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ビッグデータを制する企業が勝利する理由と、M&Aできない企業が淘汰される事情

新年明けましておめでとうございます。今年も頑張って、しっかり書き続けてゆきたいと思います。
さて、今回のテーマは、デジマ(デジタルマーケティング)である。デジマは次世代のアパレル企業競争力のキーワードとなる破壊的イノベーションを起こしうる技術である。
じわり企業内部に浸透しつつも、現場担当者は「会社のデジタル・リテラシーがあまりに低くて、いつも本格的なデジマ構築を後回しにされる」と口をそろえる。それならば、と私が「複数のリテーラーの顧客データを共有し、LTV (顧客の生涯価値)を高めればどうか」という提案をしたところ、「本当にビッグデータの高度な分析をできるレベルの人材が相手側にいるのか」「個人情報保護法によって、異なる企業と顧客データを共有することが難しくなっている」と及び腰だ。
しかし、市場の需要以上に供給が増えている今、企業が勝ち残るためには顧客をしっかりと囲い込み、顧客が落とすお金を自社グループの中に落とすクロスプレイは必須である。今日は、新春第一弾ということで、私が考えるビッグデータ戦略について持論を展開したい。

動態的データと静態的データ

greenbutterfly/istock

 まずは、基本から入ろう。

 顧客データと一言でいっても、「静動的データ」と「動態的データ」の2種類がある。

 静態的(スタティック)データとは、年齢」「性別」「名前」「メールアドレス」など、基本的には変わらないデータのことだ。

 一方で「今日、ワインを買ったあと、メガネを買った」というような顧客の「動き」を表すデータを動態的(ダイナミック)データと言う。

 顧客データの中で、前者はほとんど分析ツールとしては使えない。後者のダイナミックデータ(顧客一人の膨大な買い回りデータ)こそ、データ分析に必要なのだ。

 例えば、静態的データといっても、変わらないのは年齢だけで、名前も(女性であれば)変わる可能性が高いし、引っ越せば住所も変わる。しかし、「私の会社には100万人の顧客データがある」と豪語するアパレル企業もいるが、よく調べてみるとスタティックデータだけで、そのうち40%はメールアドレスが変わっていたり、引っ越していたりして使えなくなった「デッド」(使えないデータ)だった、ということがあった。

 この場合、ビッグデータとはいえないし、ビッグデータアナリシス(大量のデータの分析)まではほど遠い。これは、FSP(Frequently shoppers program: よく利用してくれる顧客の管理)といって、大昔のMBAの教科書にでてきた、飛行機会社のマイレージプログラムである。そして、実は日本のアパレルレベルはこの段階なのだ

 そもそもビッグデータ解析の技術的背景には、半導体の性能が18か月ごとに2倍になる「ムーアの法則」という経験則がある。これにより、膨大なデータ分析が可能になったというわけだ。

 私たちが使うスマホを例にとれば、一昔前のスーパーコンピュータ並の性能をもっていて、例えば、10万人の顧客の一人ひとりの購買履歴や買い回りから、共通の購買特性を持つ顧客群をクラスタリング(ひとつの共通グループとして認識する)することが可能なのだ。 

 したがって、顧客データが何年もたって膨大になっても、一人ひとりの購買特性、そして、その同一購買特性を持つ顧客が、もはや、私たちが分析できないほど複雑な購買特性をもっていても、恐ろしいほどのスピードと細かさで数十万人という人間の購買特性を行いクラスタリングが可能になるのである。これが、ビッグデータアナリシスである。

M&Aできない企業が淘汰される事情

metamorworks/istock

 ちなみに、このように神の領域にしか見えないマーケティングでも、パソコンを自在に操る「人」がいなければ、新しいクラスターは見えない

 したがって、類い希なる「マーケティングセンス」を持ち、同時にコンピュータを自由に動かせるデータサイエンティストと呼ばれる人間が必要となるのだ。

 ひとえにデータサイエンティストといっても、日本ではAIを活用して、教科書通りの分析をする人間は沢山いる。

 だが、そのような人はデータサイエンティストとしては失格だ。

 データサイエンティストには、町をじっくり観察すれば、世の中のわずかな変化に気づき、「ひょっとしたら世の中はこうなっているのではないか」と、いう初期的仮説(分析力)を持つことが重要なのだ。その仮説を、ビッグデータを使い、ターゲットの新しい購買特性をデータから証明するのである。

