三井物産(東京都)は食品の中間流通事業で傘下の事業会社を統合し規模拡大を図る一方、「ファッション」や「食」といった消費者向けビジネスの展開にも力を入れる。2022年4月に流通事業本部内にあるファッション繊維事業部をブランド&リテール事業部に変更し事業を組み替えたほか、2022年8月にはアイスタイルとの業務資本提携を結んでいる。
アイスタイルの提携でめざすのは……
ファッションと食の領域での三井物産の事業投資先はさまざまだ。ファッション領域では、マックスマーラジャパン、ビギホールディングス、ポール・スチュアートなどがあるし、食領域では、イタリア食材販売のイータリー・アジア・パシフィック、高級イタリアチョコレート販売のヴェンキ・ジャパンなどがある。
ファッションと食の領域でのこれらの事業を一括りにしたのがブランド&リテール事業部だ。その役割は、衣料、食品、そして雑貨を含めたライフスタイル全般の領域でブランド価値を持つリテール事業を展開することだ。
そうしたなか、ブランド&リテール事業部では化粧品事業の強化に乗り出している。三井物産は2020年に男性化粧品のバルクオムに出資し化粧品業界に参入しているが、2022年8月に15億円の転換社債を引き受け、アイスタイルと業務資本提携した。
アイスタイルは国内最大級の化粧品クチコミサイト「@cosme(アットコスメ)」のほか、ECサイトや実店舗を運営する。同時並行して米アマゾン(Amazon.com)もアイスタイルと業務資本提携したこともあって話題を呼んだが、3社間での提携はなく、あくまで三井物産とアイスタイル間の提携だ。
この提携により、三井物産は自社の国内外のネットワークとアイスタイルの持つ生活者起点の事業創出力を融合させ、グローバルでの新たな事業開発をめざすとしている。一方、アイスタイル側は、国内流通事業における店舗開発や各種課題解決のサポート、海外事業開発などに三井物産の国内外のネットワークを生かせると期待する。
三井物産流通事業本部戦略企画室長の松岡大志氏は「メディアとリテールを連携させた、アイスタイルのコマースの仕組みを学びたい」と話す。メディアとリテールを連携させたコマースを志向するのは、これまで手掛けてきたファッションのブランドビジネスを取り巻く外部環境の変化が背景にある。
「ファッションのブランドビジネスの考え方は、ネットを中心に消費者に直販するD2Cに近い。ブランドホルダーや百貨店とマーケティングプランを策定しており、リアルの場でD2Cを展開してきたようなものだ。これをメディアとリテールの連携により次世代化していきたい」(松岡氏)
D2Cビジネスも展開中
三井物産はD2Cに近いというブランドビジネスをファッション分野で手がけてきたわけだが、D2Cそのものにも取り組んでいる。
その一つが、2021年7月に子会社として設立した「.me」(ドットミー)の事業である。三井物産ICT事業本部が出資する英データ分析会社ブラックスワンの機能を活用しSNSデータ分析を通じて消費者インサイトを探り、自社ブランドを開発するほか、パートナー企業と組んだ共同ブランドの開発も手がけている。三井物産の持つバリューチェーンでの機能を活用し、商品開発だけでなく、マーケティング、販売まで一気通貫で行う。
ドットミーが開発した自社D2Cブランドに、2021年12月からネットで販売を開始した「Cycle.me(サイクルミー)」がある。ドットミーによると、「⾃然にきりかえる⽣活」をコンセプトにオンとオフのサイクルづくりをサポートするという。朝・昼・夜の時間帯に合わせた商品としてプロテイン、クッキー、ムーンミルク(ホットミルクや豆乳、アーモンドミルクなどにスパイスやハーブなどをトッピングしたホットドリンク)などを揃える。ネットだけではなく、都内の一部「セブン-イレブン」の店舗でも販売する。
メーカーとの共同開発ブランドもある。味の素のZ世代事業創造部と共同開発した「粥粥好日(カユカユコウジツ)」だ。1990年代中盤から2010年代序盤までに生まれたZ世代をターゲットにし、近隣アジア圏の伝統的な料理を現代のお粥にアップデートした新感覚カップお粥と銘打つ。ネットで2022年6月から9月まで期間限定で販売したほか、ポップアップストアでも販売した。
めざすのは消費者起点での商品・サービス提供
三井物産グループがブランド&リテール領域においてめざすのは、川上・川中での取引規模の拡大を図る方向とは異なる。一つのブランドに依存するのではなく、消費者ニーズに応える新たなブランドを立ち上げていく考えだ。
松岡氏は「われわれのフィロソフィーは消費者を起点に消費者の望む商品・サービスを提供していくこと」と強調する。消費者データを活用した商品開発を行うドットミーは、まさにこの考え方に即したビジネスだ。三井物産ならではの特徴的な事業と言える。
松岡氏は続ける。「今後は、『意味消費』を重視する消費者ニーズに応えていかなければならない。そのためには、同質化競争に陥らないことが重要だ。消費者ニーズをとらえたブランドを開発し、マーケティング力を磨きながら、複数ブランドでポートフォリオを組みながら事業運営をしていきたい」
そのほか三井物産は、データ分析・マーケティング支援を行う事業も手がける。流通事業本部には、英小売大手テスコ(Tesco)傘下のデータ分析会社として知られる英ダンハンビー(dunnhumby)と折半出資で設立したダンハンビー・三井物産カスタマーサイエンス(東京都)がある。小売に対しては、顧客データの分析だけでなく、売場施策や商品施策の提案まで手がける。三井物産は、こうしたデータ分析やマーケティング機能についてM&A(合併・買収)活用を含めて強化する方向だ。