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堀口珈琲にみる、企業規模が拡大しても店がコモディティ化しない秘訣とは

個人店が専門性を残しつつ、事業の拡大を図ることは難しいことだろう。しかし、創業から30年余り、3人の社長にバトンが渡り、リブランディングしながら今では、従業員数70数名(アルバイト含む)の企業となったコーヒー販売、喫茶事業を行う会社がある。東京・世田谷区にある堀口珈琲だ。「おうち時間」が増えた今、コーヒー業界は成熟の一方を辿っているが、堀口珈琲はどのようにして先鋭化し、業界で名だたる雄へと成長を遂げたのか。同社の3代目代表取締役社長、若林恭史氏に現在の堀口珈琲の成功の秘訣を聞いた。

生豆の調達や流通を担当してきた3代目社長若林恭史氏、堀口珈琲世田谷店にて

美味しいコーヒーを提供し続けるには「販売力」が必要

1990年、堀口珈琲は、現在の取締役会長である堀口俊英氏によって創業された。当初は個人向けのコーヒー豆の小売から始まり、レストランへの卸売や喫茶をスタートする。少しずつ事業を拡大した後、法人化して従業員も増えていった。

堀口氏は、スペシャルティコーヒーの先駆者だが、一般的には、専門性の高いお店が規模を拡大するとコモディティ化しやすくなる。しかし、堀口珈琲の社長である若林氏は「堀口珈琲は規模が大きくなることで、より先鋭化している」と語る。

「コーヒーは小さな店ほどこだわっていると思われがちですが、多様なコーヒーを提供するには仕入れの力が必要です。ある程度の販売量がなければ、美味しいコーヒーを提供することはできません」

コーヒー豆は生豆を輸入し、日本で焙煎・ブレンドをするのが一般的だ。さまざまな産地の品質のよいコーヒー豆を入手するには、ある程度まとまったロットで購入できる購買力が必要だ。

「理想のコーヒーを110杯出すだけでは、商売ではなく趣味になってしまう。生豆からの商流をおさえることで、多様でおいしいコーヒーの提供を実現しています。そして、商売が続くからこそ、生産者からも買い続けることができる。これが私たちにとってのSDGs(持続可能な開発目標)と言えます」

堀口珈琲では美味しい珈琲1杯を淹れるために、ドリップに時間を費やす

生豆はダイレクトトレード(直接取引)ではなく、輸入専門商社を介して仕入れる。若林氏は、「ダイレクトトレードを考えたこともあるが、直接買い付けると自分で調べられる情報しか入手できない。それはリスクだと考え、それよりも商社と付き合うことで情報が増えることで新たな視点が生まれ、さらに品質の安定した豆を仕入れることにもつながる」という。

「中間搾取のないダイレクトトレードをよしとする風潮もありますが、私たちは共に仕事する人を見極め、向き合って仕事をして適切な対価をお渡しすることを大切にしています」

若林氏自身、コロナ以前は生豆の調達担当として、足しげく海外の生産者のもとに通い品質に対するこだわりを伝えてきた。オンラインミーティングという形になった現在、豆の品質のことなどで激しいやり取りが交わされることもあるという。しかし、どんなに言い合っても最後は、対面で会っていた経験があるため、悪い状況にはならないという。「どこかでお互いを理解していて、対面で交渉を繰り返してきたことがこういう時に生きてくるのだなと痛感している」(若林氏)

若林氏は社内外ともに非常に周囲との関係性を大切にしている。コロナ禍で、世界的に物流が停滞しているが、冷蔵コンテナを手配できないとコーヒー豆の品質にも影響しかねない。こうした状況下では、生産者、商社など周辺との関係性がものをいう。

コロナ禍でも業績が伸び続けている理由とは

現在は、特にECの売上が好調だという。堀口珈琲は2000年代からコーヒー豆の通販を始め、早くからECに力を入れてきた。その地道な地盤固めが今となっては功を奏している。

以前は、数多くの豆を店頭に並べていたが、今は厳選したラインナップでパッケージを変えてイメージを伝えている

また、20205月にはビジネスの中心地である、大手町にテイクアウト専門の『Otemachi One店』をオープンさせた。これまで小田急沿線の地域密着でやってきた店舗展開とは一線を画す立地だ。その理由を「これまで生活に密着したエリアで展開してきたが、さまざまなエリアから人が集まる場所に出店することで、より多くの人に堀口珈琲を知ってもらいたいという狙いからだった」(若林氏)

