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バロックジャパンリミテッド 代表取締役社長兼最高経営責任者 村井 博之
商品開発力と販売力を武器に、国内市場の深耕と海外展開を進める

いわゆるギャル系ファッションの代表的ブランド「MOUSSY(マウジー)」を展開するカジュアル衣料チェーンのバロックジャパンリミテッド(東京都)が、2016年11月に東証一部上場を果たした。自社で企画・製造・販売を行うSPA(製造小売)企業である同社は、商品力、販売力を武器に国内市場を深耕しながら、中国への出店拡大や米国進出など攻勢を続けている。どのような成長戦略を描いているのか、村井博之社長に聞いた。

聞き手=下田健司 構成=髙浦佑介(以上、本誌)


販売員出身のデザイナー、競争力のある商品を開発

むらい・ひろゆき●1961年生まれ。84年立教大学文学部卒業後、北京師範大学留学。85年キヤノン入社。94年KAI LUNG CONSULTANTS社代表取締役社長就任。97年日本エアシステム香港現地法人代表取締役社長就任。2004年日本航空入社。06年フェイクデリックHD(現バロックジャパンリミテッド)入社。14年代表取締役社長兼最高経営責任者就任

──現在どのようなブランドを展開していますか。

 

村井 当社は2000年に「マウジー」というブランドからスタートしています。当時10代~20代前半の6人の創業者が「自分たちが着たい服を自分たちでつくりたい」という思いで「マウジー」を立ち上げました。

 

 2000年代は「マウジー」に加えて、03年に立ち上げたブランドの「SLY(スライ)」を軸とした当社のブランド群が、「ギャルブーム」をけん引しました。ギャルブームは、10~20代の女性を中心とした、個性的なカジュアル衣料品を好むファッションブームです。当社の販売員による着こなしや、顧客のニーズを的確にとらえた接客が話題となり、「カリスマ店員」という言葉が当時の流行語になりました。このような「ギャル市場」の盛り上がりにより、当社は創業から4年で売上高100億円を超える企業に急成長しました。

 

 12年には、それまでターゲットとしていた「ギャル市場」とは異なる、30代以上の女性をターゲットとした高級ラグジュアリーブランド「ENFÖLD(エンフォルド)」を立ち上げました。当時は「ギャル向けファッションのバロックに高級ラグジュアリーブランドはできない」と言われましたが、伊勢丹新宿店でフロアトップの売上を達成するブランドに成長しました。

上:主力ブランドの「マウジー」は、SPAによる競争力の高い商品の開発と「カリスマ店員」による販売力で、2000年代の「ギャルブーム」をけん引した
右下:中国の合弁事業「バロックチャイナ」の「スライ」ブランドを扱う店舗。中国のオリジナル商品を約4割揃える
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──15年1月期は売上高625億円、経常利益率3.7%でした。16年1月期の業績はいかがでしたか。

 

村井 売上高は688億円で、15年1月期を63億円上回りました。経常利益率は8.9%で、ほかの衣料品チェーンを大きく上回っています。

 

 店舗数は16年10月現在、国内が360店舗で、海外店舗は186店舗となりました。海外の内訳は、中国176店舗、香港・マカオ8店舗、米国2店舗です。

 

──自社の強みをどうとらえていますか。

 

村井 われわれの強みは、「商品開発力」と「販売力」の2つです。

 

 商品開発力のポイントは大きく分けて3つあります。1つは、当社が企画・製造・販売を行うSPA企業であることです。ほかの小売業から「商品開発に人件費をかけるのはもったいない」と言われたことがありますが、むしろそこに投資すべきだと考えています。100人以上の企画・生産チームで、競争力のある商品の開発に取り組んでいます。

 

 2つめは、販売員出身のデザイナーが商品開発をしていることです。一般の衣料品小売業のように、デザイナーとしての専門知識を身に付けた、いわゆる商業デザイナーが企画するのではなく、店舗で現場を経験した販売員出身のデザイナーが商品を企画します。販売員としての経験を積んだデザイナーは、お客さまがどういうものを好むか、どのような価格であれば売れるかを肌感覚で知っています。ですから、お客さまが買いたいと思うような価格を設定し、コストパフォーマンスのよい商品を開発することが可能となるのです。

 

