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「原価率が高い方が商品のコスパが良い」という誤解

今回から全3回にわたって、アパレル業界のフィクサーである商社の果たしている本当の役割について解説しよう。皆さんは、原価率が高い方が商品のコスパが高い、と無意識に思っていないだろうか?今回は、その誤解を解くことを通じて、商社がアパレル業界で果たしている重要な役割について、説明していきたい。

photo by ipopba from iStock

細分化された市場をまとめる商社

 アパレル業界の市場規模については、様々な統計があるが、いわゆるSPA(製造小売)型小売業をあわせた日本の“衣料品市場” (“アパレル市場というとメーカー型SPAを指す場合が多い)は、2019年現在で910兆円といわれている。そのうち20%をファーストリテイリングが、同じく20%を同社を除いた上位10社が占め、残る60%は2万社弱の中小・零細企業で構成されているのが全体像だ。ユニクロがいかに一人勝ちしているかは明らかで、むしろ、産業として問題を抱えているのは無数にある中小・零細企業である。これらの無数の企業が縮小する市場で等しく成長を志向し、商品を企画し、商品を仕入れ、商品を販売しているものだから、過剰供給となっているのである。

  それらの企業群は、企業間連携をほとんどしていない。計画や将来予想は自社POSの販売実績をメーンに対前期比で計画を立てる。その販売計画から調達計画を立てるものだから、こうしたマクロ的視野に立った市場や競争相手との関係における自社が販売できる能力に応じた適正数量を把握できず、縮小市場と逆相関する強気の計画が、業界全体を供給過多へと導き価格競争に導いている。

  このように細分化された市場のまとめ役となっているのが総合商社の繊維部門、あるいは繊維専門商社である。日本のアパレル業界を語るとき、商社を外して語ることはできないほど商社はアパレルビジネスと密接に絡んでいる。だが、その実態は意外に知られていない。

 

売上ベースでは業績の好不調を判断できない理由

 アパレル業界を評価する時、論拠の多くは、売上ベースによってなされている。だが、そもそも非公開企業が大多数を占める業界において、調子の良し悪しを売上だけで判断することは困難だ。なぜなら、供給過多の市場では、余剰在庫を積み、果てしない値引きを行い、利益とキャッシュフローを悪化させれば、売上が増加するからである。

 私自身の人生を振り返れば、多くの企業での改革の歴史は、ほとんどが余剰在庫との闘いだった。そうした経験を通して出てくる議論に、「商社を外せば原価は下がる」という安直な発想がある。もちろん、付加価値のない通し問屋機能を外せば原価は下がるだろう。しかしその前提は、商社が行ってきた高度業務をそのままアパレルが承継できることだが、多くのケースにおいて、そのようなことはなかった。以下、典型的な誤解に基づく「商社外し」が、いかにアパレル企業を苦しめているかを列挙する。

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「原価率の高さ」は商品のコスパを表すのではなく、「調達の下手さ」を表している!

 「原価率の高さ」は、「調達の下手さ」を表している

商社にまつわる誤解1 原価率が高い方が商品のコスパが高い

 これは、「ものづくり」の仕組みをよく理解していない典型的な議論である。例えば、生鮮食品などを扱うスーパーマーケットなどの場合、食料品の調達ルートはほぼ決まっており、数社だけが極端に有利な調達をしているということはない。しかし、アパレルの場合、多くのケースにおいて、商社がものづくりに絡んでおり、彼らの利益率は最安値から最高値までで6-7倍の開きがある。つまり、商社とうまくコラボレーションできていないアパレル企業は、競合他社より6-7倍も高い利益率を乗せられ不利な商品調達をおこなっている。したがって、アパレルビジネスにおいて「原価率の高さ」は、コスパの良さを示しているのではなく、多くのケースにおいて「調達の下手さ」を表しているといったら言い過ぎだろうか。

  例えば、私が経験した最も酷いケースになると、「我が社はSPAです」と胸を張っているものの、実態は数百億円程度の売上規模にも関わらず、数千を超える調達先から好き勝手に調達しているという例があった。仕入先である供給側からみれば、1社あたりの取引は数千万円程度。下手したら1社あたり数百万円となり、「お付き合いは御免被る」というのが工場側の本音である。彼らは、スケールメリットが出せない代わりに、歩留まり分をFOB (工場出し値)に乗せ、単品仕入れ価格を上げざるを得ない状況になっている。規模にもよるが、平均して商社のブレークイーブンは、(商社の)売上ベース(=アパレル側の仕入れベース)で数十億円(仕入れ原価)でなければビジネスとして成立しないし、工場とは、そもそも固定費の塊(かたまり)だから、段取り替え(品種や工程内容が変わる際生じる段取り作業)を極小化し稼働率を上げれば上げるほどCMT (単品あたりの製造工賃、Cut, Make and Trimの略)は下がる。しかし、小売ビジネスは基本的に交差比率(粗利益率×商品回転率)を高める方向に行きたがるので、「バングラデッシュで100枚つくってくれ」など、無茶な要求を平気で投げることになる(バングラデシュ、ミャンマーなどのミニマムロットは数万枚というのは常識)。こうした製造に対する無知を解決しているのが商社なのだ。

 また、調達原価率というのはSPAの場合、上代比で20-30%程度でしかなく、多くの企業の損益計算書の原価は50%程度だから、30%以上は、論理的にマークダウンと在庫損金処理となる。したがって、原価率が高ければコスパが良いというのは、全ての企業の調達能力が同じで、仕入れた商品も等しく全社が同じ量だけ売り切るという前提のときにしか成り立たない。したがって、売上指数予測が、比較的安定している商材を取り扱うスーパーやコンビニ出身者がアパレルビジネスの売上変数の多さを読み違え、FLコスト(原価率と人件費)のコントロールとマーケティング、出店だけにフォーカスして失敗するのはここが原因である。事業の組み立て方と不確実性が全く違うのだ。

  次回以降、もう1つの誤解も解きながら、さらなる商社論を展開してゆきたい。

 

プロフィール

河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)

ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)