そして、手作業でドリップすることにこだわり続けてきた堀口珈琲が、Otemachi One店では手作業でのドリップと同品質でコーヒーを淹れられるマシンを導入した。お客にコーヒーを提供するのに時間がかかるというこれまでの課題解決になると考えたからだ。

しかし、コロナ禍によるリモートワークの普及によって、想定とは異なるスタートとなった。現在は、現場の肌感覚や意見を大事に物販に力を入れたり、アレンジコーヒーを提供したりするなど、臨機応変に対応しているという。今後も実験的な取り組みをしていく場として活用していく方針だ。「2022年には大きく変わる可能性もあります。乞うご期待です」(若林氏)

2度にわたるリブランディングに込めた思いは

私たちの生活に欠かせないコーヒーだが、今「若者のコーヒー離れ」が進んでいると言われている。堀口珈琲が誕生した頃とは喫茶事情も異なる。そうした中、2013年、最初のリブランディングが行われた。”同社の価値”をより多くの人に、わかりやすく、伝える必要があると考えたからだ。

2021年、若林氏が代表取締役に就任後、さらに時流にあった変化、修正を遂げながら、より深く「堀口珈琲」を理解してもらいたいと、再度リブランディングが行われた。具体的には、深煎り豆のコーヒーの良さを残しつつ、新たな要素を加えてブレンドをリニューアル。それに伴い、ブレンドのパンフレットを刷新し、ブランドサイトやオンラインストアも改良した。

堀口珈琲は、決して若い世代をターゲットにしているわけではない。ただ、若い世代への興味を惹きつけるために、ブランドサイトやパンフレットのデザインを刷新したり、SNSやオウンドメディアの発信を強化するなど、未来へ繋がる投資は惜しみなく行っているのだ。商品紹介のリーフレットは、若林氏自らが執筆を担当、堀口珈琲の豆の特徴をイメージしやすい言葉で綴った。

さらに、若林氏の社長就任による変化は、会社組織にも及んだ。生豆の調達や焙煎・ブレンドを行う「作るチーム」と、パッケージの企画や販売、ECなど「伝えるチーム」を確立。双方向でコミュニケーションをとることで、より質の高い商品開発を行い、わかりやすく消費者に伝える流れが実現したのだ。

若林氏は、「接客こそ重要ポイントだ」という。多くのスタッフは、一度は、店舗での接客を経験するという。対面の接客を経験することで、たとえばEC担当になったとき、何を消費者に伝えるべきかを理解できる。焙煎を担当すれば、自分が接客時にお客様に伝えたかった情報を、焙煎担当者として社内関係者に伝えられると考えているからだ。

近年、2度にわたるリブランディングでECを中心に右肩上がりに売上が伸びていると話す若林氏

最後に、今後の展望を若林氏に尋ねたところ、「コーヒー業界は難しい状況に置かれている」という話が飛び出してきた。「生豆の相場がこれまでの倍以上に高騰しています。特に業界大手の提供するコーヒーは、これまでの品質で飲み続けられなくなる可能性もあります」原料の高騰を価格に反映できなければ、コーヒーの品質が落ちてしまう可能性もあるのだという。

「これまでコーヒーの価格は低位安定していましたが、今後は品質によって価格のレンジが広がっていくことも考えられます」と語りながら、若林氏はこう続ける。「私がこの仕事をしているのも、自分がおいしいコーヒーを飲みたいという想いがスタートでした。今後もおいしいコーヒーを提供し続けるにはどうしたらいいか。それを考え実行していくことが私たちのチャレンジだと考えています」

堀口珈琲は2022年、創業から32周年を迎える。若林氏が3代目の社長だが、過去に社長を務めた創業者の堀口氏、2代目の伊藤氏は現在も経営陣として在籍しており、それぞれに役割を果たしている。また創業者の堀口氏は、現在もコーヒー豆の研究を続けており、コーヒーへのこだわりや魅力を、世代を超えて伝えることに成功したと言えるだろう。現在は、若い世代のメンバーも多く、お互いを認め合うチーム力が、若林氏を中心に堀口珈琲を支えている。今後も先鋭化し続けるパイオニアとしてコーヒー業界の中核を担い続けていくことだろう。

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