 残念ながら、そもそも日本のアパレルにはデータといえるレベルのものがないため、現時点ではデータの整理整頓を必死にやっている段階だ。こうした状況を情報システムに「なんとかしろ」と押しつけ、また、ビッグデータアナリシスとは何かを理解せず、「我が社は100万人の顧客データをもっています」といっている経営者をみれば、この企業のデータマネジメントのレベルがわかるというものだ。

  こうした段階から一気にデータを整理し、腕の立つデータアナリストを捕まえる方法は何だろうか?

 それは、弱り切った通販会社を買収し、アクティブ顧客(まだデータとして活用できる)を入手するということである

 日本企業は、こうした企業買収を使った自らの「七変化」をわかっていない。資本主義では、経営が弱り切った場合、株価は落ち資金は枯渇する。つまり、新たな資金の出し手(投資家)が必要となるわけだ。

 ところが、自ら金の卵である顧客データをもっているにも関わらず、「金がない」の一点張りで投資もできない会社がほとんどだ。

 だからこそ、企業内に腕の立つM&Aコンサルを参謀として雇う、あるいは、そのような人材を外部から採用して、そうした「金の卵を持つも、投資のできない会社」を選別し、買収するのである。

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メタバースの世界で新しいクラスターが次々と生み出される

Khanchit Khirisutchalual/iStock

 さて、なぜ、バブル世代のマーケティングが通用しなくなったのか。なぜ、どのような工夫をしても、プロパー消化率は50%を切らないのか。

 実は、これらの背景には非常に今日的なデジタル社会の影響がある。 

 一昔前、私たちが影響を与えたり受けたりする場所は3つしかなかった。いうまでも無く、「家」、「学校」、「会社」の3つである。

 自宅では人としての基礎ができ、学校では友人との交流が生まれ、ここで新しい価値観が形成される。そして、会社に入り「社会のルール」というものを教えてもらい上司から先輩を尊敬することや、競争のルールや経済・経営などを教えてもらった。

 こうして、人の価値観が生まれ、その過程で結婚相手が見つかり、会社は終身雇用で従業員は20代後半になれば、安心して結婚し家族を持つことができたし、会社の信用を持ってして大きな住宅ローンも組むことができた。

 若干、近所のお隣さんなども、新しい仲間として自分の価値観形成に役立つが、その程度である。だから、裕福な人は裕福な人が集まるエリアに住まい、やはり「年末はハワイ?プーケット?」などという会話の中で生きてゆくし、高校生なら早稲田、慶応は当たり前、第一志望は東大、という具合に自分の人生のルールもおぼろげながらできてくる。

 長々と、バブル時代の人の価値観の形成について話したのは理由がある。このころのマーケティングは極めて簡単だったからだ。例えば、東京、大阪、神戸、京都などの都市は比較的裕福でファッション感度が高い人間が多い、などである。

 私も若い頃は田舎にすんでおり、雑誌「ホットドッグプレス」がバイブルだった。こうした雑誌は、大学さえも「xxx系」とよび、この大学に通っている人は「xxx系」が多い、などと書き、また、それを読んだ人はそのように考え、実際、その大学にはいった人は自分を「xxx系」にしたのである。 

 しかし、こうした「日本人の価値観の形成」を大きく破壊したのがインターネットだ。特にSNSYouTubeInstagramの力は恐ろしい。私も、各種SNSから発信しているが、中国の弁護士が訪ねてきて、一緒にランチをしたし、いきなり「弟子にして欲しい」という若手から連絡がきたばかりだ。

