2024年1月14~16日の3日間、全米小売業協会(NRF)による「NRF2024:Retail’s Big show(以下、NRF2024)」が米ニューヨーク・マンハッタンで開かれた。小売業を取り巻く環境としてインフレ、人手不足、サプライチェーンの分断への苦い記憶が挙げられるなか効率的に顧客とのより深い関係性を構築し、新たな収益を得るため、生成AIの活用、リテールメディア、テクノロジーを活用した店内の革新などがメーンテーマとなった。前年よりも5000人多い4万人が参加したNRF2024を総括し、注目のポイントについてまとめた。
「小売業は、根強いインフレ、高金利、悪化する世界の安定、深刻化する小売店での犯罪(リテール・クライム)などの困難に直面している。そうしたなかでもわれわれ小売業は強いレジリエンス(復元性)を維持している」
NRF会長で米国ウォルマート(Walmart U.S.)のジョン・ファーナー社長兼CEOは開会あいさつでこのように、小売業界の堅調な姿をアピールした。
米国はサプライチェーンの分断、深刻な労働力不足、過度な金融緩和などの結果、コロナ禍の2021年5月に消費者物価指数(CPI)が5%を超えて以降、猛烈なインフレに苦しんできた。22年6月には一時9%を超えた。インフレ撲滅に向け、米連邦準備制度理事会(FRB)は急ピッチで利上げを実行、23年7月に政策金利を5.25~5.5%まで上げて利上げは完了となった。インフレ率は23年7月以降連続で3%台まで低下したものの、FRBが掲げる2%のインフレターゲットよりなお高く、24年1月現在もその高い政策金利は維持されたままだ。
ファーナーCEOが自信を持つのには理由がある。継続的なインフレに苛まれた米国では「いつ消費の変調が起こるか」と不安視されてきたが、米小売売上高は旺盛なイベント需要に後押しされるかたちで好調を維持しているからだ。大事なクリスマスシーズンである23年12月の米小売売上高は市場予想を0.2pt上回る0.6%増、年率換算で過去最高売上を更新した。ファーナーCEOは壇上で、NRFが予測する23年度売上高が対前年度比3.6%増、総売上高で5兆1000億ドルに達する見通しだと明らかにした。それでも、経営環境の不確実性は高く、いくつもの課題を抱えるなかで、小売業がいっそう進化するためにNRF2024を活用するようファーナーCEOは促した。
これから小売業界はどのようなテーマのもと、動いていくのか。日本の小売業はどのような視座を持つべきなのか。NRF2024から得られたいくつかのキーワードをもとに解説していきたい。
生成AIの活用進む、課題は
まず挙げたいのが、すでに小売業のあらゆる面でAI活用が進んでいる点だ。対顧客という観点では、膨大な量のデータを解析し、顧客に対するレコメンドの最適化が進んでいる。
米Salesforceの小売担当VP兼GMのロブ・ガーフ氏は「サイバーウィークにおけるオンラインセールスのうち510億ドルがAIが関与した売上で、顧客とのエンゲージメントを高めるために使われたデータ量は倍以上に増えている」と説明する。
従業員をサポートする目的でもAI活用は進む。従業員の離職率上昇が問題となっており、日本と同様、米国小売も人手不足に苦慮している。そこで、AIを活用して従業員の業務をアシスト、働きやすく効果的に成果が挙げられてかつ少ない人員で店舗運営できるサポート体制を進めている。
ChatGPTに代表される生成AIも、この2つの文脈で使われている。たとえば、顧客の困りごとや探し物を解決するうえで、顧客とのチャットで最適な回答を自動生成して従業員に提案、そのままあるいは適宜修正して顧客に返答する。これが顧客満足度につながると同時に、従業員の負担も軽減されるというわけだ。
「58%の小売マーケターが生成AIでクリエイティブをつくっている」とガーフ氏は語っており、マーケティングオートメーションの一環としてのレコメンド文面の作成やECサイトの商品説明の自動生成などに活用が進んでいる。
「92%の小売企業が、これまで以上にAIに投資していく方針」(ガーフ氏)で、すべての小売業が明確なAI活用戦略を持つ必要があるといえるだろう。
米セブン-イレブンのICE戦略
次に、メガトレンドともいえる「リテールメディア」について見ていきたい。前年から大幅に増え、リテールメディア関連のセッションは4つ開かれた。聴講者に日本人の姿が目立ったのも特徴的だった。
リテールメディアのメディア戦略としては、①自社以外の企業も幅広くネットワーク化して巨大プラットフォームをめざす戦略、②自社・自店のお客に対して気づきを促して購買へとつなげる戦略、の2つに大きく分かれる。
