メニュー

「やる気にあふれた人は採用しない」1日100食限定「佰食屋」の異色人材採用術

「1日100食」しか売らない売上至上主義と決別し国産ステーキ丼専門店「佰食屋」。どんなに売れても100食という制約が労働時間短縮で残業ゼロ、フードロスでの経費削減、給料は百貨店並み―と既存の飲食店のビジネスモデルや常識を一変させた。その「佰食屋」は採用方針もユニークだ。やる気に満ち溢れた人材はあえて採用しないという。その狙いはどこにあるのか。創業者、中村朱美氏の著書「売上を、減らそう。」からその一部をお届けする。

kazuma seki / istock

「どんな人も即戦力になる」 やる気に溢れている人なんていらない

 経営者の方と話をしていると、よくこんな声を聞きます。「優秀な人材は大企業志向で、なかなかウチの会社に来てくれない」「最近の若者は採用してもすぐに辞めてしまう。堪え性がない」。

 たしかに、いまは労働者人口も不足し、特に中小企業にとっては、人を採用するのもひと苦労な時代です。せっかく採用した人がすぐに辞めてしまえば、そう愚痴を言いたくなるのもわかります。しかも、わたしたちが属しているのは、より深刻な人手不足に直面する飲食業界です。講演でも「どうやって従業員を採用しているのですか?」「教育はどうされていますか?」と頻繁に聞かれます。

 佰食屋は、基本的にハローワークでしか求人を出しません。多くの企業が採用広告にかなりのお金をかけているようですが、わたしたちの会社は「掲載料 0 円」です。そうお答えすると、「ハローワークだと、なかなか採用基準を満たすような人が見つからない」「もっと仕事ができる人を採用したい」などと返されることもあります。

 そもそも「仕事ができる人」って、どんな人でしょうか。「営業をバリバリ頑張ります!」と意欲的な人。「もっとこういうふうにしたら売上が伸びるのではないでしょうか?」と自ら企画やアイデアを提案できる人。きっとそんな人は、いろんな企業から引っ張りだこでしょう。けれども、佰食屋ではそういった方は採用しません。

 実際、「報道で佰食屋を知った」という地元の大学生が「新卒社員として採用してもらえませんか」と電話をかけてきてくれたのですが、夫は「テレビを見てすぐに電話をかけられるくらいの行動力があるなら、絶対ほかの会社がええで」と断っていました。

採用基準は いまいる従業員と合う人

 佰食屋の採用基準は、「いまいる従業員たちと合う人」。

それだけです。

 面接では、一人につき 1 時間くらいかけて、どんなふうに働きたいのか、どんな暮らしをしたいのか、じっくりと話を聞きます。そしてその人が「なるべくたくさん働いて、たくさん稼ぎたい」と考えているのなら、「きっとうちの会社では物足りないと思う」と率直に話します。「100食限定」と決めているのに、「もっと売りませんか?」というそのアイデアで、いまいる従業員たちを困らせたくないのです。

 そうやって説明すると、その方も「じゃあ、ほかを受けてみます」と納得してくれます。そんなふうに、一人ひとりときちんと向き合って、面接を行なっています。

 佰食屋で採用するのは、どちらかというと、人前で話したり面接で自己PRしたりするのが苦手で……つまり、ほかの企業では採用されにくいような人です。

 わたしたちが「従業員第 1 号」として採用したSくんも、そういう人でした。 10 人ほど面接に来られたのですが、Sくんはなんと、履歴書を忘れてきたのです。「あなたは……どなたですか?」からはじまる面接なんて、後にも先にもあれっきりです。

 彼は、調理師の免許こそ持っていましたが、コミュニケーションが苦手で、おとなしくて、人の目を見て話すことができない人でした。面接したなかには飲食経験者も多く、「大手ファミレスチェーン店でエリアマネージャーをやっていた」という人もいました。けれどもわたしは、Sくんを採用したのです。

 その 1 か月後に採用したYさん……そう、のちに佰食屋の店長を務めてくれた社員です。彼女もまた、面接では緊張しすぎて、ちっとも目を合わせてくれず、なにか尋ねても、ボソボソッと答えるような人でした。「いつか自分でカフェを開きたい」という夢を持っていたにもかかわらず、カフェのアルバイトに応募しても、面接で落とされるばかりだったのです。

 ではなぜ、佰食屋はそんな二人を採用したのか。佰食屋には、「アイデア」も「経験」も「コミュニケーション力」も必要ないからです。

 まず、佰食屋のメニューは年中同じです。ですから、「季節限定のメニューを出せばもっと売れるんじゃないですか?」と新しいアイデアを考える人にとっては、少し退屈な会社かもしれません。

 そして、メニューはたった 3 種類です。ですから、厨房でも接客でも、マニュアルがなくてもわかるくらい、すぐに仕事を覚えることができます。ですから、経験は必要ありません。

 佰食屋では、入社すると 1 週間ほど店舗に入って、先輩従業員がやっているのと同じ仕事をしてもらいます。今日は厨房、その次は接客、と担当範囲を変えていって、仕事を真似してもらうのです。それを 1 100食分、つまり「 1 100回同じことを繰り返す」ので、やっているうちに体で自然と覚えていくことができます。

 また、メニューは 3 店舗ともABCにしてあるので、誰でもわかるようになっています。日本語・英語・中国語・韓国語の 4 か国語で書かれてあるので、いきなり外国人のお客様をご案内しても、指差しだけで伝わります。 

購入はこちらから(Amazonへ遷移します)

最後に、佰食屋は 1 100食以上なにがあっても売りません。ですから、店頭に出て呼び込みをする、といったちょっと勇気がいることもする必要はありません。

 結果として、佰食屋が採用した従業員はみんな、話すのがちょっと苦手で、ちょっと不器用で、そんな愛すべき人ばかりです。みんな、言われたことをきちんと真面目にしてくれるし、毎日同じ仕事を黙々とこなすことが得意ですし、どんなお客様にも丁寧に接してくれます。やさしくて、本当にいい方ばかりです。それが、佰食屋にとっての「仕事ができる人」なのです。

 ビジネス書ではよく、従業員の主体性を引き出す方法や、アイデアを生み出す方法について語られています。けれども、みんながみんな、そういう人になる必要がありますか?

 コツコツと丁寧に、毎日決められたことを、きちんとやる。むしろそっちのほうが得意だ、という人も多いのではないでしょうか。「コミュニケーション力がある」ことは、あくまで一人ひとりが持っている「得意なこと」の 1 つに過ぎない。そして、得意なことは人それぞれ違うのです。