メニュー

社長交代のしまむら 株価が暗示する、事業立て直しの切迫度と被買収のシナリオ

2020年2月21日、しまむら(埼玉県)は代表取締役を交代、これまで代表取締役社長を務めた北島常好氏(同日付で取締役会長に就任)は任期2年でその座を鈴木誠氏に譲った。その前任である野中正人氏が代表取締役社長として在任した期間は約13年と長期であったことを考えると、今回の社長交代はしまむら経営陣に変化を求める機運が急速に高まったことを示していると思われる。

停滞する業績と6つの課題

 しまむら経営陣の刷新を駆り立てているもの、それは伸び悩む業績にあることは疑いない。2019年12月24日付の会社による通期業績予想によれば、連結売上高は3期連続減収の5280億円、経常利益は前年度比微増の266億円を計画している。この経常利益の水準は金額としては十分かもしれないが、2017年2月期の500億円から見ると約半減という水準にとどまる。

 しまむらのオペレーションの課題は、プライベートブランド(PB)の商品性(商品力や商品特性)、売場レイアウト、チェーンオペレーションの功罪、古着市場の台頭、EC市場への対応など多岐にわたるようだが、会社側が詳細な開示しているわけではないため深入りは避け、これは他の論者の議論に譲りたいと思う。

 しかし公開資料からも問題点を浮き彫りにすることはある程度できる。

- 店舗数・売場面積の増加ペースが鈍化
- 主力のしまむら業態の既存店売上高が2018年2月期から3期連続でマイナス
- 主力のしまむら業態の全店客数が2期連続で減少
- 売上高営業利益率が5%を下回る(2012年2月期には9.4%あった)
- 売上高人件費率の上昇
- 在庫回転率の悪化

予想される業績改善とは?

 以上6つの課題を踏まえると、予想される業績改善策の骨子は以下のようになるだろう。

- 事業の絞り込み(ただししまむら業態のウエイトが高いので後回しの可能性が高い)
- 不採算店舗のスクラップ&ビルド
- 店舗サイズの見直し
- 省人化オペレーションと関連投資
- 在庫管理の強化
- オムニチャネル強化

 在庫管理の強化は、PBの商品性、発注手法、値決め、店舗在庫の適正化と価格政策の柔軟化、店舗権限など同社のオペレーションの根幹に関わるテーマになる。これまで同社は競争上の観点から情報開示を限定的にとどめてきたように見受けられるが、次回の通期決算の発表の場では、一歩踏み込んだ戦略説明を期待している。それに合わせて、同社が必達と考える経営指標を積極的に公表しコミットを強めてほしい。

株価は解散価値を下回る

 急な社長交代は、業績の伸び悩みが深刻化する前に素早く手を打つためであることには異論がないと思うが、筆者はそれに加えて、株式市場からのプレッシャーが高まったのではないかと考えている。

 しまむらの株式時価総額は現在約2800億円(2020年2月26日現在)で、日本の上場小売企業の中では27位にある。アパレル関連ではファーストリテイリング(6兆円)、ワークマン(6200億円)、ZOZO(5000億円)、良品計画(4500億円)に次ぐ位置づけと言え、決してポジションは悪くない。

 しかし問題は株価評価指標である。まず、株価を一株あたり純資産で割った株価純資産倍率(PBR)だが、しまむらの直近のPBRは0.77倍になる。この比率が1を割れる場合、株価が解散価値を下回るため、理屈の上では事業精算を迫られても不思議がないことになる。

伊藤レポートとは2014年8月に公表(17年10月にアップデート版を公開)された、伊藤邦雄一橋大学教授(当時)を座長とした、「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト(経済産業省)の最終報告書の通称で、ROEの目標水準を8%と掲げた。

 PBRの水準は、一般に当期利益を株主資本で割った株主資本利益率(ROE)と関連づけられることが多い。しまむらの場合、2019年2月期と2020年2月期会社予想のいずれの数値も4.5%程度にとどまるとみられ、2014年に公表されたいわゆる「伊藤レポート」が上場企業に求める8%という水準からは大きく解離している。

