小売業界におけるAI活用が急速に進展するなか、ホームセンター(HC)でもAIに対する期待が高まっている。需要予測、在庫管理の高度化、パーソナライズされた顧客体験の提供など、AIを適用できる範囲は多岐にわたる。HCがこの波に乗るには何をすればよいのか。オーダーメイドでAIを開発・提供する、Laboro.AI(東京都/椎橋徹夫社長)の白鳥樹氏に聞いた。
生成AIで進化チャットボット
1980年代のPOSシステム導入を皮切りに、小売業界はデータ駆動型のビジネスモデルへと進化してきた。そして今、AIの進化によって新たな局面を迎えている。
白鳥氏は「AIを活用することで、需要予測や発注業務の効率化など、店舗運営を高度化する取り組みが加速している」と語る。先進的な企業では、AIが購買履歴、地域特性や経済状況、さらには顧客の行動データまで分析し、高精度な需要予測を実現。売上向上と機会損失の削減につなげているという。
パーソナライゼーションの進化も著しい。一部のECサイトやアプリでは、AIが顧客の購買履歴やウェブ上での行動を分析し、個々の興味や需要を予測。DIY好きには必要な工具を、園芸好きには季節の植物をレコメンドするなど、顧客の嗜好(しこう)に合わせた提案により、顧客満足度向上と購買促進の両立に取り組んでいる。
とくに最近増えているのが、ECサイト上でのAIチャットボットの導入だ。従来のチャットボットが定型文の応答など基本的なサポートにとどまっていたのに対し、生成AI技術を搭載したチャットボットは、より複雑な質問にも柔軟に応えられるようになった。
白鳥氏は、「AIチャットボットは一過性のブームではない」と語る。
「チャットボットは今後、標準的な機能としてあらゆるECサイトやアプリに搭載されていくとみている。従来のECサイトでは、顧客自身が商品を検索していたが、これからは対話形式で欲しいものを伝えるだけで、AIが適した商品を提案してくれるようになるだろう。顧客の漠然とした悩みや要望に対して役立つ商品を提案できれば、顧客自身も気づいていなかった潜在的なニーズと商品との出合いを創出し、新たな購買機会を生み出すことも期待できる」(白鳥氏)。
集客を変えるAIアシスタント
ことHCでは、どのような活用法が考えられるだろうか。白鳥氏は、前述の「潜在的なニーズへの対応」に加え、「AIアシスタントとしての活用」を挙げる。
「たとえば今後、DIYをする顧客の横で、作業のやり方を教えてくれるようなAIアシスタントも出てくるだろう。完成までに足りない商品があれば来店を促したり、ECサイトでの購入を提案したりすることも可能だ」(白鳥氏)。
こうしたAIの使い方は、来店頻度と購買単価の向上に貢献する可能性がある。HCの商品は、スーパーマーケットの食品のようにそう頻繁に購入されるものではないものも多い。そのため、来店頻度を上げ、購買単価を向上させることが売上増加のカギとなる。
AIを活用して潜在的なニーズを掘り起こし、来店のきっかけを増やすことで、結果的に売上向上につながる可能性があるという。AI活用は、近い将来、HC業界の新たな競争軸になり得ると言っていいだろう。
AI導入を成功に導く5つのポイント
AI活用を成功に導く要因は、いくつかある。白鳥氏は、とくに重要なポイントを5つ挙げる。
1つ目は、現実的な目標設定だ。AIは銀の弾丸ではない。AIにできることと、できないことを理解し、段階的な導入計画を立てることが成功への近道となる。
2つ目は、データの蓄積と整備だ。AIの性能は、与えられるデータの質と量に大きく依存する。「単にデータが多ければよいというわけではない。商品の使用用途や顧客のライフスタイルに関連したタグ付けをするなど、データに付加価値をつけることが重要である」(白鳥氏)。