そうしたなかNRF2024では双方の戦略の今を映し出すセッションが展開された。顧客データを活用し、よりよい顧客体験を提供する目的でリテールメディアを活用しているのが米セブン-イレブン(7-Eleven)。衝動買い目的のお客が多いコンビニエンスストア(CVS)ならではの戦略であるICE(Immediate Consumption Ecosystem)を実行する。これは、①データによるインサイトと測定ツール、②顧客に気づいてもらい、トライアル、コンバージョンを促す、③顧客とのエンゲージメントを高めるという3ステップからなる。
セブン-イレブンはZ世代が想起するブランドのトップ50に入っている。当然、ナショナルブランド(NB)メーカーも顧客とつながりたいという動機付けが働く。
これを実現するために、セブン-イレブンでは2022年にリテールメディア・ベンチャーのガルプ・メディア・ネットワーク(Gulp Media Network、以下ガルプ)を立ち上げた。他のリテールメディアと違う点は、セブン-イレブンを訪れる顧客の典型的な行動にアプローチする「ICE」にフォーカスした事業を行う点だ。フラリと訪れたお客に対して、店内メディアとアプリを使って商品ブランドへの気づきを与えるなどして、購買行動へと促すのである。店内メディアの一つとしてセブン-イレブンでは現在、2000店舗で店内ラジオプログラム「ガルプラジオ」を展開中。24年中に全店舗に広げていく考えだ。
「リテールメディアを使って有益な情報を送り、いっそうロイヤルティを高めてもらう」のが米セブン-イレブンの戦略である。
ウォルマートのリテールメディア戦略
一方で、「リテールメディアネットワークの黄金期」と題されたセッションでは、小売業だけで完結するのではなく、小売業が手掛けるリテールメディアと外部の広告メディアがパートナーシップを組んで、一連の効果的なマーケティングファネルを構築して、消費者に広告を効果的に届けようというアプローチの重要性とそれによりいかに市場が拡大していくかが示された。
リテールメディア市場の拡大にも期待が高まる。23年に464億ドルだったリテールメディアの広告売上は、25年に721億ドルに達しテレビ広告売上(577億ドル)を追い抜き、27年には1094億ドルにのぼるとの見通しも発表された。聴講者が目の色を変えて、プレゼン資料を撮影していたのが印象的だった。
ウォルマートのリテールメディア担当者は、最大手のテレビ局よりも広いメディアネットワークを有していることをアピール、現在はウォルマート店内での新たな広告アプローチを模索していると語った。具体的には、家電売場のスクリーンや、セルフチェックアウト時のスクリーンなどで、このほか店内のラジオネットワークについても実験中と語る。
このように自社の顧客のみを対象にマーケティングツールとして位置づけるやり方、幅広いメディアネットワークとして位置づけるやり方の大きく2通りあるが、いずれのやり方でも、当初はEC広告とアプリが中心だったなかで、店内メディア広告を活用する動きが米国でも盛んになっていることが見て取れた。
マイクロソフトのリテール・アンロックド
さて、これまで述べてきた生成AIを含むAIを活用した省人化、顧客エンゲージメントの強化、従業員のアシスト、そしてリテールメディアといった小売業が進める課題解決に対して、あらゆるソリューションを提案しているのが、ウォルマートと提携するマイクロソフト(Microsoft)だ。同社は、買物客の全購買行動に対してリーチする生成AIとデータソリューションを提案。スローガンは「Retail Unlocked(リテール・アンロックド)」。DXを進めるにあたり、やりたいけど障壁がありやりきれなかったさまざまなことが、生成AIの登場により、一気に課題解決される機運が生まれた。つまり、リテールと(生成)AIを組み合わせることで、「小売業の持つ無限の可能性を解き放とう(=アンロックド)」という意味が込められている。
一例が、生成AIを組み込み、対話型まで踏み込んでいくECソリューション。顧客のニーズや探し物をサーチボックスに入れると、的確な回答を自動生成してくれて、顧客の買物をサポート、顧客満足度を高め、買い上げ率を高める狙いがある。
店舗従業員が使うアプリケーションに生成AIを組み込んだアシストツールを導入することも推進しており、これにより効率的に成果の出やすい接客が可能になる。さらには効果の出るマーケティング・オートメーションの文面を自動生成するなどに役立てている。
マイクロソフトのブースは始終多くの小売関係者でひと際賑わっていた。
RFID×レジレス店スマートカートに脚光
