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サプライチェーン、MD、マーケティングも消滅 「大きなD2C」へ向かう未来のデジタル・アパレルの姿とは

今回は、マーケティングもMD(商品政策)もサプライチェーンの概念すらなくなる10年以内に世界を席巻する「デジタル・アパレルリテーラー」のビジネスモデルを解説したい。驚異的に効率的なビジネスモデルは既存のアパレルを絶望の淵に追いやるだろう。突然変異とも言えるデジタル・アパレルリテーラーに対抗する手段についても解説していく。

kentoh/istock

まずは、下図を見ていただきたい。これが、将来のデジタル・アパレルリテーラーのビジネスモデルだ。このデジタル・アパレルリテーラーは、D2Cと呼ばれ、日本ではスタートアップと勘違いされているアパレルリテーラーが突然変異で怪物に化けた姿である。ある情報誌を読んでいたところ、相も変わらず、「米国では、、、」と、海外に先生を求める悪癖が誌面を踊らせていたが、世界一の時価総額を誇るファーストリテイリングを生み出した日本の先生はアメリカにはもういない。今、私たちに求められているのは、世界を見渡し、周回遅れとなった日本のアパレルのビジネスモデルの現実を知り、真っ白な紙に自分の頭で将来像を描く力である。

将来のデジタル・アパレルリテーラーのビジネスモデル(出所:筆者作成)

本日は、10年以内に日本を、そして、世界を席巻するアパレル・リテーラーのビジネスモデル、および、旧態化した日本のSPAアパレルが、いかにしてこのような突然変異を成し遂げることができるかを解説する。勘の良い方はおわかりと思うが、このビジネスモデルは、8月4日に解説したベールに包まれた中国のモンスター企業 Shein のそれである。

 もう一度、Sheinについて、おさらいすると、

  1. 中国本土の広州など、工場、素材、付属供給業者の産業集積地区(産業クラスター)に生産拠点をかまえ、素材や付属などに困ることはない
  2. 物流はFedExなどクーリエを活用、世界中の目的地に48時間以内に到着させている
  3. 企画においては、人の「思う」、「感じる」を徹底排除し、自社の顧客の購買動向、いわゆるビッグデータを活用している
  4. SNSなどを使い、世界中のZ世代を中心にプロモーションを行っている
  5. バリューチェーンは、工場とウエブ(小売)のダイレクトトゥーコンスーマ、いわゆるD2Cであり、日本の長く複雑なサプライチェーンと比較して比べものにならないほどシンプルである

 上記、5つであった。

このビジネスモデルの元では、従前のマーケティングやMD、サプライチェーンの概念すら消滅する。どういうことか、順を追って説明していこう。

 

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マーケティングという概念が消える

マーケティングというのは、その語源は「何かをマークする」という意味であった。マーケティングの歴史は、「ナローキャスティング」(限定されたターゲットをねらう広告宣伝活動)の歴史であり、古くは、所得、年齢、居住地など、様々なセグメントによる切り口を時代とともに細分化し、新しい切り口を見つけることがマーケターの腕の見せ所だった。しかし、SNSの発達で、個人同士が国境を跨いで繋がる今、もはや霜降り牛の油のように世界に点在する同一購買特性をもったクラスターを特定することは困難である。例えば、私はリンクトインに入っているが、毎日のように世界中の人間からコンタクトがある。

 このように、時代は、ナローキャスティングをいくら尖らせても、もはや自社ブランドを販売するセグメントに出会うことは困難となり、唯一解はビッグデータを活用したパーソナライズしかない。実際、Amazonのポータル画面は、私個人専用となり、私に届くメールマガジンは、私の購買履歴から想起される商品提案で満ちている。つまり、マーケティングというのは、初期的にブランドを立ち上げる時には必要になるが、オペレーションに入った時点で消滅するわけだ。マーケティングの終着点はパーソナライズである。

 MDという概念が消える

Phiwath Jittamas/istock

同時に、MDという概念も消える。そもそも、MDというのは「マーチャンダイジング」の略で、日本語に訳せば「商品」であり「商品計画」のことだ。そこには、「顧客」という概念が存在せず、基本的なMD業務の組み立ては「過去の商品の売れ行き動向」から、将来を予測するというもの。個客の生涯価値を掴むことが重要になった今、この手法は本質的に、構造的な欠陥を孕んでいることはおわかりだろう。

