2025年に創業300周年を迎える竹本油脂(愛知県)。菜種・綿実油の搾油業から始まり、やがてごま油の製造に着手。厳選された原材料と昔ながらの圧搾製法にこだわる同社の「マルホン胡麻油」は、プロの料理人からも絶大な信頼を得ている。
ごま油事業を率いる専務取締役の竹本信二郎氏にこれまでの取り組みと今後の成長戦略について聞いた。
創業300周年昔ながらの圧搾製法にこだわり、ごま油の市場を拡大
搾油業からごま油製造へ近年は化学の分野にも挑戦
──創業当時は菜種や綿実の搾油業を行っていたのですね。
竹本 1725年に初代の竹本長三郎が三河の国、御油(ごゆ)という地で菜種や綿実の搾油を行い、灯明(とうみょう)油と油粕肥料をつくったのが当社のはじまりです。音羽川という川から水を引いて、水車を回して動力源にして製造していたようです。
明治時代になると、ガスや電気が普及し、灯明油が不要になりました。そこで新たに着目したのが、食用油としてのごま油の製造です。蒲郡の海沿いに工場を移し、海外からごまを船で輸入。製造したごま油は鉄道を使って各地に出荷していました。
1923年に関東大震災が起こった時、関東地方は大変な物資不足が起きて物価が高騰しました。しかし、当社は、震災前と変わらない価格で販売したのです。これがきっかけで信用が一気に上がり、その名が知られるようになったと聞いています。
昭和に入ってからは新事業にも挑戦しようと、油脂から派生する界面活性剤の製造にも取り組みました。以来、特殊化学品の開発も手がけるようになり、繊維工業、土木・建築、農業、電子・情報、合成樹脂・フィルムなどの事業分野へ次々とチャレンジ。
現在では、ごま油だけでなく、さまざまな化学製品を世界中の市場へ送り出しています。
──創業300周年を迎えるにあたり、率直な思いをお聞かせください。
竹本 まずはよく続いたなと思いますね。何度か危機はあったらしいのですが…。明治維新の時には地元の田原藩に貸していたお金が返ってこなかったり、太平洋戦争の時にはまともな事業ができなかったり。
ただ、バブル景気の時は不動産投資や株式投資などをまったく行っていなかったので、そういう点ではダメージはありませんでした。不器用だったのがよかったのかもしれないですね(笑)。
自分たちがやるべきことに専心しつつ、時代の変化に敏感に対応して新しいフィールドに挑戦し続けてきたことが、結果として長寿につながっているのだと思います。
惜しみない設備投資で唯一無二のおいしさを追求
──直近の業績とごま油事業の状況について教えてください。
竹本 会社としての売上高は1077億円(2023年12月期単体実績)と、順調に推移しています。利益のほうも小さな凸凹はありますが、満足できるものになっています。ごま油事業に関していえば、売上高は200億円弱。今年は原料高騰のあおりでやむを得ず値上げをお願いしましたが、おかげさまで数量も金額も伸長しています。
ただ、損益という点では改善の余地があります。理由は明白で、ごま油事業は設備投資が多くかかるのです。
それ以上に「お客さまからの味の信頼に応えたい。欠品などのご心配をかけたくない」といった思いから、いち早くラインを増強したり、老朽化した設備を更新したり、品質を上げるための投資を惜しみなく行っています。
もちろん、技術の向上も然りです。ごまの産地が違えば、焙煎の加減も変わってくるので、最終的に同じスペックの香味や色目に仕上げていくには相当な技術力が必要になってきます。こうした企業努力のかいあって、当社の「マルホン胡麻油」は確実においしくなっています。
──おいしさが信頼につながっているわけですね。
竹本 そうです。当社では原材料となるごまの厳選はもちろん、昔ながらの圧搾製法にこだわっています。化学溶剤による抽出ではなく、圧力のみで搾るわけです。
手間もコストもかかりますが、ごま本来の風味が生きた混じりっ気なしのごま油が出来上がる。だからこそ、プロの料理人の方々からも支持されているのだと思います。
──原材料の調達についてはいかがでしょうか。
