焦点:1カ月遅れの米為替報告書、厳しい日米通商交渉の序章か
[東京 29日 ロイター] – 米財務省は28日、半期に1度の為替報告書を公表した。内容自体にサプライズはなかったものの、通常よりも約1カ月遅れとなった公表タイミングには政治的な「匂い」がするとの見方も多い。批判の多くは中国に向けられているが、日本に対しても厳しい指摘が続いており、多難な日米通商交渉の序章となる可能性もある。
<暗礁に乗り上げた米中交渉>
報告書では中国に関する記述に多くが割かれている。
中国には巨大かつ持続的な対米貿易黒字があり、非関税貿易障壁、市場経済ルールに基づかない慣行、補助金その他によって、貿易と投資の両面で2国間の関係を歪めていると批判。
さらに自国通貨安を対外貿易上、優位な立場を得るために使わないという20カ国・地域(G20)のコミットメントを中国が順守する事を求めた。
また、中国当局は金融セクターのリスクを抑制しつつ経済成長を目指すべきであり、投資と輸出依存の経済を改め、内需を喚起すべきなどと、国内政策にも注文をつけている。
上半期の米為替報告書は通常、4月半ばに公表されることが多かったが、今回は5月後半。1カ月以上遅れた背景には、米中通商協議の行き詰まりがあるとの見方がもっぱらだ。「報告書は米中通商協議の結果待ちだったと思うが、両国の協議が暗礁に乗り上げたので、このタイミングまでずれ込んだのではないか」(国内銀行)とみられている。
トランプ大統領は27日、中国とディールする用意はないとし、中国との通商協議がデッドロックに陥っていることを示唆。世界的に金利低下と株安が進むリスクオフの一因となった。
<米国の新ルール>
米財務省は、今回から監視対象国の基準を厳しくしている。従来は、財貿易額の上位12カ国を抽出していたが、財の対米貿易が年間400億ドルの国に切り替えた。この結果、この条件による対象国は、これまでの12カ国から21カ国に広がった。
また、為替操作国および監視対象国を判断する基準は3つあるが、そのうち2つが厳しくなっている。
1)財の対米貿易黒字の200億ドル以上は据え置かれたものの、2)経常収支の黒字額が対国内総生産(GDP)比で3%超から2%超に変更、3)過去12カ月のネット外貨購入は対GDP比2%超で据え置かれたが、継続的な介入と判断する期間はこれまでの8―12カ月から6―12カ月に短縮──となった。
このうち2つに抵触すると監視対象国、3つに抵触した場合は為替操作国に認定されるが、このうち中国に当てはまるのは、1)の米貿易黒字のみ。このままでは「圧力」はかけにくい。
<日本は為替相殺関税と為替条項を警戒>
報告書は日本に関しても、厳しい指摘を継続して載せている。前回と比べて大きな変化はないものの、2018年に680億ドルに達した財の対米貿易黒字を引き続き懸念するとした。
円相場について「実質実効ベースでは過去5年間にわたって歴史的な安値圏を安定的に推移している」との認識を改めて示した。また「介入は非常に例外的な状況において、適切な事前協議を伴った形でのみ留保される」と、再度くぎを刺した。
今回の報告書では、日本に関する記述に大きな変化はないものの、最近の米商務省の動きやトランプ大統領の発言を考え合わせると、新たなリスクが浮かび上がってくる。
米商務省が23日に発表した、自国通貨を割安にする国からの輸入品に相殺関税をかけるルール改正案は、日本や中国など6カ国が対象となる可能性がある。
自国通貨を割安にすることを輸出国側の補助金と見なして関税で対抗するが、割安か否かの判断は米財務省に委ねられる。具体的には、米財務省が円は20%過小評価されていると判断すれば、20%の為替相殺関税が賦課される可能性が高まる。
また、市場は、日米通商交渉に為替条項が導入されるかどうかを警戒している。
現在行われている日米通商協議では、トランプ政権が為替条項の導入を強く求めていることが推測できると、SMBC日興証券チーフマーケットストラテジスとの丸山義正氏は述べている。
ムニューシン米財務長官は競争的通貨切り下げにつながる為替介入などの政策を自制する取り決め(為替条項)を日米通商交渉に盛り込みたい考えを示している。日本側はこれに反対する姿勢を示しており、為替については財務相間で議論するとしている。
トランプ大統領が「通商における歴史的転換点」と評した昨年の米韓自由貿易協定(FTA)では、両国が競争的な通貨切り下げを禁じ、金融政策の透明性と説明責任を約束する「為替条項」の導入で合意したと米国側は主張している。
三井住友銀行・チーフストラテジストの宇野大介氏は「中国との通商協議が平行線であることを踏まえると、米国がよりくみしやすい日本に対しては8月以降、為替相殺関税や為替条項を含めて、日米通商交渉に米国側の要求がいくらでも盛り込まれる可能性を報告書は示唆している」と指摘。夏場にかけて円高リスクの高まりを警戒すべきと語っている。
(森佳子 編集:伊賀大記)