の紹介までするのは、お客にキャラクターを伝えて親近感を持ってもらうため。「従業員の人となりまで伝えることで、安心して商品を買っていただきたい」と那波社長は言う。このマイクパフォーマンスを楽しみに来店するお客も多く、那波社長が休みのために実施されなかった際には、「せっかく県外から来たのに…」と肩を落とすお客もいるという。
強烈な印象を与えるPOPの文言
売場の各所にあるPOPも強烈だ。たとえば果物売場の「はっさく」には、「甘い柑橘が人気…なんてどこ吹く風 この堂々たる酸味と苦味はどこにも負けない!!」との文字が踊り、ひな祭りの催事売場では「娘の成長を願う親の気持ちより尊いものはない。」と思いを込める。
こうしたユニークなPOPのほとんどは那波社長が考案したものだ。「ウソを書かないこと」「ネガティブな表現は絶対に使わないこと」という2つのルールを設け、商品の価値を端的かつ情熱的に、それでいて思わずクスリと笑ってしまうような表現を盛り込むことで、お客の注目を集めているのだ。
そもそも、このPOPがひまわり市場の名を全国に轟かせるきっかけとなった。数年前にツイッター上でとあるユーザーが「おもしろいPOPをつくっている店がある」と写真付きで投稿したことで”バズり”、程なくしてメディアが取材に殺到。それをきっかけにお客が押し寄せ、さらには同業他社や食品メーカーによる視察も相次ぐようになった。
那波社長は、「『POPがおもしろいから売上が上がる』と紹介されたこともあったが、そんなことはない。大事なのはおもしろさを追求することではなく、そのPOPの文言に恥じない商品を仕入れること」と話す。商品の品質や価値に絶対の自信があるからこそ、遊び心あふれるPOPをつくれるというわけだ。
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那波社長は「ひまわり市場で買物をしたということ自体が、その人の人生において記憶に残るような商売をしていきたい」と力を込める。業態を超えたボーダレスな競争が日本各地で激化するなか、淘汰を余儀なくされるローカルスーパーは少なくない。そんななか、ひまわり市場のような「わざわざ行く理由」を生み出す店づくりの手法は、あらゆる小売チェーンに大きなヒントを与えてくれるはずだ。