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FABRIC TOKYO最高執行責任者が語る 既存大手がD2Cに参入しにくい「6つの壁」

小売業の新しい潮流として注目されているD2C。その先駆者でオーダーメイドのビジネスウェアを提供するFABRICTOKYOの三嶋憲一郎取締役は、D2Cは単なるウェブでの直接販売ではなく、顧客のどのようなニーズに対して価値を提供するか、そしてときにサプライチェーンの見直しを含めた大変革が必要であると説く。同氏が出版した「リテール・デジタルトランスフォーメーション」では、自社の取り組みをマーケティング、組織運営、ファイナンスなどから解説している。そのなかから、既存の大手企業がなぜD2Cに参入しにくいのかについて紹介する。

小売業に押し寄せる大波D2C。その「壁」をいかに乗り越えるかが成功のカギを握る(oonal)

既存大手が D2C  に参入しにくい理由は組織運営にある

 この質問もよく聞かれるのでまとめて説明します。我々は創業から現在まで感じていることは、大企業がD2Cに参入しにくい理由は組織運営にあるということです。 D 2 C が要とするビジョンやバリューの策定には、困難な壁が多数立ちはだかるからです。

①既存店舗や人材の壁

 顧客体験をベースとした「商品を売らない店舗」のような施策を打つとなれば、ビジネスモデルが大きく変わるため、店舗の統廃合が生じたり、やることがなくなる人材が出てきます。特に旧来の小売は固定費として既存店舗や人材を保有しています。それを不良資産として、リストラクチャリングを断行できるかどうかは、大手にはなかなか難しいのではないのでしょうか。

②経営手法の壁

 D 2 C モデルの KPI は売上(客数、単価等)・粗利よりはLTV ( Life Time Value=顧客生涯価値)や継続率に比重を置いています。既存大手が重視する売上高といったフローの指標ではなく、ビジョンに結びついた目標設定、さらにLTV や顧客満足度など、アセットな指標への転換を図っていかなくてはなりません。つまり経営手法そのものを刷新する必要があるわけです。

③OMOの壁

  D 2 C がOMO (オンライン・マージズ・ウィズ・オフライン=オンラインとオフラインが一体)でビジネスを展開していく以上、すべてがデジタル基軸に変わります。グロース手法、集客手法もテック企業のやり方を理解した上で、改善していく必要があります。

④人材評価の壁

 ①~③の壁を突破しようとするさいに連動して発生するのが、人事評価の刷新です。「商品を売らない店舗」のようなケースで、リストラクチャリングに替えて人材を活かそうとすれば、販売員のノルマやインセンティブを大きく変える必要があるのは当然です。人材に求められることが変われば、評価も刷新しなければなりません。

⑤システム開発の壁

 既存大手はシステム開発を外注していることが多いため 、D 2 C のようなスタートアップに比べて開発の柔軟性やスピードが劣る点も壁となります。OMO基軸の D 2 C では、柔軟かつスピード感のあるシステム開発は必須です。また単に開発して終わりではなく、顧客の変化や時々刻々生じる課題に対して、臨機応変にシステムを改善し続けなければなりません。そのためにも、社内にエンジニアチームを置く必要があり、彼らが働きやすい職場環境や事業戦略は必然的にテック企業の要素を強くします。そもそもエンジニアが小売で働きたいかというとそうでもないのが現状なので、D2C組織運営の要となる人材を配置していくためには、組織カルチャーの部分でもテック企業に近いものが求められるとも言えます。

⑥世界観の壁

 既存大手は、経営層やブランド責任者がスタートアップに比べて高齢で、ミレニアル世代、 Z 世代の共感を呼ぶ世界観作りが難しいという壁があります。デジタルネイティブと呼ばれる彼ら(=顧客)に好かれるブランドになるには、すべての社員が同じビジョンを見た上で、それぞれが世界観を表現できなければなりません。これは中長期的に見ると、じわじわとインパクトが出てきます。

組織の変革が必要

 以上を踏まえると、経営者が相当な覚悟と責任感を持って臨まなければ、大手企業の D 2 C による小売の変革には多くの困難を伴います。事業をD2Cに展開していくことは、組織そのものを改革する必要があるからです。しかしだからこそ、大手にとってもWHY(ビジョン)から始めるリテール DX (※デジタル技術をツールにしながら、小売事業への考え方や仕組みの転換をはかっていくこと)の基本に改めて立ち返ってみるのが効果的ではないでしょうか。大手が動くことで、サプライチェーンの川下までその考えが浸透することになるため、業界全体の変革を後押しする力になるのではないかとも思っています。

専門家の知恵を借り、社内にストックする

  D 2 C は、総合格闘技的な要素が強いモデルですビジネスモデルです。自社単独のノウハウだけでは、複雑なバリューチェーンを円滑に運営していくのは難しい。もちろん自社ですべてを賄えば、それだけで競争優位性を持つことになりますが、組織運営の力点をそこに置く必要はありません。自社にノウハウが貯まる形にしておけば良いのです。社会における多様な知見を社内にストックし、アセットとしてノウハウを貯めることをお勧めします。

 FABRIC TOKYOも様々な社外の専門家を活用してきました。デザイン会社、マーケティングコンサル会社、広告代理店、繊維のもの作りアドバイザー、 縫製工場経営者、営業コンサルなどなど。 D 2 C をやっていると必ず、バリューチェーンのどこかで課題が出てきて、自社で解決できなくなることがあります。世の中には必ず、その解題を解決できる分野のスペシャリストが存在します。彼らの力を惜しみなく活用すべきでしょう。そういったネットワークを作ることも、 D 2 C の組織を強くする秘訣と言えます。