ダイヤモンド・リテイルメディア・カンファレンス開催レポート Amazon大競争時代の流通業成長戦略ビジョン AI×IoT×クラウドの進化で加速するデジタルトランスフォーメーション
【講演】流通業のデジタルトランスフォーメーションと競争力強化~マイクロソフトの流通業への取り組みと最新事例~
日本マイクロソフト株式会社 シニアインダストリーソリューションエグゼクティブ
藤井 創一 氏
アマゾン・ドット・コム(Amazon.com以下アマゾン)はデジタルネイティブな革新的ディスラプタ―であり、流通業界の大きな脅威となっている。競争力強化に向けて、流通業各社はデジタルを活用し、顧客体験と生産性向上への取り組みを強めている。マイクロソフトは、モバイルファースト・クラウドファーストの時代における最新のデジタル基盤を提供し、流通業各社のデジタルトランスフォーメーションを支援している。
ウォルマートが活用するAzure
藤井 創一 氏
マイクロソフトを創業したビル・ゲイツは「すべてのデスクとすべての家庭に1台のコンピューターを」の理念を掲げ、パソコン用OSであるWindowsビジネスを開始した。現在はビジネスや人々の生活の隅々まで、モバイルやクラウドなどのデジタルが浸透している。そのため、現CEOであるサティア・ナデラは新たに「地球上のすべての個人とすべての組織がより多くのことを達成できるようにする」ことを掲げ、よりオープンで包括的なデジタルプラットフォームを提供している。特に市場から期待の大きなクラウドプラットフォームとして「Azure」を展開している。
Azureは「青い空」という意味であり、もともと「Windows Azure」と称していた。しかし、現在の企業理念を実現するため、Windows縛りのイメージをなくし、よりオープンなプラットフォームと理解いただくことが必要であったため、現在では正式呼称を「Microsoft Azure」としている。このAzureを最も活用いただいている企業の1つが、米ウォルマートであり、同社もAzure上でLinuxなどを多数利用し、ローコストかつ安定的なシステム構築と運用を実現している。
Azureはコンピューティングやストレージ、ネットワークサービスなどを提供するインフラストラクチャーサービスと、AI・IoT、ウェブ・モバイル、開発者向けのサービス、データ領域などを簡単に利用、インテグレーション可能とするためのプラットフォームサービスなどで構成されている。また管理性や安全性に優れており、エンタープライズビジネス利用に強いという点も特徴といえるだろう。
顧客体験と生産性を革新するために、高度なデジタルを利用可能な時代に
流通業を取り巻く環境変化の認識として、近年言われている新興経済圏の成長とグローバル化、人口減少・人口動態の変化、インターネット・スマートフォンの普及とネットチャネルの成長、消費行動の変化と消費熟成の加速などに加え、新たに人材確保難、ディスラプター(破壊者)の出現などが挙げられるだろう。
ここでいうディスラプターは、過去の競合とは全く異なる切り口で市場参入し、顧客の支持を得る競合相手である。つまり流通業界にとっての代表的なディスラプターとしては、アマゾンがそれに当たると言える。
アマゾン・ゴー(Amazon Go)は、AIなどの最新デジタルを活用した顧客体験と生産性革新の取組みとして、流通業界に大きなインパクトを与えた。しかし、実は、マイクロソフトは2010年の段階で、「スマーター・リテイリング」というビジョンと米ターゲットとの共同制作ビデオを公開している。ここでは携帯電話で顧客が欲しい商品を検索・リスト化し、店舗にチェックイン。導線誘導されて商品を購入し、レジレスで決済。リスト化された商品や購入された商品データは在庫データと連動し、従業員が高いリアルタイム性をもって店頭在庫補充するシーンなどが収録されている。
とはいえ、何もアマゾン・ゴーより先にマイクロソフトがこのような提案をしていたという話を強調したいわけではない。実はIBMも当時同じようなビジョンを打ち出していたと記憶しているのだ。強調したいのは、2010年当時はこれらがビジョンでしかなかったものが、デジタルの高度化によって実現可能になったという事実である。デジタルを活用した革新に、チャレンジいただける時代になったのである。
