コロナ禍で消費者の節約志向が高止まりするなか、価格の安さは集客を図るうえで依然大きなポイントとなっています。そこで今回は、小売業にとって重要な販促ツールの1つとなっている「クーポン」について、マーケティング・生活者の視点で考察してみたいと思います。「とりあえず店頭やネットで撒いておけばいいだろう」と安直に考えていませんか……?
クーポン施策で起きる”ミスマッチ”をどう解消するか?
突然ですが皆さん、値引きしたいですか? 定価販売したいですか?
小売ビジネスに従事している方であれば、「諸手を挙げて前者!」という方はいないと思います。利益(= 売上高 − 販管費)の最大化を事業目的としているなかで、”戦術”の第一項目として「値引き」が出てくることは少ないでしょう。EDLP(エブリデー・ロープライス)を戦略の核としている事業者さんもいるかと思いますが、それは”事業戦略”として低価格販売を行っているわけで、その場しのぎの”戦術”ではないはずです。
有形であれ、無形であれ、商品・サービス自体の完成度が高いレベルにあることはもちろん、VMD(ビジュアル・マーチャンダイジング)をはじめとした売場の魅力や、顧客コミュニケーション、プロモーションも高め、そのうえで適正な価格(=定価・希望小売価格)で販売していくことが、小売ビジネスにおいて理想的な形であることは言うまでもありません。
……とはいえ、ひとたび自身が生活者(消費者)の立場になった時は、価格比較サイトで最安値を探したり、商品や店舗のクーポンがないかを調べていたりしていませんか? 実際、僕がそうです(苦笑)。
ところで、「自社ブランド名・店舗名 + クーポン」というワードで検索したことはあるでしょうか? この「検索クエリ(語句)」、事業者側と生活者側で大きなミスマッチが起きている物事の1つだと感じています。
いま実際、皆さんのお手元のスマホで、「自社ブランド名・店舗名 + クーポン」を検索してみてください。おそらく、多くの場合で自社のウェブサイトではないページが最上位表示されているかと思います。お時間があれば、競合の事業者名でも同じように調べてみてください。同様の結果か、または競合によってはきちんと検索結果の最上位に表示されているかもしれません。
そもそも、「自社でクーポンを発行・配布していない」という事業者の方もいるかと思いますが、そこには事業者と生活者の間にギャップがあることを認識すべきだと思います。事業者側として、「うちはクーポンやらない」というスタンス・意志・事情があるのもわかります。他方、生活者側は「この店はクーポンがあるかもしれない。一方的に送りつけられるクーポンではなく、自分で検索して”お得”を見つけだしたい」というインサイトが働く場合もあります。
つまり「うちはクーポンはやらない」という確固たる意志を持った事業者と、「クーポンを見つけ出したい」という消費者間の、一種の対立構造が生まれているわけです。このような場合にどのようなコミュニケーションをとればよいでしょうか。
1つに「直接的に値下げをするクーポンはないけど、こんなサービスやイベント企画がある」ということを、きちんと自社サイト内で訴求すべきでしょう。ただし、多くの顧客が求めるのはあくまでもクーポン的な”お得”なので、あまりにもベクトルが違うコンテンツやサービスだと、知りたいことと得られることの”期待値差分”が大きくなるので、注意が必要です。
シンプルに「クーポンはない」ということを自社サイト内に明記することは、かなりの勇気(と社内調整)がいるコミュニケーションかと思います。しかし、顧客の(顕在化された)ニーズを上回った体験を届けていくことで、自社の”ファン”を増やすという道筋が描けるのです。
では、「クーポンの代替となるサービスや企画」とは、どんなものがあるでしょうか。イマドキな施策としては、自社アプリやLINEアカウントの案内なんてものがベタかもしれませんが、前述の「期待値ギャップ」にならないようにご注意ください。アプリをダウンロードしたあと・LINEアカウントを友だち追加したあとに、どんなコミュニケーションを起こすのか。ここは丁寧すぎるくらいに設計したほうがよいです。顧客が知りたいこと・得たいことを突き詰めてチームで話し合ってみてください。
”脳内の一丁目一番地”を占めるクーポンとは?
ここでもう1つ質問です。皆さんのお手元にはいま、どんなブランド・店舗のクーポンがありますか? そしてそれはどこに、どのような形状で存在しているでしょうか?