今後、ウェブを使った販売が主流となれば、個客一人ひとりの購買履歴がビッグデータとして分析可能だ。だから、個客が必要としている商品を分析してレコメンドする方が、個客不在の商品動向から将来予測をするより理にかなっているMD業務とは、ビッグデータ解析の時代においては、化石時代の発想なのだ。商品軸の業務を、顧客データを無視してAIを使って将来予想するなど、「人力車にカーナビをつける」ようなものだ。

 

サプライチェーンという概念が消える

Teka77/istock

今、ZARAを見ても、Sheinを見ても、世界の物流の主流は「クーリエ」だ。クーリエとは、ドア・トゥ・ドアサービスのことで、物流業者に渡せば世界の裏側まで48時間以内に運んでくれる。Sheinは、クーリエをつかって、中国広州から「個配」(個別配送)で、個人宅まで運ぶ。その結果、輸入関税が無税になることはすでに84日の論考で説明したとおりだ。

私は、15年前に全日空のシステム導入の仕事をした経験がある。当時、航空機業界はSPEC2000という、業界全体の業務標準プロトコルを世界規模で細かく規定しており、航空機産業へのシステム導入は、このSPEC2000に準拠していることが前提だった。私が、経産省にグローバルサプライチェーンを閉じた日本国だけで行うのでなく、世界規模の広がりを持ち、かつ、日本主導で構築するなら、このSPEC2000のような国際ビジネスプロトコル(コード、業務フローの標準形)を作るべし、という政策提言をしたのはこうした経験からだ。飛行機のメンテナンスには恐ろしい数の部品が必要で、この部品の収集にクーリエが使われていた。当時のFedEx(フェデラルエクスプレスの略)の貨物のトラッキングは神に近く、世界中のどこにあるか「30秒以内」に追跡が可能だった。繰り返すが、今から15年も前のことだ。

 私は、米国に調査に行き、まずオフィスに国内部と海外部がわかれていないことに驚いた。当時、(そして今でも)多くの日本企業が物流は国内部と海外貿易部をわけていた。私は、米国担当者に、「なぜ、貿易部と国内部をわけていないのか」と聞いたところ返事は極めてシンプルなもので、「FedEx to NYと書けば、NYに運んでくれるし、to Japanと書けば、日本に持って行ってくれる。なぜ、わける必要があるのか」というものだった。これが、15年前の世界の常識だ。

 翻って、日本のアパレルはどうだ。ようやく、商社外しが進み、ドロップシップ(日本で仕入を行うのでなく、海外で仕入れを行うことをいう)といって海外で貨物の仕入を行いだした。聞けば、その後、世界に輸出する拠点政策かと思いきや、「商社の連中に日本まで運ばせると、いくら抜かれるか分からないから海外で仕入れをする」というレベルである。

まだ、駆け出しのコンサルだったころ、アパレル以外のいろいろな産業改革の経験をした私は、その圧倒的な時間軸の差に驚きを禁じ得なかった。すくなくとも、この航空機の部品産業においては、サプライチェーンマネジメントという概念はない。FedExDHLなど世界規模で国際物流を展開するクーリエ企業と、どれだけ有利な契約を結ぶかで一点単価あたりの物流費が決まるわけだ。

売場はECが主軸となり、流通は工場ダイレクトに

ipopba/istock

D2Cといえば、スタートアップかSME(Small Medium Enterprise 中小企業)のことだと勘違いしている人間が多いことに驚く。何を根拠に、メーカーダイレクトのビジネスモデルの売上臨界点が100億円規模だと考えているのか。聞けば、Sheinのことなど知るよしもなく、どこかで聞きかじったレベルで議論にさえならない。

 また、SNSを使ったプロモーションについても、「インフルエンサーを使って、インスタで騒げばいいんでしょ」というレベルである。今、情報は企業よりも消費者の方がもっており、有名人が、本当にその服を着ているなど信じている人はおらず、上記のような手法は全く通用しない。今、アパレルの中心購買層である女性は、

インスタで等身大の女性の中で、憧れのライフスタイルをおくっている人に脳内共鳴し、脳内に「こういう人になりたい」という憧れが醸成され、ウェブやリアル店舗でお買い物を楽しんでいる時に購買に繋がるのだ。この流れを人為的に作り出すことは容易ではない。

