株式会社東急ストア
代表取締役社長
大堀 左千夫 氏
大競争時代に活躍している小売企業のキーパーソンに、業界を勝ち抜く戦略を語っていただく『小売業 キーパーソンに聞く!』は今回で第8弾となる。ゲストに招待したのは、「DX推進プロジェクト」を発足し、全社的にDXを推し進めている東急ストア代表取締役社長の大堀左千夫氏。同社がめざす食品スーパーのDXの姿とはいかなるものか。プロジェクト体制から無人店舗やAIカメラ、電子棚札在庫管理システムなど、直近のDX施策と、そこから得られた効果を語っていただいた。
「守りのDX」と「攻めのDX」
東急東横線中目黒駅に本社を構える弊社は創業67年目となる。東急線沿線を中心に食料品主体のSM事業を、レギュラー型・小型・高級型で展開しており、2022年3月、東急グループ会社との合併により、駅売店事業やローソン・マツモトキヨシのフランチャイズ事業など、幅広い出店形態にて事業を推進している。
DXの一般的な定義は、データやデジタル技術を活用したビジネスモデルへの変革を通じ、企業としての優位性を高めることを示すが、私は企業の個々の環境や考え方によりオリジナルの定義があって然るべきと考えている。
東急ストア版DXの方向性としては、業界トップ導入を目指すのではなく、今ある仕組みやシステムをブラッシュアップしたり、他の小売業で導入されているDX事例を研究し弊社版にアレンジして活用できないかを検討・実践するものだ。
そのため、弊社では“変革”とは程遠いことでも、DXと認定するという緩めの定義でDXを推進している。DXという先進的な仕事に自分も携わっているということで、若手社員のモチベーションアップにつながり、プロジェクトリーダーに登用される実例も出るなど相乗効果も生まれている。ただし、システム導入にはそれなりの投資が必要となるため、効果をしっかり刈り取るために「一石三鳥を狙え」という方針で進めている。
そもそも弊社で「DX推進プロジェクト」を発足した目的は、東急ストアの文化や体質をデジタルの力を使って変革するためだ。単にシステムや仕組みを作るだけではなく DXによって今まで何の疑問もなくやってきたオペレーションやマーチャンダイジングを変化させていく。次第に変革のループが身につき、企業文化や体質そのものを変革していけたらという思いがある。
DX推進プロジェクト体制は、代表の私を含む全体会をもとに各小分科会に分かれている。各担当役員をリーダーとし、全部署が関わる体制を敷いているが、実質的なリーダーは若手社員が務めている。
DXスタート時は既存業務の効率化によって生産性向上を目指す、いわゆる「守りのDX」を中心に取り組んできた。また、近年はリテールメディアなどの競争力強化に向けた「攻めのDX」を組み込んだ複合的な取り組みに着手し始めている。守りと攻めのDXについてはその定義による区分けが難しいため、効果性や完成度が高いものから着手できるよう優先度を重視して進めている。
無人店舗を実験的に運営。顧客の認知度向上とともに有人より売上UP
取り組み事例も具体的に紹介する。
1つ目は、無人決済店舗「TOUCH TO GO」の概要と現状について。一般的な無人決済店舗は、ジャストウォークアウト型のレジスタイル、お客様が自分で会計するスマホレジタイプ、ウォークスルー型のレジありタイプの3種あり、各々の比較検討の結果、弊社はお客様の事前登録が不要で導入のハードルが比較的低いウォークスルー型を選択、実験導入した。実証実験場所はそれまで有人運営をしていた、たまプラーザテラスの店員休憩室を選定し、実験を開始。導入以前の売店の日商は約4万円でその内訳は、温惣菜、冷惣菜、飲料が約7割を占めている一方、この売り上げ規模では人的コストが課題となっている店舗だった。その課題の解決と今後の無人店舗展開を見据えていくためにTOUCH TO GO社との協業により、2022年2月から無人での運営を開始した。
無人化に切り替えた当初は、日商は実験前の有人時を下回っていたものの、推進していく中でお客様の認知の向上や、お客様のアンケート要望に応じて取扱商品の変更を行った。また 複数の決済手段の追加などの打ち手により売上が有人時よりも拡大した。
しかし、万事うまくいっているわけではなく、商品登録などのシステム連携や、故障時などの人的対応については完全に排除できないなど検討の余地はある。しかし導入当初最も危惧をしていた売上減少には一定の目処が立ったため、まずはグループ施設の従業員休憩室などに拡大し、将来、新規業態としての出店、既存店の業態変更につなげることにより幅広い展開を見据えている。大堀氏はAIカメラや電子棚札システムの事例も紹介。(本記事では省略)
また、DXの根底にあるのは、現場従業員の困りごとや悩みを解決したいという思いにある。従業員の労働時間の42.5%が品出し業務であり、こうした作業の軽減化はDX戦略の中でも重要項目に位置づけられている。
品出し支援システムとは、品出ししたい商品をスキャンするだけで在庫数が可視化され、在庫数量がなければ自動的に発注をしていく仕組み。新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに商品の問い合わせ対応・品出し業務など店舗業務の負荷軽減に着手し、リアルタイムな在庫連携と品出し支援システムを株式会社シノプスと共同開発した。これにより1日の作業時間が平均約90分削減できるなどの効果が生まれた。
DX推進の先に目指すものは
SDGsへの取り組みも喫緊の課題だ。弊社では「AI値引き」を導入することによってコスト削減に努めている。これまで、業界全体としてブルウィップ効果による過剰在庫、過剰生産を抱えがちだった。消費者の想いに連動し、欠品をしないために“努力”するあまり過剰在庫は膨れ上がる計算だった。
そこで弊社はAIで発注量を予測することにより、SCM全体での過剰在庫・過剰生産低減に取り組むために「日別品揃え決定システム」を採用。従来は 値引きタイミングが担当者のスキルに依存しておりロス率が左右されていたが、AI値引きアラートの導入で廃棄量や値引きロスの削減を実現した。
また、紙のレシートから、アプリに表示されたバーコードをレジで読み取ることで電子レシートが発行されるスマートレシートを採用。単に紙の資源ロスを削減するだけでなく、家計簿機能やセルフメディケーション税制などレシート表示以外の機能も充実させた。
これらの事例はDX推進プロジェクトの一部であり、DXは問題解決に向けた手段の1つに過ぎない。今後も東急ストアは、地域のお客様に必要とされる存在でいられるよう、弊社にしか提供できない価値(強み)づくりと安定的な事業継続に向けた将来環境変化への対応 を継続していく考えだ。