預金、貸出、為替といった業務が、銀行の独占ではなくなりつつある
――日本有数の大手都市銀行が米国大手通販会社と資本提携の交渉を開始!?
こんな見出しが新聞紙上に踊ったのは、この6月に最終回を迎えたTBSテレビドラマ『集団左遷』の一コマでした。劇中では、主人公の福山雅治さん演じる片岡洋が勤務する三友銀行が生き残りをかけ、米国大手ECサイトを運営するダイバーサーチと経営統合の道を模索したことが描かれました。
米国大手通販会社というのは紛れもなく、あのアマゾン(Amazon.com)を示唆しています。ドラマでは同業との提携も他業界との提携の話もあまり見られないまま、ダイバーサーチとの経営統合ありきで進んだようで、見る人によっては、荒唐無稽な戦略だという印象も受けられたかもしれません。
ところが、よくよく考えてみると、あながちありえないことではないことが、今までのアマゾンの動きを見ているとわかります。
アマゾンは決済サービスの「アマゾンペイ」、法人向けの融資サービス「アマゾンレンディング」を提供していますし、6月には米・シンクロニー銀行と提携し、担保付きクレジットカード「アマゾン・クレジット・ビルダー」を新たに導入しました。これは通常のクレジットカードと違い、信用履歴を積む人向けのカードのことです。
アマゾンは金融サービスの展開を進めることで、法人含む利用者を次々と囲い込む戦略を打ち出しているのです。
その、アマゾンが金融事業に本格的に参入する必然性とそのシナリオを克明に予測しきったのが、立教大学ビジネススクールの田中道昭教授が執筆した書籍『アマゾン銀行が誕生する日』(日経BP社刊)です。
本書では、念頭に置くべき論点として、「金融とはDuplicate(疑似的に創造)できる」ものとし、「今まで銀行が独占していた預金、貸出、為替といった業務が、銀行の独占ではなくなりつつあります」と説明します。
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アマゾン経済圏の拡大を、金融事業が加速させる!
アマゾン経済圏の拡大を、金融事業が加速させる!
実際、今年6月に入ってから、Facebookによる仮想通貨「Libra(リブラ)」が発表されました。Facebookは2020年までに仮想通貨「Libra」を発行すると発表すると同時にデジタルウォレット「calibra(カリブラ)」も公開。ユーザーはこのウォレットアプリを通じて暗号資産「Libra」の購入および入出金ができるようになります。Facebookは、このLibraによってスピーディかつ便利な支払いや送金サービスを実現しようとしているのです。
Facebookには膨大な個人のデータがあります。現時点では購買データは含まれませんが、個人の誕生日や出身大学、あるいは職業、職場までわかります。これに購買データまで紐づけば、クレジットヒストリー(信用履歴)の構築もできるようになるでしょう。つまり、各種金融規制さえ除外すれば(これがいちばん難しいわけですが…)、各種貸付をFacebookが行ったり、仲介することが可能になると思われるのです。理屈上、銀行の三大業務である「金融仲介」「信用創造」「決済機能」のすべてを満たせるようになるわけです。
これと同じように、あらゆる産業界のディスラプターであるアマゾンは、ワンクリック決済やアマゾン・ゴーで実践済みの「『取引している』ことを感じさせない」サービス提供などによるカスタマーエクスペリエンスを金融面でも提供することで、お客がもっともっと集まるプラットフォームになっていくことをめざすでしょう。
本書では、「『セレクション(品揃え)を増やす』、すなわち多くの商品を取扱い、お客様にとっての選択肢が増えると「お客様の満足度が上がる」。満足度が上がると「トラフィックが増える」、つまりアマゾンに人が集まる。すると『そこでものを売りたい』という販売者が集まる。ますます『選択肢が増え』『お客様の満足度が上がる』。これがアマゾンの経済圏が成長していく循環構造になっています」「アマゾンの金融事業とは、この循環構造を強化するかたちでアマゾン経済圏の拡大を促すものです」と喝破しています。
つまり、アマゾンは金融事業をあくまでも取り扱いアイテムやサービスの一つとして位置づけていることがわかります。それ単体で利益を生む必要がないとしたら、既存の金融業者にとってこれほど恐ろしいものはないのかもしれません。アマゾンに飲み込まれる世界はまた一歩、近付いていると言えるでしょう。