流通業がAWSを活用することは最大の競合を利する結果に
デジタルネイティブなディスラプター アマゾンの登場以降の数年、流通業では「オムニチャネル化」が徐々に議論されてきたが、その急成長によって、ここ1年くらいで「アマゾンとどう戦っていくか」ということがむき出しのテーマとして語られ始めてきたと感じている。米国では小売業の閉店や倒産など大きな影響を受けており、さらに流通業の領域を超え、産業界全体に大きなインパクトをあたえはじめている。国内流通業界でも、アマゾン・ジャパンが存在感を増しており、各種統計データによれば2016年度の売上高は1兆円を突破。昨対でも主な国内流通大手以上の大きな成長率をたたき出しはじめている。米国流通業界の動向はいずれ日本国内流通業界の動向となるといわれるが、アマゾンとどう戦っていくかは、国内流通業においてもまさに喫緊の課題と言えると思う。
またアマゾンの2016年の年次報告書を見ると、アマゾン全体の売上額に占めるアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)の比率は10%程度。一方、利益額に関しては、実に半分以上を占めていると読み取れる。AWSはクラウド業界シェア最大手としてご存知の方も多いと思う。アマゾンのビジネスを支えているデジタルプラットフォームであり、同時にそれをクラウドサービスとして外販し、収益を得ているわけだ。
ここで指摘したいのは、流通業がアマゾンと経営上の競合関係にあるとすれば、競合相手のサービスを使用することは、一般的に矛盾があると考えられるということだ。AWSを流通業が使用すれば、その利益でアマゾンは投資能力を高めて、さらなる競争優位を得ることが可能となるという、シンプルなロジックが成り立つからだ。
このため、米国の報道によれば、ウォルマートやターゲット、クローガーなどが、AWSの自社利用や取引先の利用に対してネガティブな発表を始めているようだ。個人的にはアマゾンは尊敬すべき企業でありAWSもまた優れたクラウドプラットフォームだと考えるが、AWSに対抗するクラウドプラットフォームAzureを有するマイクロソフトとしては、流通業の競争勝利に向けた支援を、より一層強化する責任があると認識している。
ワールドワイドで流通業でのAzure活用が進む
流通業におけるAzure活用事例が急速に増えてきている。一例をあげると、米国のスタートアップ企業ジェット・ドット・コム(Jet.com)である。2014年創業当時、米国では「アマゾンに対抗可能な唯一のEC」と話題になったのが同社だ。ネットショッピングにおける最低価格保証という革新的でシンプルな価値を約束することで、顧客の期待を得た。
しかし、顧客がバスケットに入れる商品の組み合わせに応じ、最低価格パターンをリアルタイムに計算するため、さらに膨大で変動する特徴を持つECトラフィックに耐えるための、強力なクラウドプラットフォームが必要とされた。パートナーとしてマイクロソフトを選定し、約1年でAzure上にサービスを立ち上げた同社は、ウォルマートの傘下に加わることとなる。同社ファウンダーのマーク・ロリー氏は、現在好調ウォルマートのオンラインビジネスをリードする要職にも就いた。
Azureを中心に話してきたが、マイクロソフトはそれ以外にも流通業に必要とされるデジタルプラットフォームを包括的に提供している。これらプラットフォーム群と、パートナーによるアプリケーションやインテグレーションを組み合わせることで「革新的な商品やサービスの開発」「お客さまとのつながりの強化」「社員にパワーを与える」「オペレーションの最適化」といった、流通業のトランスフォーメーションを支援している。
米国のメーシーズではAzureとモバイルアプリ「Go Skip」を活用した革新的な顧客体験を実現するセルフチェックアウトサービスが開始した。日本のローソンでは、Azure上に実装されたAIとソーシャルチャネル「LINE」を組み合わせ、顧客とつながる仕組みを構築した。このほかにもOffice365によって従業員コラボレーションを改革し、従業員の強化を進めるマークスアンドスペンサー、発注自動化やシーズンや商品ライフサイクルにわたる価格最適化業務にAzureの機械学習を活用した独オットーなど、国内外で多数のチャレンジが急速に進んでいる。