 したがって、株式を運用する運用会社から、ROE改善策とそれが達成できない場合の善後策について具体的な案を求められているはずだ。

買収対象リストに上がる可能性

 一歩進んで注目したい指標がEV/EBITDA倍率である。分子EVはエンタープライズ・バリュー(企業価値)を意味し、株式時価総額に有利子負債を足して現預金等を引いた金額である。一方、分母のEBITDAは利払い前・税引き前・減価償却前利益(Earnings before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)を指し、簡便的には営業利益に非現金費用である減価償却費とのれん等の償却費を足したもので、企業の営業キャッシュフローの代数になる。

 したがって、EV/EBITDA倍率は、企業の投下資本である有利子負債と株主資本を時価ベースに引き直して合算し、その合算値がその企業が現金ベースで稼ぐ力の何倍かを見る指標ということになる。

 ここで、現在のしまむらのEV/EBITDA倍率を見ると約3.4倍で、小売企業では群を抜いた低さである。ちなみに、手元資料によれば次点はドトール・日レスホールディングスの4.5倍、ついでアークスの4.7倍などで、しまむらの倍率の低さが際立つ。これは、しまむらを企業買収したい人にとって投資回収の早さを示す魅力的な指標に違いない(なお、同社はオペレーティングリースのうち解約不能のものに係る未経過リース料が2019年2月末現在339億円あるが、仮にこれを加味しても4.5倍程度になり引き続き低倍率である)。

潜在的買収者は誰か?

 ではしまむらの買収を検討する人はいるのか、以下の3つの可能性について考えてみたい。

 第一に、マネジメント・バイアウト(MBO)。経営陣等がしまむらの株を買い占め、非公開化する可能性である。従来しまむらは外部の仕入れ業者と緊密に連携してPBを展開してきたが、ここからさらに進んでPBの製造小売に展開し、アパレルの上流工程を管理していきたいとするならば、一旦株式を非公開化し、会社の仕組みを抜本改革して、準備ができ次第再上場するという選択肢を考えているはずである。

 第二に、プライベートエクイティ(PE)ファンド。経営に外部の血を入れ、リストラすべき事業・店舗をしっかり整理・再構築し、商品開発・サプライチェーンマネジメント・在庫管理に最新の手法を持ち込むことで収益性を劇的に改善できるという確信があるPEファンドであれば、買収に手をあげて不思議はない。

 第三に、隣接業態の小売事業者。しまむらのPB調達力、ロジスティックス、全国にまたがる店舗網に魅力を感じ、かつ商品的に補完が可能な他の小売事業者がいても不思議はない。EC事業者が実店舗の販売チャネルを求める場合も想定される。

短期有価証券1470億円の資金使途を明示すべき

 買収の可能性に加えて、アクティビストの出現も考えておくべきである。実は、先ほどのEV/EBITDA倍率の計算根拠は次のようになる。

 分子=株式時価総額2800億円+有利子負債ゼロ−現預金270億円−短期有価証券1470億円=1060億円

 分母=営業利益会社予想259億円+減価償却費会社予想54億円=313億円

 つまり、しまむらのEV/EBITDA倍率が低いのは、株式時価総額の半分を占める短期有価証券があるからであり、おそらくこの大半は譲渡性預金だと思われる。

 アクティビストがここに着目して、特別配当ないし自社株買いを要求してくることも十分あるのではないか。

 一方でしまむらの経営陣としては、業績が伸び悩む今こそこの預金(と負債余力)をM&A(合併・買収)を含めた事業展開に有効活用したいはずだ。この短期有価証券の使途をしっかり示さなければ、逆に株主・投資家からのさまざまなアプローチが増えていかざるを得ない。社長交代を機に、ぜひバランスシートの活用をしっかり包摂した経営戦略の提示を行うことが、しまむらの株主全体を納得させるには必須だと考える。新経営体制に期待するところである。

 

プロフィール

椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、米系資産運用会社の調査部で日本企業の投資調査を行う(担当業界は中小型株全般、ヘルスケア、保険、通信、インターネットなど)。
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、独立系投資調査会社に所属し小売セクターを中心にアナリスト業務に携わっていた。シカゴ大学MBA、CFA日本証券アナリスト協会検定会員。マサチューセッツ州立大学MBA講師