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コロナ禍で変わった いなげやのデジタルマーケティング

リテールdXメインイメージ

「withコロナ」時代に入り、小売業全体、とくに食品スーパー(SM)ではチラシによる集客など、従来型の販促手段が通用しなくなった。いなげや(東京都/本杉吉員社長)では新時代の販促に取り組み始めた。同社が取り組むアフターコロナ時代のマーケティングについて、グループ経営企画本部情報システム部部長の堀合洋介氏に話を聞いた。

コロナ前から閉塞感があった

堀合洋介氏(ほりあい・ようすけ)
1977年生まれ、北海道出身。
大学卒業後、新卒で株式会社いなげや入社。ネットスーパーや
オンラインショップの立ち上げを行ったのち、決済関連の主管
業務と併せて、自社ポイントカードや提携クレジットカードの立
ち上げを行う。
2018年より販売促進部長として、販促全般を担当。2020年
7月より現職

――現状、SM業態で販促の中心はチラシです。いなげやさんではどうですか。

堀合 コロナ前まで、当社もチラシとポイントカードが欠かせない二大販促手段となっていました。チラシはできるだけ多くの商品を載せ、特売品を目玉に集客。ポイントカード戦略も顧客の囲い込みを建前に、ポイント還元でお金をばらまくことで集客して来ました。
しかし、これらの従来型の「お金をばらまく」販促方法には、コロナ前からすでに閉塞感を感じていました。チラシはお客さまのニーズの多様化から効果は落ち続けていますし、ポイント還元もどんどん過熱しました。

――従来の販促が通用しなくなってきたのですね。

堀合 はい。これらを実施すると、売上はたしかに上がるものの、費用対効果を考えると続ける意味があるのかどうかわからない水準になっていました。 そこで、いなげやでは2019年から、どうやったらいなげやのことを好きになってもらえるのか、また、どうやったら来店頻度を上げることができるか、新しい販促手段について検討をしてきました。 そういった閉塞感があった中、コロナ時代が始まりました。

チラシ販促の無力さを痛感した

――コロナ禍により御社の販促はどのように変わりましたか。

堀合 これはどこのSMも同じだと思いますが、まず、「三密」を避けるために、「集客する」という販促の根本的なことができなくなりました。チラシ、キャンペーンもすべてやめました。
 「お客さまを集めてはいけない」というのがけっこう衝撃で、これまで良かれと思ってやってきたことが否定されたように感じました。
 一方で、変わるチャンスだとも思いました。20年3月以降は、従来の販促なしにお客さまが来店して頂ける状態が続いていました。コロナ禍によってお客さまの消費行動は変わりました。従来の販促方法に戻すのではなく、その変化に合わせて、新しい販促にチャレンジできるチャンスだと捉えました。

チラシは週2回から1回に減らし、掲載するアイテム数も半減。商品価値を訴求すると同時に、店舗オペレーションを軽減させるねらいだ

――販促の柱であったチラシはどのようにしましたか。

堀合 コロナ前までは週に2回打っていました。夏ごろから首都圏のほとんどのSMはコロナ前の状況に戻していますが、いなげやは週に1回にしました。また掲載するアイテム数を半分に減らしました。

――これはどのようなねらいがありますか。

堀合 今、現場は営業をすることがいちばん大切です。現場のオペレーション負荷を低減させることがねらいの1つです。チラシの数が半分になり、1回あたりのチラシの掲載アイテム数も半分になったため、「広告の品」などPOP変更も従来の1/4ですむようになりました。

――ポイント還元についてはいかがですか。

堀合 ポイント施策はコロナ前から費用対効果が見合わなくなっていたため、5年前から減らしてきました。FSP(買物金額の累計によって各種特典を提供するサービス)も囲い込みにつながらないと思いやめました。

デジタルを使って価値を訴求する

いなげやではコロナ禍以降、「お客さま主体」の新しい販促に取り組んでいる

――従来型の販促が通用しなくなっていく中、御社では新たに何に取り組むようになりましたか。

堀合 全体的な方向として「小売主体からお客さま主体」という考えに変更しました。
 たとえば、当社で作っているオリジナルレシピを廃止し、クロスMDもできるだけやらないようにしました。それらは「小売主体」の考え方だったからです。「タコのマリネ」のオリジナルレシピやクロスMDは「小売が売りたいものを売りたいように売っている」ことになります。そうではなく、おいしくて値ごろ感のあるタコを販売すれば、マリネだけでなく、たこ焼き、酢の物などお客さまが食べたい方法で購入してもらえます。課題はそれをどうお客さまに伝えるかです。

――「お客さま主体」の販促はどういったものになりますか。

堀合 小売の都合で行うのではなく、お客さま一人ひとりを対象にした販促です。個人の消費行動に合わせて、その人にとって最適な販促です。
 究極を言えば、一人ひとりに接客をして、その人に合った商品を勧めることができればいいのですが、それは現実的にできません。そこで、デジタルの力を借りることにしました。
 デジタルマーケティングを考えた際、自社でエンジニアやクリエイターを抱えているわけではないため、自社で内製化するには「コンテンツ力」「システム開発力」のリソースが足りません。
 かといって、当社向けのサービスとして、既存のITベンダーに依頼すると費用が高く、到底費用対効果が合いません。  そこで、自社とさまざまなサービスのハブになってくれる「情報卸」を取り入れました。

――情報卸はどういったものですか。

堀合 日本アクセス(東京都/佐々木淳一社長)の100%子会社D&Sソリューションズ(東京都/中村洋幸社長)が小売企業のDX化を支援するサービスです。小売業と各サービスベンダーを「データ(情報)の卸」として繋ぐことで、デジタルサービスを活用することができます。
 情報卸のプラットフォームがあることによって、ゼロから1社のためにデータ分析やシステム開発を行うのではなく、共通のプラットフォーム上で、各社のニーズに合った課題解決ができます。そのため、他社と差別化した、各社の課題を解決することができます。

――いなげやは情報卸を活用し、具体的にどのようなことに取り組みますか。

堀合 ダイナミックプライシングとサブスクリプションサービスを検討しています。
ダイナミックプライシングを活用することで、これまでタブーとされてきた「人によって価格が異なる販売方法」を考えています。
同一価格で販売する「平等」がこれまで小売業の常識と考えられていましたが、本当にそれが平等なのでしょうか。いなげやに毎日買物に来てくれるお客さまと年に1回だけくるお客さまがいれば、毎日来店いただいている方に多く還元する方が「平等」ではないかという考え方もできます。
ダイナミックプライシングを導入することで、普段からいなげやで買物していただいているお客さまにより多く還元できるようにしたいと考えています。

――SMでサブスクリプションサービスはどこもやっていませんね。

堀合 はい。でも可能性はあると思っています。たとえば牛乳の1カ月券とか。絶対にニーズはあると思うんですよね。情報卸を使って、そういったサービスを実現できないかと検討しています。
 情報卸では初期費用が低額で、簡単にいろいろな実験をすることができます。その手軽さを生かして、アフターコロナ時代に合った「お客さま主体」の販促にチャレンジしていきます。