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第6回 自分の成功体験の押し付けが部下のやる気を萎えさせる

このシリーズは、部下を育成していると信じ込みながら、結局、潰してしまう上司を具体的な事例を紹介する。いずれも私が信用金庫に勤務していた頃や退職後に籍を置く税理士事務所で見聞きした事例だ。特定できないように一部を加工したことは、あらかじめ断っておきたい。事例の後に、「こうすれば解決できた」という教訓も取り上げた。今回は、ラーメン店のベテラン店主が、新店主に押しつけがましく指導するところから、ひずみが生じた、悲劇をお届けしよう。

 

第6回の舞台:ラーメン店

都内のラーメン店。25年ほど前に夫婦で開店し、最近、義理の息子に経営をバトンタッチした。

 

過干渉がモチベーションを失わせる

 「短い間でしたが、閉店いたします。ありがとうございました」

 シャッターに貼られた紙に、細く弱々しい文字。わずか、2か月で地域ではよく知られたラーメン店「H」が消えた。

 店主は、30代前半の男性。以前は、隣の駅付近でラーメン店「A」を5年ほど営んでいた。妻の父(義理の父)からの勧めで2か月前に「A」を畳み、「H」の新店主となる。

 「H」は現在、70歳前後の義父が25年近く前にオープンさせた。もともと、大手メーカーの工場作業員として勤務し、そこで妻と知り合い、結婚。30年以上前に退職し、ある店で約5年間、無給に近い状態で修業した。その後、「H」をオープンさせ、夫婦で猛烈に働いた。月に2日の休日で、1日に10数時間も厨房に立った。

 店は、繁盛した。月の平均売上は20年以上にわたり、150万円程をキープした。地域では、名物夫婦だった。現在、ともに70歳近いこともあり、昨年、義理の息子を後継者にした。だが、わずか2か月で閉店。売上は「開店祝儀」もあり上々、150万円を超えていた。

 周辺の居酒屋の店主によると、店主は義父からの干渉にキレてしまったのだという。義父は25年の経験をもとに、「こんな味ではだめだ」「このスープにしないと…」と頻繁に厨房で指示をした。しかも、客の前で大きな声で。

 一国一城の主であった息子は耐えられなかったようだ。以前の店「A」は、義父の支援で開店したわけではない。10年以上前に福祉施設の職員を辞めて、ひとりで開業した。その後、知り合った女性の父が偶然にも、隣駅近くで「H」を経営していた。2人とも自営業であり、広い意味でライバルであったのだ。

 「結局、(義父の指示に)全部、言いなりにならなきゃいけない。これでは、ダメになる。俺は、あの人の部下じゃないんだから…」

 息子は前述の居酒屋の店主に、こんな愚痴をこぼしていたらしい。「H」のシャッターは閉じられたままだ。時折、自転車に乗った義父を商店街で見かける。声をかける人は、ほとんどいない。ラーメン店「H」は、人々の記憶から消えつつあるのかもしれない。

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こうすればよかった!解決策

自分のやり方を強制すると、意識を萎えさせてしまう

 愛する娘と結婚した男性は義理とはいえ、かわいい息子のはず。その思いが強すぎると、今回のようになるのかもしれない。私は、次のような教訓を導きたい。

こうすればよかった①
上司の若かりし頃の成功は部下にとっては「遠い昔」の話

 義父の経営手腕は優れている。だが、息子も、それ相応の結果を出してきた。義父はそのことを本当の意味では心得ていなかった可能性が高い。自分の成功を教え込めば商売繁盛し、息子は苦労をしなくてすむと思ったのではないか。しかし、その成功はあくまで義父にとってのもの。他人であり、しかも自営業で、一家言をもつ息子には成功とはいえないのかもしれない。

 これは、会社員でもいえる。上司の若かりし頃の成功は部下にとっては「遠い昔」の話に過ぎない場合もある。少なくとも、上司はそのことを心に秘めて接したほうがいい。成功は控えめに伝えるからこそ、成功に見えるのではないか。

 

こうすればよかった②
実績や成果の捉え方は、個々の背景や価値観により異なる

 さらにいえば、義父は成功と呼ぶレベルのものであったのかどうか。売上はほかのラーメンと比べて確かに多い。25年も店を維持したのはすばらしい。大多数のラーメン店は10年以内で消えていく。だが、息子からすると、それを認める思いはなかったのかもしれない。ひとりで開店し、5年間、店を経営してきた。そのまま経営していれば、義父以上に稼いだ可能性もあった。

 実績や成果の捉え方とは、人それぞれの背景や価値観により異なる。そこに共有するものを見つけるのは難しい。双方が理解し合うのは時間とエネルギーが必要だった。義父は、急ぎすぎたのではないだろうか。

こうすればよかった③
模倣の強制は、最強の武器“意識”を萎えさせる

 義父は息子に自らのコピーをさせようとしたのだろう。店を継がせるのだから、ある意味で当然だとは思う。しかし、模倣の強制はそれを刷り込まれる側の感情やプライドを傷つける場合が少なくない。そして、自営業者の最強の武器ともいえる「意識」を萎えさせる場合すらある。会社員とは異なり、前向きな姿勢や考え方こそ、最大の資産ともいえるだろう。模倣の強制は、それを破壊する。

 1から教える場合、あるレベルに達する時期までは、マネをするべきだろう。そして、手取り足とりと教え込むべきだ。だが、今回のケースはそれとは違う。結局、義父はラーメンを作らせれば、ほかの店を圧倒する力はあった。だが、後継者を育て上げる力は著しく低かったのだ。今回の事例は、プレーヤーとしては優秀だが、部下を育てられない上司としては無能なケースに置き換えるとわかりやすい。

 

神南文弥 (じんなん ぶんや) 
1970年、神奈川県川崎市生まれ。都内の信用金庫で20年近く勤務。支店の副支店長や本部の課長などを歴任。会社員としての将来に見切りをつけ、退職後、都内の税理士事務所に職員として勤務。現在、税理士になるべく猛勉強中。信用金庫在籍中に知り得た様々な会社の人事・労務の問題点を整理し、書籍などにすることを希望している。

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