 3つめは、「多品種少ロット」という欧州型ファストファッションの生産方式を取り入れたことです。日本でファストファッションというと「ユニクロ」に代表される、1つの商品を大量生産し、安く販売する「少品種多ロット」が主流でした。これに対して、われわれは「H&M」や「ZARA」と同じように、品種はたくさんありますが、1つの商品当たりの生産量は多くありません。「多品種少ロット」モデルによって、毎週新作が出る「52週MDメニュー」が可能となりました。

 

──在庫や生産コストはどのように管理していますか。

 

村井 在庫はできるだけ抱えず、売り切ることが大事です。多くのアパレル企業は1つの商品を大量に生産し、売れ残るとセールを実施します。それに対し、当社は極力セールを行いません。1万円で買った商品がセールで7000円になっていたりするとがっかりしますよね。それはお客さまの信頼を裏切ることになります。ですから、在庫をできるだけ抱えないように、製販調整をこまめに行います。過去の販売実績に加えて、日々の売上、天候予測などについて毎週会議を行い、2週間に1度製造の方針を変更します。言ってみれば、お客さまに惜しまれながら完売することが目標です。

 

 生産コストについては、適正化を図るため、高級デニムや「エンフォルド」を除く、全体の8割以上は中国で生産しています。中国の店舗にとっては地産地消となり、物流コストも抑えることができます。

 

1億円を超えるボーナスも、やりがいを高める人事制度

──もう1つの強みである販売力のポイントは何ですか。

 

村井 販売員のモチベーションの高さです。この会社に入社したとき、服に対する社員の情熱の強さに驚きました。それまでいくつかの企業に勤めてきましたが、過去のサラリーマン経験のなかでも、これほど皆が一生懸命仕事をしている組織は初めてでした。そのモチベーションの高さがカリスマ店員を生み出し、強い販売力につながっています。

 

──どのようにして社員のモチベーションを高めていますか。

 

村井 社員が仕事にやりがいや高揚感を感じるような職場づくりに取り組んでいます。当社には販売員出身のデザイナーやクリエイティブディレクターがたくさん活躍しています。販売員の入社時の給料は他社よりも特別に高いわけではありませんが、「スライ」の植田みずきや「rienda(リエンダ)」の中根麗子など過去に活躍した販売員出身のデザイナーたちには社長よりも高い賞与を支給したことがありました。賞与の最高額は1億円でした。それを見ている販売員は、「自分もいつかそういう立場になりたい」と夢を追いかけて仕事に取り組んでいます。

 

 また、人事制度としては、社員を早く昇進させることで働くモチベーションを高めています。25歳で店長、30代でエリア部長、早い場合には30代後半で執行役員になることもあります。1000円のベースアップよりも昇進チャンスがたくさんあればみんな頑張ります。新しいポジションになってから2年ほどで昇進させると、社員はやりがいを感じ、仕事への情熱が高まります。

 

「第1回スター発掘コンテスト」のグランプリ中村真里さん。新ブランド「リムアーク」を立ち上げ、自分のブランドを創設するという夢を叶えた

 そのほか、社員のモチベーションを高める取り組みとして、15年に「スター発掘コンテスト」を始めました。このコンテストは社員全員にエントリーの資格があり、グランプリになると、賞金と「夢を1つ叶える」権利が与えられます。芸能界への進出やモデルへの転身といった、たとえ当社の事業内容と直接かかわらない夢であっても会社ができる限りバックアップします。初代グランプリに選ばれた販売スタッフの中村真里は「自分のブランドを立ち上げたい」という夢を叶えました。新ブランド「RIM.ARK(リムアーク)」を立ち上げ、ブランド・ディレクターに就任しました。

 

 このように仕事のやりがいを高めることで、金銭的な満足感だけでなく、精神的な満足感を共有できる仕組みづくりに取り組んでいます。

 

中国事業で出店攻勢、純利益率10%を達成

──ここ数年、海外の店舗数が急増しています。海外戦略はどのように展開していきますか。

 

村井 日本の衣料品市場は規模が小さく、国内のマーケットを深耕するだけでは限界があります。そこで、成長戦略として、海外への進出を掲げています。海外事業は中国と米国の2つが柱です。

 