男性目線で、有名女優の○○を使ってインスタで騒げば女性は真似をするなどというのは、もはや救いようがないほどセンスがない。

加えて、新型コロナウイルスは、なかなか収束の兆しがみえず、私たち日本人はこのウイルスとあと2-3年はお付き合いしてゆく必要がでてくるだろうと思う。具体的には、外出時にマスクをし、年に2回のワクチンを打つ。ソーシャルディスタンスを保ち、在宅勤務が増える、などだ。

 米国や中国を見ると、「リベンジ消費」といって、我慢の反動で消費が一瞬戻る現象が起きているが、流石に、2年も3年も、巣ごもり消費が一般化されれば、瞬間的な反動など起きるはずもなく、慣れた生活パターンが続くと見る方が自然だろう。そうなれば、EC化率はますます増え、Amazon、楽天ファッション、ZOZO含むヤフー の3大プラットフォーマーが日本のアパレル業界を牛耳ると見るのが自然だ。このとき、彼らは高い流通コストを前提とした日本のアパレルのバリューチェーンをお手本とせず、Sheinなどのような、工場ダイレクトによる「大きなD2C」をめざすはずだ。

 彼らは、ビッグデータを工場に開示しメーカー直販で最も売れる価格帯、デザイン、時期などを分析して個客を捕まえてLTVを最大化させる。必要とあれば工場に投資を行って、スマートファクトリー化し、Iot技術をつかってパーソナルオーダーをデフォルト(標準形)とする。ZOZOZOZOSUITSで成し遂げられなかったことが実現するわけだ。

 例えば、百貨店向けアパレルビジネスを考えてみれば、工場と消費者の間に、商社、アパレル、百貨店と3つの企業が別の販管費を持っている。そもそも販管費というのは、販売に必要な費用なはずなのに、なぜ、百貨店で販売される衣料品の流通の中に3つの異なる販管費が存在するのか誰も疑問に思わない。これに対して、デジタル企業がビッグデータを工場に開示し、工場直販でこれらEC企業のPBを作ったとしたら、その流通コストの差は莫大なものになり、私は無敵のユニクロでさえ危うい存在になるのではないかと思う。実際、Sheinは、ECではZARAもユニクロも売上で抜いており、数年以内に総売上でZARAをも抜かすだろうと言われている。

 

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日本の伝統的アパレル、D2Cへの変異は不可能 どうする?

過去、説明したように企業というのは、足し算は得意だが、引き算は苦手だ。一度、構築された中太りした流通構造、全体感なく幾度も繰り返すシステム改修や導入、あるいは、採用によって肥大化した販管費をD2C企業に張り合うほどそぎ落とすことは不可能だ。残念だが、日本のアパレルが冒頭で見せた「将来の勝者のビジネスモデル」に突然変異することはない。

しかし、方法がないわけではない。それは、私が10年前に拙著「ブランドで競争する技術」(ダイヤモンド社)で提唱した「出島理論」を使い、全く別組織でゼロから新しいビジネスモデルを作りだすことだ。当然、この組織は社長直轄で経験豊富なプロと共同で立ち上げる必要がある。

さらに、3大プラットフォーマーに囲い込まれた顧客を奪い取る方法もある。それは、「ブランドを強くする」ことだ。日本のブランドは「分類名」に近く、顧客率を高める「ブランド」とはほど遠い。ブランドが強ければ、オンラインモールに出店しても顧客を奪われることはない。逆に、モールに出店して顧客認知度を高め、一気に引き上げ、オウンドメディアに誘引すれば良い。バーバリーのライセンスをイギリス本国へ返上した三陽商会は、クレストブリッジ・ブラックレーベルを立ち上げたが、やはり「バーバリー」の名前は偉大だった。多くの顧客は「バーバリー」という名前と一緒に、彼の地へ行ってしまったわけだ。こういう芸当ができれば、モールに対する反撃は理論上可能だ。だが、言うは易く行うは難しである。この点についても今後解説していきたいと思う。

 

*河合拓単独ウエビナーを9月30日に開催! 

講演テーマは「アパレル産業の今と未来」
日時:930 10:30-
時間無制限で、産業界の課題と将来像、および、参加者との徹底討論をしたいと思っています。お申し込みは、こちらまで
https://ameblo.jp/takukawai/entry-12693219873.html

 

 

プロフィール

河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)

ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)