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「デジタル化と小売業の未来」#12 ユニクロのEC化率が伸びない意外な理由

コロナの影響がEC利用を拡大するかたちとなった小売業界。しかし、前回の記事でもご紹介したように、日本における小売業界のEC化率はどんなに高くなったとしても30%に届くことはない見込みです。なぜ日本ではEC化率が伸びにくいのでしょうか。今回はその理由について解説したいと思います。

EC売上高だけを見ると投資額に見合わない?

 たとえば、「ユニクロ」「GU」を展開する世界的アパレル企業のファーストリテイリング(山口県/柳井正会長兼社長)の数字を見てみましょう。同社が発表した20218月期上期(20209-20212月)の「国内ユニクロ事業」の業績では、売上収益4925億円に対してEC売上高は738億円となっており、コロナ禍でもEC化率は約15.0%となっています。

引用元:ファーストリテイリング 20218月期 第2四半期決算サマリー

 ユニクロはアパレル業界の中でもIT投資がかなり大きい企業ですが、EC化率で見るとアパレル業界では平均的だと言えます。アプリ・WEB・スマホなどデジタル媒体がいくつかあるなか、何か問題があって商品を購入しづらいということもなく、実際にはプロの目から見ても日本一購入しやすいレベルです。

 では、なぜユニクロのEC化率は思ったように伸びていないのでしょうか。以前、ユニクロの幹部の方とお話した際にも、この問題について非常に悩んでいました。会社からは「EC化率アップをめざせ」と言われ改善を重ねた結果、デジタル周りも非常に完成されたものとなっており、ここが悪いという部分が1つも見当たらないくらいなのです。

UX向上がEC化率の上昇に結び付くとは限らない

 「無印良品」を運営する良品計画(東京都/堂前宣夫社長)もEC化率は低いのですが、こちらも他の会社と比べて圧倒的にIT投資が多い会社で、アプリのUX(ユーザー体験)も非常に完成度が高いと言えるでしょう。一方で、EC化率が3040%など比較的高い企業を見てみると、UXはそこまで良くなかったりもします。これらのことからどのようなことが言えるのでしょうか。

結局、人は店舗で買うようになる

  結論から言えば、リアル店舗がデジタルに対応して利便性が高まっていくと、「結局、人は店舗で買うようになる」ということなのです。ユニクロはその典型なのですが、ユニクロのEC売上のうち、実に40%は店舗受け取りとなっており、購入から受け取りまでの導線も非常によくできています。ECでの買物に慣れていれば、ふつうは店舗で商品を受け取るということは面倒なことのはずです。しかし、「モノを受け取るまでの時間を含めたコストが低い方法」で商品を受け取りたいと一般的な消費者は考えています。

消費者は商品を受け取るまでのトータルコストを考慮している

 ユニクロの場合、多くの店舗が駅チカに立地しているため、ECで注文して翌日に自宅に届けてもらうより、最寄りの店舗ですぐに商品を購入するか、用事のついでに店舗に立ち寄って商品を受け取るほうが利便性も高く、商品受け取りのトータルコストが低くなるのです。ユニクロは購入に至るまでにリアル店舗を含め複数の選択肢があることから、デジタル投資を行って改善を重ねても、純粋な売上に対するEC化率を上げることができなかったのです。一方、EC化率が20%を超えるブランドの店舗は都市部の商業施設に多いため、なかなかそのお店に行けない人たちがオンラインショップで購入する場合が多く、結果的に売上に占めるECの比率が高くなるのです。

日本のUX改善は限界値に

 ユニクロが純粋な売上に対するEC化率をKPIに設定する事は本質的には外れており、実際には「EC経由の売上」も含める必要があります。日本でEC化率が伸びないのは、そもそも国土面積が狭いという事情と、店舗受け取りが日本におけるスタンダードになってしまうからだと考えられます。

投資額に対するEC経由の売上をKPIに設定すべきだ

 米国の場合、日本とは異なり国土が広く物流拠点から住宅地が遠いため、未だにアマゾンでも当日や翌日配送のカバー率はかなり低く、物が届くということに対するUXの改善の余白はかなり残されています。一方で、日本ではすでに物が届くまでのUX改善の限界値がきてしまっているため、今後も大手を中心としてそこまでEC化率は上がらないという予測が立つのです。

 ワークマン(群馬県/小濱英之社長)の専務取締役土屋哲雄氏にお話を伺うと、同社の戦略ではとにかく店舗が重要で、当初1000店舗の展開をめざす予定だったものが、今では3倍の3000店舗に増やすという目標に変わっているとのことです。

 日本の場合は、店舗が消費者の身近にあって「商品の受け取り場所」という役割を果たすことが、結局は買物するうえでの体験として非常に重要なのです。アマゾンをはじめとする海外で強いプレイヤーになぜ国内の企業が勝てるかというと、消費者からも要望が多い受け取り場所をしっかり押さえていることがポイントになっているのです。

 このように、独特な発展を遂げている日本市場では、一概に売上だけを見たEC化率の設定がKPIに向かない理由をご理解いただけたでしょうか。ECでの買物が浸透した今だからこそ、消費者が求める価値の変化をキャッチし、リアル店舗が担う役割を追及することが大切です。

 

プロフィール

望月智之(もちづき・ともゆき)

1977年生まれ。株式会社いつも 取締役副社長。東証1 部の経営コンサルティング会社を経て、株式会社いつもを共同創業。同社はD2C・ECコンサルティング会社として、数多くのメーカー企業にデジタルマーケティング支援を提供している。自らはデジタル先進国である米国・中国を定期的に訪れ、最前線の情報を収集。デジタル消費トレンドの専門家として、消費財・ファッション・食品・化粧品のライフスタイル領域を中心に、デジタルシフトやEコマース戦略などのコンサルティングを手掛ける。
ニッポン放送でナビゲーターをつとめる「望月智之 イノベーターズ・クロス」他、「J-WAVE」「東洋経済オンライン」等メディアへの出演・寄稿やセミナー登壇など多数。