川上哲治さんの『遺言』

2013/10/31 00:00
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 タレント本流行りのご時世で、猫も杓子もちょっと有名になると自伝や自説を単行本として刊行する。それが、ある程度の販売部数実績を残すものだから、二匹目のドジョウ狙いでまた違うタレントを見つけてきては、出版する――。

 出版業界に身を置きながらも、思わず首をひねってしまう不思議な連鎖が続いている。

 

 タレント本に感化されたかどうかは、分からないが、同じように多くの単行本が出回っているのは、スポーツ選手である。

 書店に行けば、「あら、この選手まで…」という感じのメジャー領域にまでは達していないと思しき選手の単行本まであり、スポーツ選手本も花満開の状況が続いている。

 

 そんな有名人本に先駆けて、ひと際、素晴らしい輝きを放っていたスポーツ選手の本があった。

「赤バットの川上」「巨人軍V9の指揮官」で知られる川上哲治さんの『遺言』(2001年5月、文藝春秋刊)だ。

 たぶんこうした秀書が元になって、いまの有名人本ブームに繋がっているのだろうと思える。

 

『遺言』はウィリアム・シェークスピアの作品同様、全文が意味と価値のある金言だ。

 だから、私の所有する『遺言』は、気に入ったフレーズにつけたマーカーだらけである。

 

 昨日の川上さんの死去報道にともない、『遺言』を読み直し、マーカーの中でもさらに、選りすぐった言葉を以下に列挙してみたい。

 

 ・一般企業と同様、団体競技の世界、プロ野球のような競争組織はトップの人格、力量次第である。プロ野球ならチームの盛衰は監督の力で99%が決まる。競争している組織は常に「成長期」でなければならない

 

 ・選手が正確なプレーをできるようにするのがコーチの役目なのである

 

 ・人や集団を教え育ててなにかをつくっていくには、それなりの「管理」が必要だということだ

 

 ・技術プラス精神力が実力だ

 

 ・教えないと人は育たないが、教えすぎても人は育たない。よいコーチがいれば技術は習得しやすいが、教えられる範囲とレベルは大体が平均値のもので、本物の技術、本当の力は、その人ならではの力量は自分自身でつかむものだからだ

 

 ・3割バッターも15勝ピッチャーもつくるものではない。生まれるものだ

 

 ・真剣にやれば幸運を招くのですよ。(中略)「あれほどの努力を人は運といい」という川柳があるが、「運」という字は運ぶと書く

 

 ・データは学んで捨てよ。それでもいったん覚えたものは頭の隅には残っているもので、これがとっさにひょいと役立ったりする

 

 ・遅刻行為は厳罰だ。「集合時間に10分遅れて、チームの30人に迷惑をかけたとする。その1人1人に10分ずつロスさせて、30人分で計300分、時間にして5時間だ。その5時間を無駄にさせたことをどう考えるのか」

 

 ・集団には必ず不満組、怠慢組、キズをなめ合う弱虫連合があって、この連合には目を光らせて、時には大ナタを振って分断しなければならないだろう

 

 ・監督としてはむろん、ハイハイと選手のいうことをそのまま受け入れてはならない。人は立場で生きており、その立場が違うのだ

 

 ・捨てるのはやさしく、育てるのは難しいのが「人事」というものだ

 

 ・優れた業績はあげないが、これといった欠点もないというタイプの人が大勢いるものだ。しかし、こういう人は比較的順調にいくが、責任のある地位や役職には就けない

 

 ・一般の会社でも優等生社員ばかりを採用しておきながら、個性的な型破りなタイプの社員を欲しがる。問題を起こしそうにない素直な青年を好みながら、壁を打ち破る思い切った仕事を要求するのではどこか無理というものだ

 

 ・プロの練習は「反省」「研究」「訓練」で三位一体だが、どれほど真剣に徹底してそれに取り組んでいけるかがカギだ。

 などなど――。あとは、購入いただき、お読みください。

 

 著作は川上さんが81歳の時のもの。これが最後の著作であろうという意味もあって、タイトルを「遺言」にした。

 一度もお会いしたことはなかったが、駆け出しの管理職として悩んでいた時期に読んだこともあり、管理者としてのあり方を学ばせていただいた。

 

 それから12年。川上さんは10月28日に老衰のために逝去した。

 御冥福をお祈りするとともに、感謝の意を表したい。合掌。
 

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