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もうデフレの申し子ではない!? 新しい戦略で今期復活した吉野家

2019年度(2020年2月期)に入ってから、吉野家の売上が好調に推移している。2018年度下期は9月を除き既存店売上高はすべての月でマイナスとなったが、今期はこれまでのところすべての月で前年を上回り、8月度はなんと対前期比13.9%とを記録した。吉野家復活の背景には、あの高単価メニューの成功と販促施策の大転換があった。

吉野家の中では最高級品ながら、わずか12日間で完売した特選すきやき重

“吉野家史上初”の商品がわずか12日間で完売

 2019813日、吉野家は「吉野家史上初、“サーロイン”を使った」最高級牛肉商品『特撰すきやき重』(本体価格797円、税込860円。以下すきやき重)を翌14日より全国発売することをニュースリリースとしてネット上で流した。約50万食の限定販売で、1カ月程度の販売期間を見込んでいた。

 30年以上の吉野家の牛丼ファンを自認する経済ジャーナリストの上妻英夫氏は、無料動画サイト内に自ら運営する『上妻英夫の日々雑感』で、この『すきやき重』を「新戦略の入り口ではないか」と指摘している。

『すきやき重』の消費者からの反響はすこぶる早く、予想を上回る売れ行きで、販売開始から12日間で販売終了することになった。上妻氏は「しばらくご無沙汰になっていた吉牛ファンにも、『ちょっと食べておこうか』、『これは食べておかねば』という気にさせた」と語り、自身も実食後「さすが吉野家!」と、満足・納得したという。

 20198月期の同社の既存店売上高は、前年同月比113.9となったが、『すきやき重』効果がはっきりあらわれたということだろう。客数110.3、客単価103.2からすると、実際に来店客のどれほどが値段の張る『すきやき重』を実食したかはわからない。ちなみに、牛丼ライバル2社の20198月の既存店売上高を見ると、松屋が「売上高107.4、客数103.8、客単価103.4」(ただし、とんかつ、その他を含む数値。以下同)、すき家が「売上高103.5、客数102.6、客単価100.9」であり、20198月は、いかに吉野家が好調だったかがよくわかる。

 実は、吉野家の既存店数値が上向いたのは2019年度に入ってからだ。

年度初めの高単価商品がけん引

 2019年決算期の既存店数値では、松屋「売上高105.0、客数99.0、客単価102.9」(20193月期)、すき家「売上高103.3、客数100.9、客単価102.4」(20193月期)だったのに対し、吉野家は「売上高100.8、客数99.8、客単価101.1」(20192月期)であり、単月で見ると201810月以降、期末まで連続5カ月前期を下回っていた。

 とくに20192月は「92.6」と大きく落ち込んでいた。同時期の2社は「松屋100.7」、「すき家103.0」であり、牛丼が特別嫌われたわけではない。

 吉野家にとって好ましくない、この風向きを変えたのが、同社にとって新年度入り(20193月)早々に販売開始した「牛丼 超特盛」(本体価格723円、税込780円)だ。1991年以来28年ぶりに、牛丼の新サイズ発売ということで話題となり、発売から1カ月で100万食を突破。前月まで5カ月連続で前期比マイナスに沈んでいた既存店売上高は、20193月には108.1(客数102.3、客単価105.6)となり、同社ではその要因に「牛丼 超特盛」の好調をあげていた。

販促戦略はこう変わった!

 吉野家は、1899年(明治32年)東京・日本橋の魚河岸で産声を上げた。つまり、2019年は同社の創業120周年にあたる。

 同社が20181228日に公表した「おかげさまで創業120周年」のニュースリリースにおいて、「還暦2回分の大還暦(120年)を【牛丼元年】と位置づけ、さまざまな施策を展開していく」と宣言していた。

 同社ホームページの「News」を見ていくと、そのとおり実行していることがわかる。

 単純にニュース本数だけの比較だが、201640本、201736本、201849本だったのに対し、2019年は94日までで67本のニュースがアップされている。しかも本数だけでなく、アップされている内容にも変化が見て取れる。

 リリースの見出しに“初”が躍るものが目立っているのだ。吉野家初、吉野家史上初、令和初、外食“初”などだ。

 先の上妻氏はこれを同社の「販促戦略の転換」ととらえている。ネットでの検索ヒットやオンラインニュースへの取り上げられやすさを考えた“初”の使用ではないか、と。自身の動画チャネルで『すきやき重』を取り上げるきっかけになったのも、「吉野家に史上初、“サーロイン”を使った商品が登場」という見出しだったという。コストを限りなく抑え、ネット上でSNSなどを通じて、しっかり吉野家ファンに届けられる販促。“初”はそのためのキーワードになったのではと分析する。

ライバル2社は持ち帰りと店内飲食で総額を同じにするも…

 201910月からの消費税増税と軽減税率(持ち帰りは8%だが、店内飲食は10%の適用)をめぐって、外食チェーンでの対応が注目されているが、牛丼チェーンでは、松屋、すき家がいち早く、現在の持ち帰り価格を店内飲食にも適用(本体価格の引き下げ)することを発表している。一方、吉野家の公式発表は現時点でまだないが、新聞報道などによると、「牛丼の1杯の価値は同じ」だから、持ち帰り(8%)、店内飲食(10%)とで、価格を分ける考えのようだ。

 価格政策について、これまでも、吉野家は競合2社と同じ歩調をとってこなかった。

 2010年前後に、2社が牛丼価格の値下げを行った際も、吉野家は従来通り、他社より100円高い380円を数年間、維持しけた。ようやく足並みをそろえたのは、消費増税(前回の5%から8%へ。20144月)の約1年前だ。このタイミングでの引下げについて、当時の吉野家ホールディングス会長だった安部脩仁氏は『吉野家で経済入門』(2016年、日本経済新聞出版社刊)の中で、「1年もしないうちに消費税増税がくる。その際に300円台に戻せばいいと考えていた」と語っている。価格を引き下げても結果として売上げが伸びなかったこともあるが、「1杯が200円台では吉野家の牛丼の価値に合わない」という自負もあったようだ。

 はたして、消費税増税を見据えた吉野家の価格戦略はどうなるのか、2019年の同社大還暦が新たなる牛丼元年になっていくのか、今後、吉野家の“初”から目が離せない。