 考えてみれば、私の最近の知り合いは、ほとんどネット経由で知り合った人ばかりだ。

 つまり、我々の「家」、「学校」、「会社」という「リアルの世界」から、「バーチャルの世界」、つまり、メタバース空間で私たちは新しいクラスターをつくっており、メタバースの中で、新しい、そして、それは過去存在しなかった、あるいはあっても排除されていたようなクラスターが、どんどんできてきたのである。 

 これが、デジマを駆使できない人間が、バブル時代の「リアル世界」から「メタバース」の世界の全く新しいクラスターが見えない理由であり、マーチャンダイジングを大きく外す理由だ。

 考えてみて欲しい。今、アプリで男女が出会い結婚することは普通になったが、私たちバブル世代は「アプリで男女が出会う」と聞いただけで、ヘンなことを考えてしまう。

 LGBTQ+もそうだ。「家」、「学校」、「会社」でしか価値観形成ができない場合、自分がLGBTQ+であっても、それを否定しようと苦しんでしまう。しかし、メタバースの世界で様々な人に会えれば、むしろ「自分は普通だったのだ」と、より声も影響力も大きくなり、さらに仲間を増やしてゆく。

 実際、私も世界の見方が独特であり、そのことにコンプレックスを感じていたが、ネットで持論を展開すると、私の主張に賛同してくれる人がどんどん増えていった。これは、デジタル社会がもたらした「メタバース」(仮想空間)の中だから生じた新しいつながりと言っても良い。

変化1 2023年はAI元年となる

Sylisia/istock

 ここで、上述も踏まえたうえで、2023年に起こるであろう3つの変化について解説したい。

 1つ目が「2023年はAI元年になる」ということだ。

 一部のデジタルベンダーは、アパレルビジネスの本質を理解せず、無限の力を持つAIを、単なるDBの代わり程度(デジタルベンダーには、DBという言葉も分からないだろう、ディストリビューターである)にしか思っていない。

 だが私は、今年はAIを活用した使える技術が次々と生まれるだろうと思う。実際、私のところには、今になってAIを活用した驚くべき技術、例えば、我々人類が見たことがないようなデザインを無限につくり続けるようなことができるものが誕生した。私自身、AIに相当の自分の時間を使おうと思っているほどだ。

 変化2 エセSDGsは淘汰される

 2つ目がSDGsについて。今のSDGsは、キャスティングも議論の進め方もすべて間違っている。

 「先進国の成長は止まり、成熟経済にはいってゆく。一方、東南アジアとインドは今後、大きく成長する」という、まことしやかにいわれている話は本当なのか、しっかり検証してみてほしい。

 そして、仮にそれが本当だとしたら、成長がとまった時代に、いかにして私たちは資本主義と付き合ってゆくのかという本質的な問いに対する答えを、国や地方自治体が出すべきだ。

 例えば、私はアダストリアの「O0U」(オー・ゼロ・ユー)というブランドに注目している。このブランドはオーガニックコットンなどの素材を使い、日本では珍しく、この論考でも紹介したHigg Indexに準拠した生産を行う、正真正銘の「サステナファッション」である。

 だが、全く話題になってもいないし、同社のIR資料をみても「その他」で括られ、おそらく赤字ではないかと思われる。

  1549歳の70%は環境意識をもっているが、そこにお金を出すか否かということになると5%程度しかいない。このように私は、マーケティングで言うキャズムが存在することを再三指摘したのだが、やはりその通りの結果のようだ。

 もし、このブランドはそんな下世話な世界のものではない、というのであれば、私はやはり、上記の本質的な問いに答え、このブランドをアダストリアが展開する理由を明確にすべきではないだろうか。

 また、同社が否定しているファストファッションの権化であるSheinの店舗に4000人が並んだという事実、また、消費者がForever21に期待しているものと、同社がこのブランドの大改革を行うフリクションをどうするのか、その方針も聞いてみたい。

 利益以上に大事なモノがあるといいたいなら、それは何かを明確にし、同社が、同社が考えるサステナカンパニーになればよいと私は思う。

 しかし、我々が住んでいる世の中のゲームのルールが資本主義である以上、この戦略は大きな矛盾の壁に当たることになるのではなかろうか。このことは私がずっと主張してきたことである。