最後に、引き続き注目が高まっているオートノマスストア、スマートカートの状況をかいつまんで解説したい。詳細はダイヤモンド・チェーンストア誌同梱の流通テクノロジー20~21ページを参照してほしいが、アマゾンゴー以外のオートノマスストアの展示は増えており、小売業の興味はなお高い。背景には、テクノロジーの発展と購買行動データの活用のみならず、顧客のフリクションレスショッピングの実現、万引きの増加と労働コストの上昇に対するソリューションという意味合いがある。投資コストの抑制と万引き防止に主眼を置き、RFID技術が見直されている点も特徴だった(米小売の商品ロスに関する不正対策については『AI画像認識とRFID活用で進む商品ロス不正対策』を参照)。
NRF2023から展示が目立っていたスマートカートは、「リテールメディア」との関連性も高いことから、さらに展示企業が増えていた。アマゾン・ダッシュ・カートは、フリクションレスでスキャンから会計までが済ませられる。たとえば同じ商品を複数買うとき、1つをカメラスキャンしてすべてカートに置けば自動的にカウントされるし、量り売りの野菜を買うときも、野菜名を登録してカートに入れればあとは勝手に計測してくれる。導入店では25%のお客が使い、30%買い上げ額が増えると担当者は胸を張る。
月間500万人の利用者数を誇り「世界で最も利用されているスマートストアソリューション」をアピールするのが日本代表のRetail AIだ。ブースではスマートカートであるSkip Cart(スキップカート)、IoTスマートショーケース、ロス防止機能や画像認証を組み込んだフルセルフレジなどを提案する。スキップカートもフルセルフレジも、小売業の知見と経験を生かした製品のつくり込みに定評があり、ロス防止の仕組みでも、安易にアラートを出すという観点ではなく、「お客に気づいてもらい、正しいアクションを促す」設計を行っている。
リテールAIの永田洋幸社長は「スマートカートの時代が来た。これまでの導入台数と、小売の知見とデータを活用して改善する強みによって、よりよい顧客体験を提供していく」と語る。
このように、レジ、決済関連のスマートソリューションはより現実的なものへと製品が純粋進化しており、普及がさらに進みそうだ。
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今回のNRF2024で印象的だったのは日本からの参加者が非常に多かった点だ。とくに生成AI、リテールメディアのソリューションや実践例に対する注目度は高かった。一方で「日本の小売業は新しいものに手を伸ばすのは早いが、そこから先に進まない」と口にする業界関係者も多かった。
実験で満足して、また次の「魔法の杖」を探すのでは意味がない。自社の戦略を遂行するためにそのテクノロジーをどう活用するのかをトップ含め組織全体としていかに腹落ちさせるかが、投資決断のためには重要だ。
Retail AI 永田洋幸社長
スマートストアソリューション市場拡大!
小売の知見、データ活用しさらに広げていく
Retail AIは、日本製の「スマートストアテクノロジーを世界に広める」ことを目的にNRF2024のブースに出展。東芝テック、NECといったパートナー企業も参加した。永田社長は、技術革新による顧客体験の向上と効率的な店舗運営の実現をめざしており、パートナー企業との協業を通じてこれらの技術をより多くの人々に届けたいと考えている。
NRF2024ではリテールAIの出展規模を拡大し、東芝テックさん、NECさんといった重要なパートナー企業と共に展示を行っている。目的は、日本製のスマートストアテクノロジーを世界に認めてもらうこと。NRF2024は絶好の機会だ。
実際、来場者からはスマートカートのSkip Cartや顔認証フルセルフレジなどの私たちが提供するソリューションに対し、「他と比べても成熟している」「実績もあり優れている」という声を多くいただいている。
スマートカートの展示ブース数は、前年より増えており、市場が大きくなっていることを肌で実感している。時代がやっと追いついてきたということだろう。一周まわって「スマートカートは実用性が高い」ことを小売業に理解してもらえた証拠だ。ここで私たちの強みである、実際の小売の現場での知見、データを活用してよりよいサービスにしていくことで、いっそう市場を大きくしていく。
横展開をすることに非常に長けている東芝テックさん、NECさんと組むことで、Retail AIはプロダクトを磨き込み顧客体験をよくすることに集中できており、これがこの1年の成長につながった。
このようにパートナーさんやコンソーシアムに参加する企業がどんどん増えている。今後も、「どうせ一緒にやるならオープンイノベーションで価値連鎖ができるトライアル、Retail AIと組みたい」と思っていただけるよう、共に新たなソリューションを開発し、よりよい顧客体験の提供にまい進していきたい。