「単純なことを徹底する」 事例にみる米国チェーンのオペレーション原則

2023/03/01 08:00
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「単純なことを徹底する」 事例にみる米国チェーンのオペレーション原則
渥美 六雄 氏

株式会社日本リテイリングセンター
取締役 リサーチディレクター

チェーン経営システム研究団体ペガサスクラブ企画運営責任
渥美 六雄 氏

 

ウォルマートは「単純化」「標準化」で多店舗化の限界を越える

 米国の事例を紹介する前に、その基本となるチェーンストアの原則の一つを紹介しておきたい。

 チェーンストアや多店舗経営を阻む壁には、店舗数が増えればそれだけ経営が難しくなっていくという特徴がある。店舗が増えると、まず経営層の目が行き届かなくなり 、次に設備パンクや人材育成の停滞、事務作業の激増、さらには固定費の増加、赤字店多発、現場と本部の隔絶、規律崩壊など、最初はできたことがどんどんできなくなっていく。

多店舗経営を阻む壁

 

 この様子をもとに「多店舗化の公式」を作ってみると、Xを現状とし、多くの人は店が増えるたびにX+1+1…と1店ずつ店数を”足し算”で増えていくことを考える。これでは時間がかかり成長は加速しない。現実にはX×nというように店舗数のnが2倍、10倍、100倍と”掛け算”で増えるのが多店舗経営。

 オペレーションが難しくなり、不完全な状態になるとXが1ではなく0.9となる。そう考えると5店舗ならば0.9×5で4.5と、不完全さも”掛け算”で増えて悪くなっていく。しかし実際にはnは乗数となりXのn乗と考えるべき。その場合、0.9の5乗では0.59にしかならない。最初の小さなミスがどんどん膨らみ、やがてチェーンストアビジネスの限界を迎えることになる。

 

チェーンストア・オペレーション

 ではこうした壁を乗り越えた企業は何をしているか。世界最大のチェーンストアであるウォルマートの品出し作業風景を見ると、世界最大のチェーンストアだからといって、何か魔法を使っているわけではなく、ロボットが品出しをするわけでもないことが分かる。

あるチェーンストアの作業の様子

 ウォルマートが世界最大のチェーンになれた要因は、「単純なことを徹底して標準化する」ということ。「単純化」とは迷わず、悩まず、専念できること。「徹底化」は他にはない水準を実現する、卓越するということ。「標準化」はいつでもどこでも誰がやってもベストになるということだ。この3つを組み合わせ、チェーンストアの仕組みを作り上げている。店舗で品出し作業を行うスタッフは、単純なことに黙々と取り組んでいた。誰がやっても同様にできることが大切だ。

 単純化の事例は陳列でも見ることができる。商品はパレットで運んだままに大量陳列されている。商品はパレットに載って生産現場から運び出され、そのパレットごとセンター、店舗のバックルーム、そして陳列場所までそのまま運ばれる。これほど大量の商品でも、店頭では価格を表示するボードを取り付ける単純作業だけである。

シンプリフィケーション

単純化とは「悩まない、間違わない仕組み作り」

 2000店舗を展開する米小売大手のターゲットでは、POPのひとつひとつにバーコードを付けて、スキャンすることで、商品と同様にPOPがどの店舗にいつ設置され、また取り外されたかを本部で管理できるようにしている。

 ウォルマートの青果売場では品質管理の単純化も進めている。青果売場の作業台車には「WIBI」と表示されたマニュアルが備え付けられている。WIBIとは「Would I Buy It」の略。「私なら買うか?」というわけだ。作業者自身が単純かつ判断できるようにしておいて、写真で商品を撤去する水準を掲載している。これくらい単純化することで、完全な商品を顧客に提供している。

シンプリフィケーション

 また別の非食品中心のチェーンストアの好事例として、作業台車の上に30分ごとに4つのステップが表示されていた。➀はバックルームを空にする、②は商品陳列を整理し品出しする、③は売価表示が正しいか確認する、④は在庫が少なくかつ売れ筋商品は棚卸しを行い、いつ店舗に補充されるのかを確認する、と単純な形で絶対原則として表示されている。少なくともこれができていれば、顧客が満足する売場が作れるという経営判断が現れている。

シンプリフィケーション

 他にも単純化の方法はある。ウォルマートのベーカリーは膨大な商品を、店舗ではなく工場で焼いて、冷凍の状態で店舗に届けている。そうすることで朝一番からたくさんの商品が並ぶ。ベーカリー売場のスタッフは段ボールを開けて並べるだけ。日本では店内で生地をこねて焼いている店舗もあるが、そうすると朝の時間帯や夕方の来店客が多い時間帯に商品がない、品出しが間に合わなくなることもあるだろう。

 ウォルマートは単純化を徹底するために、そもそも店舗での作業を無くしている事例がある。入口の前にメーカーの配送車が止まっている。米国では「ダイレクト・ストア・デリバリー」として珍しくないが、地域の他店舗にも商品を届けるので、それぞれのチェーンのセンターに運ぶよりは自分たちの工場から直送したほうが効率的と考えたわけだ。納品作業もメーカーから派遣されたスタッフが陳列・整理を行っている。

 

チェーンストアの“単純化”

 単純化は日本では追求しきれていない。単純化は簡単なことだけやる、難しいことをしないというのではなく、「悩まない、間違わない仕組み作り」によって徹底すること。結果として、標準化つまり常にベストな状態を保てるということだ。

 業務を標準化するために必要なのがマニュアルだが、マニュアルと単純化は相互関係にあると言えるだろう。組織は人の集まりなので、単純化した作業を、誰にでもわかりやすく伝えないと実行されない。一方で、だからといって作業自体が複雑だと、マニュアルの効果も薄まってしまう。

 完全な作業ができる店舗を作るには、今回紹介したような優れた単純化の取り組みに加え、上記のウォルマートのように写真を使ったり、単純化した作業をすぐに更新できたりするようなマニュアルの仕組みが、徹底化・標準化の後押しになるだろう。

※このレポートは株式会社スタディストが2022年12月8日に配信した「“Human Productivity Conference 2022”~ヒトの生産性について考える1日 2nd~」の講演内容をダイヤモンド・リテイルメディア流通マーケティング局がまとめたものです

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