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従業員の「正社員化」を進めても、希望者が集まらない理由とその対応策!

このシリーズは、部下を育成していると信じ込みながら、結局、潰してしまう上司を具体的な事例をもとに紹介する。いずれも私が信用金庫に勤務していた頃や退職後に籍を置く税理士事務所で見聞きした事例だ。特定できないように一部を加工したことは、あらかじめ断っておきたい。事例の後に「こうすれば解決できた」という教訓も取り上げた。今回は、業界上位の大手スポーツ用品の製造・販売メーカーが取り組む「正社員化」の裏側を紹介したい。

 

第18回の舞台:大手製造・販売メーカー

大手スポーツ用品の製造・販売メーカー(正社員2500人)

 

殴って覚えさせる職人の世界に、大卒の新卒が入店

 「販売員の採用は、厳しいものがありますよ。エントリー者数がどんどん少なくなっている。今は、5年ほど前の7割かな。その中から、採用をせざるを得ないから、人材の質は、相対的に下がる。最近は同業の外資が時給を高くしているから、そちらへ流れてしまう。だから、販売員の正社員化を行い、定着率を高めて、人材の質を維持したいんだけど…」

 人事部長が今年7月、私のヒアリングに答えた。このメーカーは、30年以上前から百貨店などに店を構え、販売をしてきた。最前線にいるのが、2000人を超える販売員だ。

 販売員は現在、入社時は契約社員(1年単位)だが、数年以内に一定の条件を満たし、希望すると、地域限定正社員登用試験を受けることができる。合格すると、正社員になる。いわゆる、「正社員化」である。地域限定正社員は、総合職の正社員とは賃金を始めとした労働条件や転勤の有無などの就労条件が異なるが、雇用はある程度安定する。

 だが、試験を受ける人は、人事部が想定したようには増えなかった。毎年平均で、25人前後で、合格者はその半分程。現在までに50人程が正社員になった。人事部が1年前に全販売員にアンケートをすると、受験しない理由としては、次のものが6∼8割を占めていた。

「地域限定正社員になると、エリア内に転勤をせざるを得ない」

「週5日フルタイムの勤務はできない」

 これらは、人事部が当初期待していたものではなかった。4年前、正社員化を始めるとき、毎年150人以上、試験を受けるようにして、70∼80人程度を正社員にする予定だった。このくらいのペースで確保していかないと、新たに採用試験を受ける人が減り続けるだけに、販売員全体の質を維持できないと考えていた。

「なぜ、正社員になろうとしないのだろう…。賃金は多少高くなるのに…」

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こうすればよかった!解決策

受け入れ態勢を整え、以前からの従業員が嫉まない仕組みを作ろう

 契約社員や派遣社員などの正社員化は広い範囲で行われている。しかし、小売業や飲食業ではその試験にエントリーする人は必ずしも多くはない。背景には役員や管理職が自覚しないままに、部下を潰してしまう構造と似ているものがある。私は、次のような教訓を導いた。

こうすればよかった①
本当に求めているものは何かを徹底してリサーチ

 正社員化をする人事部の役職者にヒアリングをすると、言葉のニュアンスから「非正正規社員を正社員にしてやる」といった意識を感じる場合がある。それもわからないでもないが、今は人が圧倒的に足りない時代。今後も、その状況は変わらない。

 それならば、意識を変えるべきだろう。今回でいえば、販売員が本当に求めているものだ。賃金を多少増やしたところで、試験を受ける人が増えないならば、他のものを欲しているかもしれない。「エリア内の転勤をしたくない」「フルタイムはできない」と考えているならば、ここを起点に対策を練らないといけない。

 そのために、少なくとも、半年に1度はアンケートや人事ヒアリングをして、本当に求めているものを探りたい。それを必ず記録し、機会あるごとに見つめなおしたい。そして、解決策を考えるくせをつけたい。今回の事例でいえば、地域限定正社員の中に、さらに新たな正社員の形態を模索することも必要ではないだろうか。例えば、エリア内の転勤がない正社員や週2∼3日勤務の正社員である。賃金など労務管理をするうえで負担が大きくなるのかもしれないが、柔軟に、大胆にとらえなおさないと人材の質を確保することはできない時代になっているのだ。

こうすればよかった②
部下が何を求めているのかをふだんから真剣に考える

 ①で述べたことは、部下が何を求めているのかをふだんから真剣に考えることでもある。依然として、多くの企業ではそれが徹底されていない。私の観察では、このあたりの意識を変えることができない人が実に多い。上司が部下の心を掌握し、動かそうとするならば、本来は部下が何を求めているのか、と常に注意を払いたい。そして、それを満たすために素早く、行動をとるべきではないだろうか。そのことは、部下を甘やかすものではない。迎合するものでもない。部下を満足させ、組織やチームをつくるためにするべきものだ。

 部下へのある意味でのサービス精神が求められる時代になっている。その意識が社内全体に浸透していれば、正社員を進める際も効果ある施策を次々と打つことができるはずだ。

 

神南文弥 (じんなん ぶんや) 
1970年、神奈川県川崎市生まれ。都内の信用金庫で20年近く勤務。支店の副支店長や本部の課長などを歴任。会社員としての将来に見切りをつけ、退職後、都内の税理士事務所に職員として勤務。現在、税理士になるべく猛勉強中。信用金庫在籍中に知り得た様々な会社の人事・労務の問題点を整理し、書籍などにすることを希望している。

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