「Tシャツ1枚500円」と聞いても驚かなくなってしまったほど、私たちの生活には安価な海外コットン製の衣料品や生活用品が広く浸透している。しかし、その海外コットンの多くには大量の農薬や遺伝子組み換え品種が使用されており、問題視されている。中国・新疆ウイグル自治区での強制労働のニュースも世界中を駆けめぐった。
そのようにサステナビリティの観点からさまざまなリスクをはらんでいる海外コットンに対して、近年では日本国内でも盛んに綿花の栽培・加工に取り組む動きが生まれている。その一つ、兵庫県南部の加古川市を拠点とする「かこっとんプロジェクト」を取材し、国産コットンの勝機を探った。
コットンをめぐる不都合な真実
0パーセント――コットン(綿)の国内自給率だ。国内アパレルメーカーが製造する衣服の原料となるコットンは、そのほとんどすべてがアメリカや中国をはじめとする諸外国からの輸入に依存している。それだけでなく、収穫された綿毛を糸や布へと加工する紡績・織布工程も、そのほとんどが海外を拠点としている。日本は世界有数の「コットン輸入大国」だ。
しかし、大規模化された海外の綿花栽培においては、除草剤や殺虫剤などの農薬や石油系の化学肥料が大量に使用され、土壌や生態系に有害な影響を及ぼしている。さらに害虫や除草剤への耐性を高めるため遺伝子組み換え操作を行った除草剤耐性コットンが、想定外の害虫や雑草の被害を助長し、かえって殺虫剤や農薬が増える結果になったとの指摘がなされている。
加えて、近年日本でも、少数民族・ウイグル族への強制労働が疑われる新疆ウイグル自治区で栽培された「新疆綿」については、一部のアパレル大手企業が使用を中止した。
そうした人権配慮や環境問題などの社会課題の点から、一部の海外コットンに対して批判の目が向けられる中で、少しずつではあるが、日本国内から高品質の国産コットンを生みだそうとする動きが生まれている。その一つが、兵庫県南部の加古川市を拠点とする「かこっとんプロジェクト」(以下「かこっとん」)だ。
プロジェクトを主導するのは、地元・加古川市インナー・靴下メーカー「ワシオ」代表取締役社長の鷲尾吉正氏。2011年にこのプロジェクトを立ち上げ、地元農家とともに休耕田を活用し綿花を栽培、綿糸に加工するまでの工程を担っている。
加古川の流域に広がる播州平野は、かつて江戸時代には姫路藩が江戸幕府から唯一木綿の専売を許されていた、日本有数の綿の産地だった。その綿花栽培の歴史がある地で、完全な国産綿花を使って国内製造したコットン、「パーフェクト・メイド・イン・ジャパン」のコットンを生産する試みが行われている。
地域の福祉作業所や企業がプロジェクトに協力
2021年、かこっとん全体で約8,000㎡の休耕田で栽培しているのは「超長綿」(ウルトラロングコットン)という高級綿だ。全世界で2,500万トン生産されるコットンのうちわずか4~5%が超長綿だという。さらにその中でもオーガニックの超長綿は1%にも満たない、世界的にみてもかなりの希少綿だ。
農薬や遺伝子組み換え品種を使わない国産コットン(広い意味でのオーガニックコットン)は、当然ながら害虫駆除などを人の手で行うなど労力がかかる。そこで、加古川周辺地域の企業や団体が連携しながら生産・加工体制を築いている。
綿花の種植えと収穫は、地元の福祉作業所の人々が担っている。福祉作業所では一人あたりの工賃は毎月1万円程度が当たり前だが、最低賃金を保障するなど、障がいを持つ人々にとって貴重な就労機会を生み出している。
さらに労力がかかるのは、収穫された綿花から種を取り除く「ジンニング」という作業。加古川市に拠点を置き、物流システムの一部である垂直搬送機など製造する「オークラ工業」に鷲尾氏が協力を仰ぎ、独自のジンニングマシンを開発した。
地元企業、福祉作業所、市役所、営農組合……地域のさまざまな企業・団体との連携によって生産される「パーフェクト・メイド・イン・ジャパン」の国産コットンの生産量は、年間わずか200kgだ。それを綿糸に加工し、ワシオが買い取ってTシャツ、ストール、靴下などにして販売する。
2018年、2019年には、その国産コットンの超長綿を使った靴下と草木染ストールをクラウドファンディングサイト「makuake」で販売。いずれも目標額を300%以上も上回る支援を集め、完売した。
価格面には課題 混紡糸の生産にも柔軟に取り組む
しかし、国産コットンの事業を軌道に乗せるまでの課題は多い。2020年2月、東京・日本橋の「誠品生活日本橋」で展示販売するチャンスを得たが、超長綿100%のTシャツは1枚2万円。「1か月間で1枚しか売れませんでした」と鷲尾氏は苦笑いする。
このかこっとんの日本産コットンを、最高級品質のコットンブランドとして展開するのが鷲尾氏の描く構想だ。高級コットンといえば、イギリスの高級ニットブランド「ジョンスメドレー」でおなじみの海島綿(シーアイランドンコットン)が知られる。西インド諸島で年間わずか800トンしか栽培されないという希少な「海島綿」だが、それと比較しても、かこっとんの超長綿の価格はその約2倍だ。収益化に向け鷲尾氏の挑戦は続く。
この日本産コットンをより多くの人に知ってもらい、体験してもらうためにも「100%使用にはこだわらない」と鷲尾氏は柔軟に取り組む方針だ。また、長崎県雲仙市の「アイアカネ工房」では、希少なかこっとんの超長綿を40%混紡した糸でハンドタオルを5千枚生産した。
「まずはこういった国産オーガニックコットンの取り組みを広く知ってもらうことが重要。すべての国産の製品に数%でも日本産コットンが入っている状態になるのが理想」だという。
日本独自のオーガニック認証基準を
もう一つの壁が、オーガニックコットンの国際認証基準の存在だ。その代表が「グローバル オーガニック テキスタイル スタンダード認証」(Global Organic Textile Standard:GOTS)で、オーガニックテキスタイルのグローバル・スタンダードとなっている。しかし、この「GOTS」には、非常に厳しい環境基準があり、周囲の土地に巻かれた農薬の影響を受けざるを得ない、狭い農地しか確保できない日本では大きなハードルとなっているのだ。
そこで、鷲尾氏は「日本独自のオーガニック認証基準をつくり、世界にアピールしたい」と意気込む。
「水源の豊富な日本では海外のようにむりやり水路を引く必要がなく、もともとコットン栽培に適した土壌を持つ。『有機JAS』という認証制度もあり、日本の安心・安全な日本産コットンが世界に支持される可能性は十分にある」
休耕田の活用による農地保全。障がい者への適正な就労機会の提供。さらに、生産工程で産出される「綿実油」はヘルシーな食用油で、そうめんの製造における「油返し」の工程にも用いられる。日本の国産コットンは、栽培・加工の過程でさまざまなサステナビリティの要素を備えており、SDGsの文脈でも国際的にも強いメッセージを発信しうる。
イタリアの「ミラノ・ウニカ」やフランスの「プルミエール・ヴィジョン」といった世界最高峰のテキスタイル見本市に、「パーフェクト・メイド・イン・ジャパン」のオーガニックコットンが並ぶ日を期待したい。