 中国事業は13年にBELLE INTERNATIONAL HOLDINGS LIMITED(以下、Belle社)と合弁事業を開始したことが出店戦略の転換点となりました。10年に初めて独資で中国に進出しましたが、中国語を使える社員も少なく、出店速度が上がりませんでした。そこで、中国国内で成功しているBelle社と合弁会社「バロックチャイナ」を立ち上げました。Belle社は中国最大の靴のSPA企業で、中国国内に2万店舗展開しています。バロックチャイナでは、「マウジー」と「スライ」ブランドの店舗を展開しています。

 

 この合弁事業によって出店が一気に加速しました。それまで中国における当社の年間平均出店数は7.3店でしたが、合弁事業開始後は57.6店になりました。中国事業の売上高純利益率は約10%で、日本国内の事業を上回っています。中国に進出した日本企業でこれだけの利益率を出している会社はほかにないと思います。

 

──Belle社との合弁事業によるメリットは何ですか。

 

村井 メリットは2つ挙げられます。1つはサプライチェーンです。独資で進出した日系企業は、日系の商社や物流会社のサプライチェーンに依存しており、北京や上海といった、いわゆる沿海ベルト地帯までしか物流網を持っていません。それに対してBelle社は、中国国内のほとんどを網羅しています。それを生かし、バロックチャイナはほかの日系企業が進出していない内陸の雲南省や貴州省にも出店しています。今年は新疆ウイグルにも進出する予定です。

 

 2つめはコストです。店舗開発と物流にかかるコストを大幅に減らすことができました。たとえば店舗の内装工事で、日系の内装業者の場合、一坪当たり60万~70万円の費用がかかりました。これに対して、中国の内装業者の場合には、コストがその3分の1以下になりました。物流費についても、Belle社は自社物流を持っているため、日本の物流会社に委託していたときの6分の1ほどに圧縮できました。

 

──中国事業の見通しを教えてください。

 

村井 中国は25年に1000店舗以上をめざします。今は出店速度に対して生産が追いついておらず、出店速度を落としています。現在、品質を維持したまま生産量を増やせるよう、生産体制を見直しています。生産量が増えれば、Belle社の年間出店数が約2000店舗なので、バロックチャイナの出店を加速させるポテンシャルは十分あります。20年には中国の売上が日本を上回っている可能性もあります。

 

──米国事業はどう進めますか。

 

村井 米国には16年ニューヨークに2店舗出店しました。2年間はどのようなビジネスモデルで展開するのかを検討する観察期間としています。3年後からビジネス展開を本格的に加速させて、売上高数百億円をめざします。

 

 当社はブランド価値を高めるために、品質やデザインだけでなく、ファッションモデルにも投資を惜しまず、世界を代表するスーパーモデルやカメラマンを起用してきました。この地道な努力が認められ、ニューヨークのあるファッション誌でユニークなブランドとして高く評価されました。現在はニューヨーク在住のアジア人や中国人観光客が主な顧客となっています。今後さらに幅広い層のお客さまに受け入れていただけるブランドをめざします。

 

フォロワー5万人超、SNSを活用した情報発信

──EC事業はどのように考えていますか。

 

店舗・カタログと連携したECサイトの「シェルター」。販売スタッフのSNSでの発信力を利用し、着実に売上を伸ばしている

村井 EC事業は販売員のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)での情報発信力を活用しています。販売スタッフはブログでの発信に加えて、写真共有アプリのInstagram(インスタグラム)を利用しています。

 

 カリスマ店員たちはインスタグラムで数多くのフォロワーを獲得しています。たとえば、「リエンダ SHIBUYA109店」の和田有沙が7.6万人で、「マウジー キャナルシティオーパ店」の林田真梨絵が5.4万人。昔のカリスマ店員は接客力が特徴でしたが、1人で5万人以上のフォロワーを持つ高い情報発信力が現代のカリスマ店員の特徴です。

 

 また、EC事業のユニークな取り組みとして、ウェブストアと連携した通販型ファッションマガジン「SHEL'TTER(シェルター)」があります。「シェルター」は07年に創刊した有料の通販カタログで、500円(税抜)で販売しています。現在、約5万部発行しており、新刊を発売した週はコンビニエンスストアの売上トップ5に入るという人気雑誌になっています。

 

 今のところ、EC事業の売上は全体の10%以下です。当面の目標として20%超えをめざしています。現在、SNSと通販を一体化したプラットフォームを構築しています。SNSとECサイトを連携することにより、当社の強みである販売スタッフの発信力を最大限生かすことができます。これが実装されると、ECの割合が高まると期待しています。