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サイゼリヤのアルバイトで星付きシェフが学んだ あえて客席を減らして人も増やさなかった理由

世界最高峰のイタリア料理店で副料理長を務めたこともある星付きシェフが、サイゼリヤでバイトをしたら自店の経営が劇的に改善した―。東京・目黒の一ツ星レストラン「ラッセ」を経営する料理人、村山太一氏が一バイトとして学んだのは徹底的に「カイゼン」を繰り返す姿勢だった。そのサイゼリヤ式を取り入れるなかで気づいたのが「人時生産性」をいかに上げるか。その一つが客席を減らしてでも効率的にオペレーションができる仕組みをつくることだった。自著「なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか?」からその一端をお届けする。

売上を上げるためには客数を確保するために、客席を多くしたいと思うもの。しかしサイゼリヤ式運営から村山氏が実践したのはその逆だった

レストランの人時生産性が37倍に

 改善、改善、改善、とトヨタのカイゼンのように店を改善することに取りつかれた僕は、ある時、重要なことに気づきました。

「うちの店の席数じゃ、利益頭打ちじゃね?」と。

その考えに至ったのは「人時生産性」について考えたからです。

人時生産性とは、1日に生じた店舗の粗利益を、その日に働いていた従業員全員の総労働時間で割った数値です。それによって、従業員1人が1時間あたりにどれくらいの粗利益を上げられたのかがわかります。式で表すと次のようになります。

 人時生産性=お店が1日で生み出す粗利益÷その日に働いた従業員の総労働時間

 高価格帯レストランでは、だいたいお店が25席、スタッフが10人というのが一般的です。顧客単価が2万円で11回転、原価率が35%。長時間労働が常態化しているので、116時間働いているとすると、人時生産性は2031円になります。

 飲食業界では20003000円くらいが平均的だと言われています、サイゼリヤはなんと倍以上の6000円を達成している店舗もあるそうです(『サイゼリヤ おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ』正垣泰彦著 日経ビジネス人文庫)

 この人時生産性は、そのまま給料に反映されていると思って間違いありません。これは定食屋だろうと同じです。だから飲食業界は仕事はハードなのに時給が安くなるんですね。

 飲食業の給料はおおむね次のように決定されます。月の売上が約1200万円としたら、人件費として20%をスタッフに分配します。都心は家賃が高く、食材費も高級店は高くなります。そのため、生活できるくらいの給料をもらえるのが、料理長、店長、副料理長、副店長、ソムリエ、サブソムリエの6人くらいまで。他のスタッフはもう目も当てられない給料で働いているのが現実です。

 僕が日本で修業していたとき、月給5万円、時給32円。そしてそこから包丁を買わされました(笑)。ちなみに、サイゼリヤは一番下っ端の僕で時給は1100円です。料亭や高価格帯レストランも今はここまでひどくはありませんが、労働基準法の範囲内であっても末端の子の給料は相当安いです。これはオーナーが悪いとかそういう話ではありません。「構造」の話です。

戦略の本質は「何をやらないか選択すること」

 話を戻すと、客単価720円のサイゼリヤに2万円のラッセが全然及ばないんです。これは大問題です。作業の見直しや店のレイアウトを変えるぐらいでは、4000円の人時生産性の差は埋まりません。

 そもそもラッセのキッチンの狭さで24席をこなすことにムリがあるんじゃないかと、そのとき気づきました。一番生産性が上がるのはどれぐらいなのかを割り出すと、1618席がベストだとわかりました。

 席数を減らしたら、その分売上は落ちると普通なら考えます。だから、できるだけ多くの席を設けて、それに合わせてスタッフも増やすほうがいい。それが普通のレストランの考え方でしょう。

 でも、現に24席で10人以上のスタッフで回していても対応しきれずに、料理を出すのが遅れたりしてお客様を待たせてしまうこともありました。さらにスタッフを増やしたところで、キッチンがパンクするだけです。お客様の満足度を上げるためにも、席数を減らして、それ以上の売上を求めないことにしました。

 アメリカの経営学者のマイケル・ポーターは「戦略の本質は、何をやらないかを選択することだ」と語っています。その通りで、すべきことばかりに集中するんじゃなく、しないことをまず考えないと、生産性は上がりません。

 席数を減らすとスタッフの労働環境が劇的に改善し、サービスの質もよくなって、お客様の満足度も上がってきたと感じています。

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 さらに店の改革を始めてから、スタッフは海外に修業に行ったり、他の店に移るために辞めていきました。今までは辞めたスタッフの分を穴埋めするために、すぐに募集をかけていましたが、試しに人を増やさずに店を回してみたのです。

 3年前に9名いたスタッフは今、4名になっています。ぐんとコミュニケーションも取りやすくなり、店はくるくるとよくまわっています。それに、スタッフは4名でも、就業時間は8時~24時半から10時半~22時に改善。星付きレストランは、朝早くに出勤して終電までという勤務もざらですが、だいぶ普通のビジネスマンレベルにまで近づけることができました。

 にもかかわらず利益は過去最高を更新し、2019年の人時生産性は2018年比約37倍になりました。それに合わせて、スタッフの給料も15倍に上げました。一人一人が正しく努力すれば、自分たちの給料を上げられるんだということを証明できたと思います。

 やめる・減らすというのはネガティブなイメージがありますが、実はプラスに転じるための攻めの選択なのです。

 

10月9日同日公開、サイゼリヤ堀埜一成社長インタビューはコチラ:『強者はコロナでさらに強く!既存店売上が70%台でもサイゼリヤ堀埜一成社長が「楽しげ」な理由