竹本 当社では、使用する原料のほとんどをアフリカから仕入れています。いかに安定調達を実現するかは長年の課題です。現在、タンザニアとマラウイ産に力を入れており、両国の生産者をサポートする活動を行っています。
具体的には、井戸の掘削や救急車の寄贈です。良質なごまを安定して作付けしてもらうためには、信頼関係を築くことが何よりも大事。生活基盤の向上を支援することで、持続可能なごま栽培と生産量増加を図っています。
創業300周年を祝うキャンペーンを展開予定
──ごま油を取り巻く状況について教えてください。
竹本 ご存じのように、サラダ油やオリーブオイルが価格高騰したことで、ごま油はその受け皿になっています。実際、他の多くの食用油が落ち込んだ期間、当社の「太白胡麻油」は伸長しました。ドレッシングやマリネに使われていたオリーブオイルを「太白胡麻油」に変えるというシフトも進んでいて好調です。
──こうしたなか、どのようなマーケティング戦略をお考えですか。
竹本 19年に商品のラインアップを見直し、家庭用は「太白胡麻油」「太香胡麻油」「圧搾純正胡麻油」「圧搾純正胡麻油 濃口」の4種類にまとめました。
ラベルのデザインを統一し、150gと200gの少量品はガラスびん、300g、450g、700gはペットボトル、1400gは缶といった具合に容器の分類を整理。それを機にテレビCMを含めたプロモーションを展開したところ、シェアを拡大させることに成功しました。
そして来年創業300周年を迎えるにあたり大々的にキャンペーンを行い、さらなるシェアの拡大に挑戦します。これに伴い、ボトルのデザインもブラッシュアップする予定です。われわれのトレードマークである金・白・赤色の組み合わせを生かしつつ、より洗練されたイメージにする考えです。
──小売業に向けた施策はいかがでしょうか。
竹本 店頭試食はできる限りやっていきたいですね。実は、当社の「太白胡麻油」を使うと、シフォンケーキが上手に焼けるんですよ。指でつぶしても回復力があり、ふわふわの食感が維持できます(笑)。こうした用途別の提案を行い、ごま油の使用シーンをもっと増やしていきたいと考えています。
最近はデジタルチラシを配信する食品スーパーが多いですが、消費者の方からの反応もよいので、積極的に取り組んでいく予定です。献立づくりをサポートする「ごま油簡単レシピ」を提供するなど、デジタルの特性を生かしたプロモーションを目下検討中です。
長寿企業としての使命100年先も生き残る!
──今後の成長戦略について教えてください。
竹本 ごま油には一定の需要があるものの、新たな需要をつくる必要があるとかねてから危機感を抱いてきました。私が日本ごま油工業会の会長職に就いていた2010年代、ごま油の「ちょいがけ」を提案したところ、それが受け入れられ、業界全体が伸びました。
その後、当社は製菓・製パン業界にごま油を売り込み、ケーキやパン、チョコレートにも使えることをアピール。有名パティシエの方々に実践してもらったことで、新たな市場の創出に成功しました。今後もこうした挑戦を続けていきたいと考えています。
たとえば、洋食用ごま油など、料理のジャンルごとに展開するというのもあるでしょう。新市場を開拓することで、ごま油の市場自体を広げていくことをめざします。
──最後に、ごま油事業のトップとしてのミッションをお聞かせください。
竹本 ごま油事業というより竹本油脂という会社を経営するものとしての言葉になりますが、われわれの目標は「長期存続」です。300年間も続いたからこそ、ここで止めるわけにはいかない。最低100年先までは生き残れるようにしなければならない。
そのためにはまず、ずるいことをしない。つまり、食の安心安全を脅かすことをしない。品質や価格においても、お客さまを裏切るようなことはしない、ということです。
そして、社員の皆さんが前向きに楽しく長く働くことのできる環境をつくる。そうすることで、次の経営者に最もよい状態でバトンを渡す。それが私の使命だと思っています。