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くら寿司がAI養殖を取り入れた新会社設立、「スマート養殖」のかたちとは?

11月1日、回転寿司チェーンくら寿司(大阪府/田中邦彦社長)は、同社が100%出資する新会社「KURAおさかなファーム」を設立した。かねてよりさまざまな漁業支援を行ってきたくら寿司が、ついに自社での養殖事業展開へ踏み出す。

養殖から加工・販売まで一気通貫の体制を構築

 今回くら寿司が新会社を立ち上げた目的は大きく2つ。自社で養殖事業を展開することで、養殖から加工・販売まで一気通貫の体制を構築することと、持続可能な水産経営モデルを創出することだ。これらの実現のため、「自社養殖」「委託養殖」「卸売」の3事業を展開する。

 くら寿司はかねてより、漁業創生や持続可能な漁業の支援に注力してきた。網に掛かった魚を種類や大きさを問わずすべて買い取る「一船買い」や、仕入れた魚の商品にできない部分を養殖魚の餌の一部に加工する「さかな100%プロジェクト」、定置網にかかったもののそのままでは販売できない大きさのハマチやタイを、寿司ネタに加工できるサイズまで育成する「天然魚魚育(うおいく)プロジェクト」などだ。

 一方、近年ではSDGsの機運の高まりから、持続可能な漁業として養殖業が注目を集めているが、人手不足や不安定な収入、重労働など業界が抱える問題は大きい。このような背景を踏まえて国も漁業活性化に乗り出しており、昨年12月の改正漁業法によって企業の養殖分野への参入が緩和されるなど、漁業を取り巻く環境は近年大きく変化を見せている。今回、くら寿司が養殖事業展開に乗り出したのもこのような背景があってのことだ。

AI養殖で養殖業の問題点を解決!

 「KURAおさかなファーム」の取り組みを具体的に見ていこう。自社養殖では、くら寿司が今年3月に発表した「オーガニックはまち」の養殖からスタート。オーガニックはまちとは、飼料、養殖環境などにおいて国際的基準を満たしたオーガニック魚で日本初の取り組みだ。今後はハマチ以外の魚種での展開もめざしており、候補としてははまち同様養殖が盛んなタイが候補に上がっているという。

 既存の養殖業者と中長期契約を交わし、生産した魚をくら寿司が全量買い取ることが前提の委託養殖では、業界全体で深刻な問題になっている人手不足と労働環境の厳しさを、AIを活用した「スマート養殖」で緩和することをめざす。具体的には、ウミトロン(東京都)と協業し、AIやIoT技術を駆使したスマート給餌機「UMITRON CELL(ウミトロン セル)」を導入する。養殖で最も手間がかかるのは1日3回程度必要な餌やりで、従来は魚の食いつきを見ながら数十キロの餌を与えるという、重労働であることに加えて経験や勘も必要な作業だった。これをAIを利用し、適切なタイミングで必要な分だけの餌を与えることを可能にしたもので、過剰な餌やりによる環境汚染の防止や、人力では難しいこまめな餌やりで成育スピードを早めるなどの効果が期待できるとされている。餌やりの状況や魚の様子は、陸地からスマートフォンを通じて確認することができ、労働負担の軽減に大きく貢献しそうだ。

 卸売事業では、生産した魚をくら寿司で提供する寿司ネタとしてだけ利用するのではなく、全国のスーパーマーケット(SM)への卸販売も行うことで魚の安定的な販路確保にも注力する。将来的には全国の漁業協同組合と提携し、天然魚の販路開拓支援なども行っていきたい考えだ。

必要な分だけ養殖するハイブリッド魚「ブリヒラ」も販売

 さらにくら寿司は、ハイブリッド魚「ブリヒラ」の販売も発表している。ブリヒラは、雌のブリと雄のヒラマサを交配したもので、ブリの脂のりや旨味と、ヒラマサの歯応えをあわせ持つ「おいしいとこ取り」のハイブリッド魚だ。「近大マグロ」で知られる近畿大学が1970年に開発して以降、安定的生産のための研究や販路構築を進めてきた。あらかじめ売買価格と出荷量を決めて必要な分だけ養殖するスタイルで、上でも述べた養殖業の問題解決や、持続可能な漁業を実現する新時代の養殖業のあり方として注目を集めている取り組みのひとつだ。

 ブリヒラは既にSMチェーンのベイシア(群馬県/橋本浩英社長)や、宅配寿司チェーンの銀のさら(ライドオンエクスプレスホールディングス:東京都/江見朗社長)で販売実績を有するが、一般認知度はまだまだ高いとはいえない。くら寿司では多くの人に興味を持ってもらうため、人気の寿司ネタフェアなど集客力の高いイベントと合わせて全店で販売を開始するなどの工夫も行った。

 魚をメイン食材とする回転寿司業界は、乱獲による漁獲高の減少や、海外の魚食ブームなどによる取引価格の上昇の影響をダイレクトに受けざるを得ない。これらの取り組みを通じて、供給量・価格ともに安定的に魚を確保することができるようになれば、競合他社との大きな差別化にも繋がりそうだ。