お財布に入っている
紙幣と同じくらいの大きさの紙製のクーポン券
折込チラシの片隅から自分で切り取った割引券
購買に応じてポイントやスタンプが貯まるカード
郵送されて来た上質紙のクーポン(財布には入らないサイズ)
購入レシートの末端に記載された次回購入時に適用されるクーポン
スマホアプリ
アプリからプッシュ通知でお知らせがきたクーポン
メルマガで告知されてきたクーポン
LINE公式アカウントから送られたクーポン
飲食店検索サイトで予約した時に発行されたクーポン
決済・ポイントアプリ内クーポン
宅配ピザ・寿司のチラシに書いてあるキャンペーンクーポンコード
新興宅配サービスのめっちゃお得に見えるクーポン(初回2,500円以上利用で2,000円オフ…など)
「○○を見ました」など、テレビ番組等で紹介された店舗でサービスが受けれる「合言葉」的なキーワード
と、ざっと思いつく状況や形状を挙げてみましたが、もっとあると思います。そして、自社でやっているのはどのタイプだろう? と思い巡らせてみたり、自社ではやっていないけど、やってみたらどうだろうか? などと想像してみたりしてください。
同時に、「どんなクーポンをお手元に今持っていますか?」と聞かれたときに、自分がいちばん初めに想起した(自社以外の)クーポンは、どこの企業のどんなクーポンだったでしょうか?あなたの”脳内の一丁目一番地”を占有していたブランド・店舗・サービスは、なんだったでしょうか? 同様の質問を家族や友人知人、同僚にしてみてもおもしろいかもしれません。
この質問であえて「お手元に」と聞いたのも、”脳内の一丁目一番地”だけでなく、”物理的な一丁目一番地”(=スマホの面)を取りに行けているか? を問いかける意図もあります。ことクーポンについては、スマホ内に存在しない=脳内に存在しない、という時代に入っているかもしれません。
「2000円オフのクーポン」を撒いても反応しない人がたくさんいる理由
さて、前述のクーポンのリストに、「新興宅配サービスのめっちゃお得に見えるクーポン(初回2,500円以上利用で2,000円オフ…など)」というものを挙げました。
いくら客寄せのためとはいえ、既存の小売業の皆さまからすると、そんな大盤振る舞いなクーポンなんて発行できない、と感じていらっしゃるかと思います。大丈夫です。正常な反応です。一般的にクーポンは、顧客の行動変容を促すためのトリガー・きかっけの1つ。どの事業者にとっても、その原資は無限ではなく、有限です。ただし、割引金額やコミュニケーションプランは千差万別、ということなのです。
例えば、僕が長年勤務していたパルコでも、「クーポンきっかけの来店・購買の単価」の方程式というものが存在しています。さすがに詳細はここでは書けませんが、どこの企業でもある利益構造(粗利益率)から逆算するだけの話です。
先に事例として出した「新興宅配サービス事業者」は、既存の小売事業者に比べて歴史は短いですが、多くのデータを扱う中で、顧客生涯価値(LTV)の算出を起点に、新規顧客獲得単価を割り出し、最適なクーポン配布を行っているのです。2,000円クーポンという価格は通常の小売からみると異常な高値に思えるかもしれませんが(実際高いのですが)、将来を見込んだ売上高から逆算すると最適な数値、という判断なのです。また、デジタルを起点としているが故に、絶対に複数回利用はできない仕組みになっています(多くの事業者が、複製可能なEメールではなく、SMS=携帯電話番号での個人認証を実施しています)
ただし、2,000円クーポンをポストにバラ撒いても、「心が動かない」人も一定数いるのが、クーポン施策のおもしろいところでもあり、難しいところでもあり、深いところでもあります。金額によるきっかけ以上に5W1Hを意識しないと、受け取った人にそもそも響かない、または、受け取った瞬間には「いいな」「行こうかな」「使ってみようかな」と思っても、その熱量が文字通り刹那的・瞬間的なものとなり、忘れられてしまったり、失効してしまったりすることは日常茶飯事です。
また、デジタルのクーポンなどは数字が丸裸になるので、「不都合な真実」を知ることになる覚悟も必要です。インターネットのバナー広告のクリック率(CTR)が1%にも満たない、つまり100人が見ても1人しか広告をクリックしないという今日。クーポンを何万件配信し、何件来店・購買があったかを知ることは、小売のマーケターにとっては、知りたいようで、知ること自体が恐ろしいと感じてしまうかもしれません。
意思のないクーポンのバラマキは既存の顧客にとっても”残念”!
惰性で”意思のないバラマキ”をしているようならば、今すぐ再考すべきです。それは自社にとっても、また既存の顧客にとっても意味をなさない残念な施策以外の何物でもありません。
なぜ「既存の顧客にも残念」なのか? 自社の利益の源泉は、すでにお店やブランドを愛していただいている方々の継続購買のおかげで成り立っているからです。このことを忘れてはなりません。
「新規向けのクーポン施策だから〜」といって、既存の顧客の目に入らないわけではありません。顧客の輪・コミュニティを広げていこうとするとき、既存の顧客が何をきっかけに利用するようになり、何を好きになって継続利用するようになったかをあらためて検証する必要があるでしょう。その顧客にとっても、初回のタッチポイントは「クーポン」だったかもしれませんが、「その後」を知ることは、自社の事業を多面的に見る転機になるかと思います。「答えは顧客にある」のです。
というわけで今回は、「クーポン」についていろいろ思い巡らせてみました。みなさまの「クーポン思考」の再考のネタになれば幸いです!