生野菜を食べない中国で、なぜ「サラダ」は定着できたのか

牧野 武文(ライター)
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フードデリバリーの勃興が中食化、そして内食化を促す

③デリバリーによる中食化

 それでも、サラダは「飲食店で食べるもの」という中国独特の意識は残っていた。そこに変革を起こしたのが、2016年に創業したアリババ系の新小売スーパー「フーマフレッシュ」をはじめとするデリバリー、クイックコマースの勃興による、「サラダの中食化」である。

 中国でも温度管理が徹底された物流網、配送体制が確立されたため、新鮮なサラダを自宅で食べられるようになった。自宅で食べる”ちょっとおしゃれなメニュー”、ホームパーティーメニュー、あるいは健康的な食事メニューとして、食卓にも徐々にサラダが登場するようになっていった。

 

④内食化

 中食化に至ればそのまま内食メニューとして定着するのは自然な流れだが、中国の場合、コロナ禍がこれを加速させた。外出自粛が迫られた中で健康に対する関心がより高まり、自分で食材を工夫してサラダをつくる人が増加したのだ。

 この内食化の流れの中でポイントになったのが、サラダの味を決めるドレッシングだ。多種類のドレッシングが発売されたことで、サラダがサイドメニューから朝食のメーンメニューに格上げされていった。さらに、野菜だけではボリュームが足りないため、鶏肉、チーズ、ローストビーフなどの食べ応えのある食材もトッピングとして使われるようになった。

 また、前述の新小売スーパーなどでは、このようなサラダ食材のセット販売も行われ、パックを開けて食器に移し、好きなドレッシングをかけるだけという調理の簡便さもサラダの普及を促した。

フーマフレッシュのアプリ上で表示されているサラダのメニュー
新小売スーパー「フーマフレッシュ」のサラダメニュー。ほぼ人気順に並んでいる。さまざまな食材がパッケージされていて、ドレッシングも付属している。配達エリア内であれば注文から30分で宅配してもらえる

独自改良を加えて「中華料理化」に至る

⑤中華料理化

 そして、最後に起こるのが「中華料理化」だ。中華料理の世界は広大で、どのような外国の料理でも、それに類似あるいは延長線上に位置づけられるような中華料理が存在していることが少なくない。

 サラダについても、「涼拌菜(リャンバンツァイ)」という中華メニューに親和性があった。これは鶏肉や中華ハム、キクラゲ、春雨、幅広麺などを一度煮た野菜と合わせてつくる料理で、夏バテしたときなどに食欲を回復するための料理として知られている。味付けはもちろん中華醤ベースになる。

 近年はこの涼拌菜とサラダが融合して、西洋料理とも中華料理とも言えない独特の”新中国料理”となり、家庭に定着している。そのため、中華風のサラダドレッシングも販売され、よく売れるようになった。また、紫芋や麺など炭水化物の多い食材とも合わせられるようになり、サイドメニューから完全なるメーンメニューとして成立しつつある。

 中国の食文化は、四千年の歴史の中で、大きな変革期を迎えている。海外から常に新しい食文化が流入し、豊かになった中国人たちはそれを楽しんでいる。しかし、中華料理文化の偉大な点は、日本が海外の食文化を受け入れたうえで独自改良を加えて“洋食”として昇華させたように、最終的に”中華料理”のメニューとして取り込めるように改良が加えられるという点だ。

 外から入ってきた食文化は、一定の法則に従って中国の家庭に定着をしていく。次のステップにシフトさせる働きをする飲食店、食品関連企業が新たな定番ブランドとして定着する傾向がある。

外から入ってきた食文化は、一定の法則に従って中国の家庭に定着していく。次のステップにシフトさせる働きをする飲食店、食品関連企業が新たな定番ブランドとして定着する傾向がある。

 今回はサラダを例にとったが、ほかの料理メニューもおよそ同じようなプロセスで消費市場に定着する傾向が強い。そして”次のプロセス”に移行する際に、そこでの変化を機敏にとらえ、求められる食材やメニューを提供できたプレーヤーが、”定番ブランド”の座を射止めることができるのだ。

 その意味で、話は冒頭に戻るが、サントリーの烏龍茶の中国での成功というのは、とても示唆に富む事例なのである。

 

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