3つ目は、特定の部門ではなく、組織全体で協力体制をつくることだ。現状は、AIを活用して本部レベルの幅広い需要予測に取り組む企業は増えているものの、個々の店舗での発注・在庫管理にまで有効活用できているケースはまだ少ないという。
AIの導入は、単なるシステム更新ではなく、業務プロセスの変更や従業員の役割の再定義を伴うことが多い。AIの技術自体は進歩しているものの、それを企業の業務プロセスに効果的に組み込み、全社的に活用する点で、多くの企業がまだ課題を抱えているのが現状だ。
「小売企業の場合、本部からAI導入の相談を受けることが多いが、やりたいことは明確でも、現場への具体的な導入方法を考え始めると、さまざまな課題が浮上する。そのため、まず業務プロセスを洗い出し、AIの具体的な使い方をイメージしながら、段階的な導入計画を立てることから始める。たとえば需要予測では、店舗ごとのニーズを考慮し、適切な発注や在庫配分までAIで行うのが理想だが、これには本部と現場の密な連携が不可欠だ。この連携をどう築くかが成功のカギとなる」(白鳥氏)。
4つ目は、AIを効果的に活用するノウハウを蓄積することだ。現状では、多くの企業がAIの可能性は理解しているものの、現場の業務プロセスとAIをどう融合させれば最適な結果が得られるか、具体的なイメージを描くことに苦心している。白鳥氏は、「新しい技術だから当然のことだ」と語る。
これらの課題を克服するには、専門家の伴走による段階的アプローチが有効だという。白鳥氏は、「スモールスタートで小さな成功事例を積み重ねながら徐々に展開していくことが重要」と強調する。このアプローチにより、組織全体のAIリテラシーを高めつつ、効果的な導入を実現できる可能性が高まるのである。
5つ目は、すぐに成果が出るとは思わないことだ。
「AIを導入する目的や適用範囲によるが、半年から2年半ほどの準備期間を経て導入し、徐々に効果が表れてくることも多く、粘り強く取り組む姿勢が求められる」(白鳥氏)。
HC経営者に求められるもの
もう1つ、AI導入の成否を左右する重要な要素が、経営層の理解だ。
これは、経営層も専門家と同等にAIを理解しようということではない。AIを過小評価も過大評価もせず、その可能性と限界を適切に理解した上で、適切な投資判断を下すことを意味する。
具体例として、ハルシネーション(AIが事実とは異なる情報を生成する現象)のとらえ方が挙げられる。ハルシネーションを完全に排除するのは困難だが、今後AI搭載のスマートフォンなどの普及により、用途によっては一定のハルシネーションを許容する風潮も広がっていくだろう。
白鳥氏は、「ハルシネーションがある限り企業では使えないという企業がある一方で、それでも積極的に活用していくと判断した企業がある」と指摘する。完全無欠な技術になるのをただ待つのではなく、リスクを認識した上でマネジメントする姿勢が重要だ。
AI技術は日進月歩、導入後も継続的な改善、情報収集が必要だ。白鳥氏は、「AI活用は長期的な取り組みだが、その効果は累積的に表れる。初期の小さな成功が、より大きな成功への足掛かりとなる」と語る。経営層には、この過程を後押しし、組織全体でAI活用を推進していく役割が求められている。
酒井真弓(さかい・まゆみ)
●ノンフィクションライター。IT系ニュースサイトのアイティメディア(株)で情報システム部、イベント企画を経て、2018年フリーに転向。広報、イベント企画、コミュニティ運営、イベントや動画等のファシリテーターとして活動しながら、民間企業から行政まで取材・記事執筆に奔走している。日本初Google Cloud公式エンタープライズユーザー会「Jagu’e’r(ジャガー)」のアンバサダー。著書に『なぜ九州のホームセンターが国内有数のDX企業になれたか』(ダイヤモンド社)、『ルポ 日本のDX最前線』(集英社インターナショナル)など
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