変化3 日本の素材技術は壊滅

 次に、日本の素材技術の話。

日本の素材は、海外の投資家から巨大なマネーを呼び込み、業界を震撼させた。

岡山のデニムに代表される素材産業は、日本の商社を含めてあまりにマーケットを知らず、老人達が「腹落ち」しない投資は絶対やらない、という方針のもと、もはや身動きがとれなくなっている。できることは過去から脈々と続くアパレル企業のOEMしかない。誰もが未来がないと考えながら、なぜか仕事を続けている、という妙な状態になっている。

もはや商社から提案をすることもできないし、私のようなコンサルを雇うのは、商社でなくむしろアパレル側だ。日本の素材産業には戦略がないのである。

 最後に、M&Aによって起こる、顧客データの統合に関わる問題点をクリアにしたい。

 

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顧客データの個人情報の受け渡しで注意すること

Jirsak/istock

 今後、企業のオーガニックグロースが無理になってきた今、M&Aが成長のためのキーとなり、この技術をもたない企業は淘汰されるだろう。

 特に専門商社や旧態化したアパレルにはM&A人材がいない。私は、こうした企業はプライベート・エクイティファンドと組むべきだと考える。経営戦略室をつくり社内で知性が高く、リーダーシップがある人材と23年一緒に仕事をやらせればよい。単なる座学であるMBAをとるよりよほどよい。

  さて、こうしてM&Aが進んだとき悩ましいのが「顧客の統合」である。例えば、カバン屋さんと靴屋さんが合併した場合を考えてほしい。当然、合併したのだから、双方の顧客情報は新会社の資産であると考えるだろう。

 しかし、今までカバンのDMしか送っていなかった顧客に、同じ会社だからという理由で、靴のDMを送ってよいのだろうか。仮に送った場合、顧客が「せめて送ってよいか聞くのが筋だろう」と怒りだした場合、どうなるだろうか。法的解釈は専門家に任せるが、ビジネス上の顧客に対する不利益供与をどうするか、という点をクリアにしなければならない。

 これは実際にあった話だが、クライアントはせっかく統合したのだからクロスセルをしたい、だけど全員に「はい/いいえ」を聞くのは面倒だ、と主張する。

 議論が一向に深まらないため、私はこのように整理を促した。

 「顧客は3つに分類される。一つは、カバン屋しか情報を持っていない客①。もうひとつは、カバン屋さんも靴屋さんも持っている客②。 次に、靴屋しかもっていない客③。この①、②、③」だけですね。と私はホワイトボードで問いかけた。

 みなは納得した。理論上、これ以外の客は存在しないからだ。問題は、この②である。私の提案は、別に②をカバン屋と靴屋で突合する必要は無いというものだった。まず、双方の顧客にカバン屋は靴屋、靴屋はカバン屋の商品を購入したことの有無を聞く。そうすれば、突合されていない②がわかるわけだ。このカバン屋からみた②と靴屋からみた②は、見る角度が違うだけで、結局はおなじクラスターであるということだ。だから、それぞれが、それぞれの買い回り情報を持っておけば良い。いずれ、おなじ購買行動を繰り返すことでAIが人物を自動突合するだろう、というものである。

 私のこの提案には誰もが驚いていたようだ。結局、同じ会社だからということで、顧客情報の法的問題、商売倫理上の問題などをうまく整理できなかったのである。

 ただ、今後は、同じ人間、同じクラスターが複数存在し、その購買する人物は同じ人間かもしれなければ、違うかも知れないような複雑なケースが山のように出てくることも考えられる。

 その場合、データサイエンティストがAIをうまく使いこなし、切り口を変えながら分析する必要がある。企業の統合が進むこれからは、こうした顧客統合の問題が山のようにでてくるだろう。 

 

プロフィール

河合 拓(経営コンサルタント)

ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、政府への産業政策提言などアジアと日本で幅広く活躍。Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。2020年に独立。 現在は、プライベート・エクイティファンド The Longreach groupのマネジメント・アドバイザ、IFIビジネススクールの講師を務める。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/index.html